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第1章 寮の窓から見た夏 ②
しおりを挟む「お前、バレないように覗けよ」リョウが小声でからかう。
「うるせぇな」
顔が熱くなり、恥ずかしさと別の感情が混じり合う。カナにバレているなら、もう隠す必要はないのかもしれない。それがむしろチャンスになるかも。話しかけるきっかけになるなら、恥ずかしさなど我慢できる。
「で、いつ声かけんの?」
「声?」
「お前、カナを映画に出したいんだろ?」
黙ってしまう。そうだ。俺はカナを映画に出したい。俺が撮る夏の映画に。『サマードレス』のように美しい映像の中に。あの輝きをカメラで捉えたい。カナが俺の映画でどんな表情を見せるか、想像するだけで妄想が止まらない。
「さぁな...」
工学部の先輩として誘うのはおかしくないけれど、それ以上の何かを感じていて、それが怖かった。カナの瞳が頭に浮かび、心が揺れる。リョウが肩をすくめて「がんばれよ」と言い残し、部屋に戻っていった。
俺も自室に戻り、ベッドに倒れ込む。扇風機の風が汗を乾かし、天井を見上げながらカナのことを考える。あの物憂げな表情、洗練された雰囲気、「窓から見てますよね?」という言葉が頭を巡る。バレているのかもしれない。いや、バレている。でも、それがきっかけになるかも。カナを撮るきっかけに。
デスクのノートを開き、映画の企画書を見つめる。タイトルはまだないが、夏の恋を描きたいという思いが溢れている。主人公のイメージが少しずつ固まりつつあり、カナがそれに重なった。
『主人公:大学2年生、写真家志望。内向的だが、カメラを通して生き生きとする。瞳に秘めた輝きが特別』
まさにカナそのものだ。少し恥ずかしくなるが、正直な気持ちが溢れ出す。ペンを手に取ると、言葉が自然に流れていく。
『舞台:夏の寮。そして海へ。暑さと静けさが支配する空間。風が物語を動かす』
窓の外は夕暮れで、オレンジ色の光が部屋を染め、影を作り出していた。光と影は映画に欠かせない要素だ。カナの笑顔がその光に重なるような気がして、心が温かくなる。窓辺に立つと、熱い風が顔を撫で、わずかな涼しさが混じり、カナのシルエットが夕陽に溶ける姿を思い出す。
その夜、『サマードレス』を見返した。ドレスが風に靡くシーン。光と影のコントラストが絶妙で、何度見ても感動する。「カナがこの輝きを持っている」と想像すると、胸が熱くなる。俺のカメラでその美しさを捉えたい。カナを撮れば、俺の夏が永遠になるような錯覚に陥る。
映画が終わり、部屋は静まり返っていた。夏の夜の工学寮は深い静寂に包まれ、遠くの車の音だけが微かに聞こえた。
◇
翌日、工学寮の屋上でタンブラーに入れた自作の水出しコーヒーを飲んだ。カナの「秘密です」という言葉が頭を巡り、誰を撮るつもりなのか気になって仕方がない。俺じゃダメなのか?その疑問が頭を支配して、落ち着かない。屋上の風が熱を帯び、俺の決意を後押しする。
夕方、部屋に戻ってノートにペンを走らせる。「カナを撮りたい」と書き出す。夏の終わりまでに映画を撮りたいという思いが溢れ、言葉が止まらない。あいつの輝きを映像に残したい。俺のカメラでしか捉えられないカナの美しさがあると確信していた。
ノートを閉じると、窓の外で夕陽が沈み始め、茜色に部屋を染め上げていた。
夜が深まり、耳障りな虫の音が脳裏に響く。ベッドに横になると、カナの笑顔が浮かんで心が震える。興奮と不安が入り混じり、頭はカナと映画のことでいっぱいだった。
夏はまだ始まったばかり。カナを映画に出す機会が、これから訪れるはずだ。
シャワーを浴びて汗を流し、冷たい水を一気に飲み干す。窓を開ければ、夜風が涼しく感じられる。星々が明日を予感させるように、いつもより明るく輝いていた。カナの笑顔が無数の星のように瞬き、眠れない夜を過ごす。
夏だ。カナ、お前は俺の映画にぴったりなんだ。
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