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第2章 ライトブルーの残像 ②
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「よし」
俺は深呼吸して、ノックする勇気を振り絞った。手が震える。でも、引き下がるわけにはいかない。
ノック、ノック。
「はい」
中から声がした。ドアが開き、カナが顔を出す。彼は少し驚いたように俺を見る。髪が少し濡れていた。シャワーを浴びたばかりなのだろう。
「真梨野先輩?」
「カナ、もう一度考えてみてくれないか?」
「またその話ですか?」
カナがドア枠に寄りかかり、呆れた顔で俺を見据え、ため息をついた。その表情には戸惑いが滲んでいる。廊下の照明が彼の横顔を照らし、鮮やかな陰影を作り出していた。
「頼むよ、カナ!この夏の思い出になるって!」
「しつこいですね、先輩」
一瞬、瞳が揺れ、俺を試すように細まる。
「ライトブルーのドレスを着る役だけど、すごく美しいシーンになるんだ。お前にぴったりだよ」
「先輩、僕、男ですよ?」
「それが重要なんだ。原作の『サマードレス』も...」
「暑いし、部屋に戻ります」
カナはドアを閉めようとした。俺は思わずドアに手をかける。
「ちょっと待ってくれ」
「何ですか?」
カナの口調は少し冷たくなり、俺は焦る。こんなことをしたら、ますます嫌われるかもしれない。それでも、どうしても伝えたい思いが胸を締め付ける。
「ごめん、強引だったな。でも、本当にお前にしか頼めないんだ。なんとかならないか?」
「...時間をもらえますか?」
そう言って、今度こそドアが閉まると思った瞬間、カナが質問してきた。
「先輩の映画って...何を残したいんですか?」
突然の問いに俺は言葉を失う。
「夏だよ。光と影と...お前の一瞬のキラメキを残したいんだ」
カナの目が鋭くなる。
「へぇ...何か深そうですね」
そう言って、今度こそドアを閉めた。
廊下に取り残された俺の耳に、夕暮れの蝉の声が響く。
進展がないわけではない。考えてくれると言った。それだけでも一歩前進だ。
食堂は学生でにぎわう。夏限定の特製スパイスカレーが出ている。俺はトレーにカレーとサラダを取り、リョウのいるテーブルに向かう。
「で、カナは何て?」
リョウがカレーをかき混ぜながら尋ねる。
「『考えておく』だって」
「まじか」リョウは感心したように言った。
「お前、しつこいな」
「だって、他にいないんだよ」
「なんでそこまで?」
俺は言葉に詰まる。なぜカナにこだわるのか。それは映画のためだけなのか。正直、自分でもよくわからない。ただ、あの透明感のある佇まい、時折見せる寂しげな表情、そして何より、カメラを構えた時の真剣な眼差し。それらすべてが俺の中で「カナ」という存在を特別なものにしていた。
「映画に出てほしいんだ」
「それだけ?」
「そうだよ」
リョウは「ふーん」と意味深な声を出し、カレーを平らげて先に食堂を出て行った。数分後、俺も食事を済ませて食堂を出る。
その時、ちょうどカナが入ってくるところだった。目が合うと、彼は軽く会釈する。それだけだ。その一瞬の視線の交差に、何か特別なものを感じた。
◇
自室に戻ると、リョウが部屋に先に戻っていた。俺の部屋の鍵を勝手に開けたらしい。ベッドに座り込んで、漫画を読んでいる。
「お前、いつの間に…」
「合鍵作っただろ、去年。忘れたのか?」リョウは平然と言う。
確かに、風邪で寝込んだ時に世話をしてもらうために、合鍵を渡したことがあった。でも、こんな風に使われるとは思わなかった。
「で、どうだった?カナと会った?」
「食堂で見かけただけだ」
「目が合った?」
「...うん」
「お、進展あるじゃん」リョウはにやりと笑う。
「進展でもなんでもない」
「お前、絶対カナのこと気になってるよな」
リョウは漫画を閉じ、珍しく真剣な目で俺を見た。
「何度言わせんだよ。映画のためだけだって」
「はいはい」リョウは首をかしげ、意地悪そうに言った。
「じゃあ、なんで他の子じゃダメなんだ?サークルには女の子もいるだろ」
「カナの持つ雰囲気が必要なんだ」
「どんな雰囲気?」
「その...儚さというか、白に近い透明というか...」
言葉にするのが難しい。
「とにかく、カナしかいないんだよ」
「お前、本当ヤバいぞ。それがお前の個性だけどな」
リョウは立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。
リョウが出ていった後も、その言葉が頭に残る。部屋の中は静かで、外から虫の声が騒がしい。机の上には、書きかけの脚本が散らかっている。
カナのこと、気になってるのか?
