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第4章 裸の取引 ②
しおりを挟む工学寮に向かって歩きながら、選択肢を考える。素直に脱ぐか、別の方法でカナを説得するか。あるいは、カナ以外の俳優を探すか。でも、俺の映画にはカナしかいない。彼の存在が、映画の核だった。
頭の中でカナの言葉が繰り返される。
「脱いでくれたら、出てあげる」
その言葉がトラウマになるか、それとも映画への飛躍になるか。まだわからない。ただ、自分の中で葛藤が続いている。
部屋に戻ると、リョウがゲームをしていた。派手な効果音と彼の熱中した表情が、俺の悩みとは無縁の世界を象徴していた。
「もう戻ってきたのか。振られたな?暗い顔してるぞ」
「リョウ、大変なんだ。カナが脱げって……」
ゲームの音が止まり、リョウが振り返る。彼の表情は驚きと好奇心が混じっていた。
「はぁ?」
「カナが言うんだよ。俺が脱いだら、映画に出てやるって」
リョウは爆笑した。その声が部屋中に響き渡り、俺の恥ずかしさを増幅させる。
「マリが脱ぐの?オモロいな!カナ、天才じゃん」
「笑い事じゃないって。どうしようか……」
俺はベッドにダイブし、枕に顔を埋め、カナの申し出について思考を巡らせる。本当に脱いだら映画に出てくれるのか?それとも、それも嘘なのか?リョウにとっては面白い冗談かもしれないが、俺にとっては真剣な悩みだった。
リョウは少し考えてから言う。彼のゲームのキャラクターは画面上で停止したまま、俺の方に向き直っていた。
「お前、そこまでしてカナに出てほしいのか?」
答えは明確だ。俺が映画監督になるための第一歩には、カナの協力が必要だった。
「出て欲しいんだよ」
「じゃあ脱げばいいじゃん」
「簡単に言うなって!」
そう言いながらも、心の奥では決断していたのかもしれない。映画のために、自分の羞恥心を捨てられるか?自分の裸をカナに晒せるか?それは、監督としての覚悟の表明でもあった。
「別にエロいやつじゃないだろ?芸術的な感じなんだろ」
リョウは再びゲームを始める。視線をゲーム画面に向けたまま、俺に言う。
「それに、お前、プール行くとき裸になるだろ?あれと同じだよ。深く考えんな」
「全然違うだろ……」
プールでの着替えと、カナの前での脱衣が同じはずがない。プールでは誰も俺を見ていないし、全員が同じ状況だ。でも、カナの前では俺だけが晒されることになる。その非対称性が恥ずかしさを何倍にも増幅させていた。
「本気で映画撮りたいなら、覚悟見せろよ」
その言葉が俺の背中を押す。リョウは時々、こういう風に核心を突いてくる。彼は映画に詳しくないし、芸術に興味もない。でも、俺の熱意だけは理解してくれていた。
◇
その後、三日間悩み続けた。部屋にこもり、映画への想いと羞恥心を天秤にかけ続けた。そして、ついに決心がつき、カナの部屋を訪ねた。ドアをノックすると、少し間を置いて開いた。ドアの向こうには明るい部屋と、そこに立つカナの姿。窓からは柔らかな光が差し込み、室内を優しく照らしている。
「マリ?」
カナは驚いた表情をした。数日間、俺からの連絡がなかったので、もう諦めたと思っていたのかもしれない。
「脱ぐよ」
一言だけ言うと、カナの目が少し大きくなる。彼の表情には驚きと共に、少しの後悔も混じっていたような気がした。
「え?」
「映画に出てくれるなら、脱ぐ。撮っていいよ」
カナは一瞬固まり、そして小さく笑った。その笑顔には俺の決意に対する驚きと、何か計算違いをしたような色が見えた。
「本当に?後悔しない?」
「後悔するかもしれないけど、それでもカナに映画に出てほしいから...」
俺の言葉に、カナは少し困ったように目を伏せる。彼はこんな展開を予想していなかったのだろう。俺が本当に脱ぐと言うとは思わず、単に追い払うための冗談のつもりだったのかもしれない。でも今、俺は本気だった。
彼は少し考え込むように視線を落とし、そして、静かに言った。
「わかった。じゃあ、来週の日曜日、海辺のスタジオで」
「海辺?」
「光の関係。それに、人のいない場所の方がいいでしょ?」
確かにそうだ。工学寮で脱ぐのは避けたい。誰かに見られたら噂になる。海辺のスタジオなら、プライバシーも守られるし、光の条件も良いだろう。カナは撮影のことを真剣に考えているようだった。
「あと、マリ」
「なに?」
「ライトブルーのドレスを持ってきて」
「ドレス?何に使うの?」
その質問に、カナは少し微笑んだ。彼の目には何か企んでいるような光が宿っていた。
「映画用だよ。約束したでしょ?」
そうか、映画に出てくれるんだ。ようやくカナを説得できた。俺は心の中で小さな喜びを噛みしめる。脱ぐことへの恐怖より、映画が撮れる喜びの方が大きかった。そして、カナがドレスを着た姿を想像すると、胸が高鳴る。
「わかった。ドレス持っていくよ」
その後、カナと別れて部屋に戻った。リョウには報告せず、一人でベッドに横たわる。窓から見える黄昏時の空を見て、少し切ない気持ちになっていた。
来週の撮影で、カナの前で脱ぐことへの緊張と恥ずかしさ。映画のためなら耐えられる。そう自分に言い聞かせた。撮影が始まることへの期待も入り混じり、複雑な気持ちが押し寄せる。心の動揺は隠しきれない。今年の夏は特別な夏になりそうだ。
カナと一緒に作る映画。そして、その前に乗り越えなければならない、脱ぐという試練。目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。来週のことを考え過ぎず、今はただ眠りたい。
遠くで鳴く虫の声に包まれながら、徐々に意識を手放していく。脱ぐという決断が正しいかどうかはわからない。ただ、それが映画への一歩だということだけは確かだ。
夢の中で、俺はカナと海辺を歩いていた。彼はライトブルーのドレスを着て、カメラを持っていない。二人は並んでただ波の音を聴いている。
そんな平和な夢の中で、明日からの不安を忘れる。また新たな悩みが待っているかもしれない。でも今は、ただ夢の中の静けさを享受することにした。
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