いや、違う。あいつは俺の映画に必要なんだ。カメラを構えてファインダーを覗く真剣な横顔...その表情が俺を狂わせる...。ライトブルーのドレスを着た姿を想像すると、心が疼く。
そう、これは芸術のためだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だけど、なぜか胸の奥がざわざわする。カナの時折見せる悩ましい雰囲気、そして「考えておきます」という言葉。それらが全て混ざり合って、俺の中で何かを形作りつつあった。
俺はベッドに横たわり、天井を見つめる。外は完全に暗くなり、夜の虫の声が一層高くなる。夏の夜だ。窓から入る風が心地よい。しばしの沈黙の後、俺は小さくつぶやいた。
「諦めるわけにはいかない」
明日も、明後日も、必要なら何度でもカナに頼みに行こう。
あの夏の光を、今度は俺が形にしたい。カナと一緒に。
枕に顔を埋めると、カナの困惑した表情が浮かび、胸がキュッと締め付けられる。この感情は一体何だろう。ただの映画への情熱なのか、それとも……。
目を閉じても、カナの冷たい瞳が焼き付いて離れない。あの「考えておきます」が、俺の夏を永遠に変える予感がした。
俺は深呼吸して、ノックする勇気を振り絞った。手が震える。でも、引き下がるわけにはいかない。
ノック、ノック。
「はい」
中から声がした。ドアが開き、カナが顔を出す。彼は少し驚いたように俺を見る。髪が少し濡れていた。シャワーを浴びたばかりなのだろう。
「真梨野先輩?」
「カナ、もう一度考えてみてくれないか?」
「またその話ですか?」
カナがドア枠に寄りかかり、呆れた顔で俺を見据え、ため息をついた。その表情には戸惑いが滲んでいる。廊下の照明が彼の横顔を照らし、鮮やかな陰影を作り出していた。
「頼むよ、カナ!この夏の思い出になるって!」
「しつこいですね、先輩」
一瞬、瞳が揺れ、俺を試すように細まる。
「ライトブルーのドレスを着る役だけど、すごく美しいシーンになるんだ。お前にぴったりだよ」
「先輩、僕、男ですよ?」
「それが重要なんだ。原作の『サマードレス』も...」
「暑いし、部屋に戻ります」
カナはドアを閉めようとした。俺は思わずドアに手をかける。
「ちょっと待ってくれ」
「何ですか?」
カナの口調は少し冷たくなり、俺は焦る。こんなことをしたら、ますます嫌われるかもしれない。それでも、どうしても伝えたい思いが胸を締め付ける。
「ごめん、強引だったな。でも、本当にお前にしか頼めないんだ。なんとかならないか?」
「...時間をもらえますか?」
そう言って、今度こそドアが閉まると思った瞬間、カナが質問してきた。
「先輩の映画って...何を残したいんですか?」
突然の問いに俺は言葉を失う。
「夏だよ。光と影と...お前の一瞬のキラメキを残したいんだ」
カナの目が鋭くなる。
「へぇ...何か深そうですね」
そう言って、今度こそドアを閉めた。
廊下に取り残された俺の耳に、夕暮れの蝉の声が響く。
進展がないわけではない。考えてくれると言った。それだけでも一歩前進だ。
食堂は学生でにぎわう。夏限定の特製スパイスカレーが出ている。俺はトレーにカレーとサラダを取り、リョウのいるテーブルに向かう。
「で、カナは何て?」
リョウがカレーをかき混ぜながら尋ねる。
「『考えておく』だって」
「まじか」リョウは感心したように言った。
「お前、しつこいな」
「だって、他にいないんだよ」
「なんでそこまで?」
俺は言葉に詰まる。なぜカナにこだわるのか。それは映画のためだけなのか。正直、自分でもよくわからない。ただ、あの透明感のある佇まい、時折見せる寂しげな表情、そして何より、カメラを構えた時の真剣な眼差し。それらすべてが俺の中で「カナ」という存在を特別なものにしていた。
「映画に出てほしいんだ」
「それだけ?」
「そうだよ」
リョウは「ふーん」と意味深な声を出し、カレーを平らげて先に食堂を出て行った。数分後、俺も食事を済ませて食堂を出る。
その時、ちょうどカナが入ってくるところだった。目が合うと、彼は軽く会釈する。それだけだ。その一瞬の視線の交差に、何か特別なものを感じた。
◇
自室に戻ると、リョウが部屋に先に戻っていた。俺の部屋の鍵を勝手に開けたらしい。ベッドに座り込んで、漫画を読んでいる。
「お前、いつの間に…」
「合鍵作っただろ、去年。忘れたのか?」リョウは平然と言う。
確かに、風邪で寝込んだ時に世話をしてもらうために、合鍵を渡したことがあった。でも、こんな風に使われるとは思わなかった。
「で、どうだった?カナと会った?」
「食堂で見かけただけだ」
「目が合った?」
「...うん」
「お、進展あるじゃん」リョウはにやりと笑う。
「進展でもなんでもない」
「お前、絶対カナのこと気になってるよな」
リョウは漫画を閉じ、珍しく真剣な目で俺を見た。
「何度言わせんだよ。映画のためだけだって」
「はいはい」リョウは首をかしげ、意地悪そうに言った。
「じゃあ、なんで他の子じゃダメなんだ?サークルには女の子もいるだろ」
「カナの持つ雰囲気が必要なんだ」
「どんな雰囲気?」
「その...儚さというか、白に近い透明というか...」
言葉にするのが難しい。
「とにかく、カナしかいないんだよ」
「お前、本当ヤバいぞ。それがお前の個性だけどな」
リョウは立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。
リョウが出ていった後も、その言葉が頭に残る。部屋の中は静かで、外から虫の声が騒がしい。机の上には、書きかけの脚本が散らかっている。
カナのこと、気になってるのか?
いや、違う。あいつは俺の映画に必要なんだ。カメラを構えてファインダーを覗く真剣な横顔...その表情が俺を狂わせる...。ライトブルーのドレスを着た姿を想像すると、心が疼く。
そう、これは芸術のためだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だけど、なぜか胸の奥がざわざわする。カナの時折見せる悩ましい雰囲気、そして「考えておきます」という言葉。それらが全て混ざり合って、俺の中で何かを形作りつつあった。
俺はベッドに横たわり、天井を見つめる。外は完全に暗くなり、夜の虫の声が一層高くなる。夏の夜だ。窓から入る風が心地よい。しばしの沈黙の後、俺は小さくつぶやいた。
「諦めるわけにはいかない」
明日も、明後日も、必要なら何度でもカナに頼みに行こう。
あの夏の光を、今度は俺が形にしたい。カナと一緒に。
枕に顔を埋めると、カナの困惑した表情が浮かび、胸がキュッと締め付けられる。この感情は一体何だろう。ただの映画への情熱なのか、それとも……。
目を閉じても、カナの冷たい瞳が焼き付いて離れない。あの「考えておきます」が、俺の夏を永遠に変える予感がした。
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