サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第9章 パンドラの箱を開ける時 後編(カナ視点) ①

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「カナ、夏に映画出てくれ!」

 何度目かの懇願だった。花壇の花が咲く中庭で写真を撮っていると、マリがやって来た。朝日に照らされた彼の姿はキラキラと眩しい。諦めない彼に少し意地悪したくなり、思わず口から出た言葉。

「じゃあ、脱いで」

 冗談のつもりだった。マリはそこまでするはずがない。これで諦めてくれるだろうと。案の定マリは驚いた表情を見せた。俺は我ながら意地悪だと思いつつ、続けた。

「ヌードモデルになってくれたら、出てあげる」  
「俺の裸見て、何するつもりだよ……」

 マリは腕で体を覆う。恥じらう姿がかわいい。そんなの、見たいからに決まっている。ゲイなんだから。この提案で危機感を覚えて、もう俺に近づかないだろうとこの時は思っていた。

 ◇

 数日後、赤い光の中で写真を現像していると、ノックの音が響く。ドアを開けるとマリが立っていた。逆光に包まれる彼の姿に、思わずシャッターを切りたくなる。

「脱ぐよ」

 一言だけ告げるその表情に、言葉を失う。あの提案は彼を遠ざけるためのものだったのに。誰も受け入れないはずの無理難題。まさか承諾するとは。

「え?」
「映画に出てくれるなら、脱ぐ。撮っていいよ」

 決意に満ちた瞳を見て、俺の内側から何かが波立つように動いた。彼は本気だ。映画のためなら、プライドも羞恥心も捨てられる。その純粋さに魅了されてしまいそうだ。

「本当に?後悔しない?」
 声が揺れた。もう引き返せない。マリの熱意に、応えなければ。
「後悔するかもしれないけど、それでもカナに、映画に出てほしいから……」

 罪悪感が込み上げる。冗談のつもりだったのに、彼は真摯に受け止めてくれた。これ以上逃げられない。俺も覚悟を決めた。

「わかった。来週の日曜日、海辺のスタジオで」

 海辺のスタジオを選んだのは、光の条件だけではない。人目につかない場所で、二人だけの空間が欲しかった。彼の裸を見る罪悪感と期待が交差する。誰にも邪魔されたくない。絶対に……。

「あと、マリ」
 脳裏に『サマードレス』の一場面が浮かぶ。青い海を背景に立つ男性。

「ライトブルーのドレスを持ってきて」
「ドレス?何に使うの?」

 戸惑うマリに微笑む。俺の願望のために必要だったけど、それは言わなかった。ここで拒否されては困るからだ。
「映画用だよ。約束したでしょ?」

 約束。映画に出る約束。でも本当は、マリの裸体だけでなく、魂まで写真に収めたいと願っていた。その欲望に、自分でも驚く。

 マリを撮りたい。光の中で、彼のすべてをフレームに閉じ込めたい。彼は俺を映画に出したがり、俺は彼を写真に収めたがる。奇妙な関係が始まろうとしていた。

 マリが去った後も、現像作業は続く。薬品の香り、暗室の赤い光。写真が現れる瞬間には不思議な魔法のような感覚がある。けれど全く集中できない。マリの裸体を撮る。想像だけで、指先の震えが止まらない。

 現像液に浸した指が痺れる。化学薬品の刺激だが、心の葛藤には比べものにならない。マリは本当に脱ぐのか?俺は感情をコントロールできるだろうか。

 ベッドに横たわり、携帯で映画『サマードレス』の画像を開いた。砂浜に立つドレスを着た男性。マリの顔を重ねる。着せたい……。鼓動が速まる。

 彼を好きになりかけている。認めたくなかったけれど、もう隠せない。大学に入って以来、誰とも関わらないように生きてきた。でも、マリは特別だ。

 俺の心の奥底にある氷の要塞を、熱を放ちながら壊そうとする。輝く笑顔、真っ直ぐな性格、映画への情熱。眩しすぎて直視出来ない。

 彼が脱いだら、俺はどうなってしまうのだろう。カメラという盾がなければ、素の自分をさらけ出してしまう。恐怖と期待が心の中で交錯した。

 ◇

 日曜日の朝、海辺のスタジオへ向かう。波の音と潮の香りが緊張を和らげてくれる。カメラバッグを肩に、三脚を持って砂浜を歩く。マリはまだ来ていない。

 スタジオは、展望台を改装した建物で、大きな窓から朝日が木の床を温かく照らしている。マリが来る前に機材をセットアップする。ライトの位置、三脚の角度、すべてを完璧に。彼の姿を最高の光で捉えたい。

「カナ、来てる?」
 ドアの向こうからマリの声。逆光に浮かぶシルエットが、神秘的な輝きに見えて息を呑む。
「来たんだ」驚きが声に出た。

「約束したから」
 マリは緊張した様子で周りを見回し、リュックを置き、ライトブルーのドレスを俺に渡す。

「すごいところだね」
「光の入り方がいいから」

 会話は表面的なもの。本題には触れない。空気は電流を帯びていた。マリの瞳がカメラへ、そして俺の顔へと移る。不安と決意が混ざりあう。

「じゃあ、始めようか」
 俺は冷静に言ったが、心は嵐のように騒がしかった。マリは頷き、携帯用タンブラーを取り出す。中身はアルコールだった。一口飲み、顔をしかめる。

「勇気を出そうと思って」
 笑う彼の姿に、心が乱れる。追い詰めてしまったのか。映画のためなら脱ぐと言ってくれた思いに応えなければ。

「どう...脱げばいいの?」
 声は震えて、瞳は揺れていた。
「自然に。緊張しないで」

 カメラを手に構えると、マリがシャツのボタンを外し始める。震える指。緊張が伝わってくる。
 マリは「恥ずかしい……」と言いながらも服を脱いでいく。肌が露わになる光景に、呼吸が荒くなる。

 シャッターを切る事が止められない。光に照らされたマリの肌は幻想的な輝きを放ち、彫刻のような美しい筋肉が俺の心を惑わす。夢中で撮り続けた。

 下着姿のマリ。最初の緊張が消え、どこか恍惚とした表情。カメラを通して彼と見つめ合い、そして魅了される。ファインダーの向こうで、光のヴェールに彼が包まれていく所を見た気がした。

「あと少し」
 声がかすれて言葉を失う。下着に手をかけた瞬間、理性が危うくなる。

「待って!」
 声を上げる。驚いたマリの表情。混乱と不安が目に浮かんでいた。

「もういいよ。これで十分」

 言い訳のように告げる。マリは不安そうな顔をしていたが、すぐにホッとした表情になり微笑んだ。俺は椅子に掛けていたドレスを彼に渡した。

「これ、着て」

 ドレスを手に取るマリの表情は複雑だった。だが嫌な顔はせず、好奇心と挑戦心が見える。ドレスを広げ、生地に光を当て、青い影を白い壁に映す。

「でも、映画ではカナが着るんじゃ……」

 俺に着せたがっていたドレスを、マリに着せる。マリの俺への執着の象徴のドレス。マリに着せて俺も撮ってみたいと強く思っていた。きっと綺麗だから……。

 ドレスの着方が分からない彼に、俺が着せてあげることになった。全体的に小さいようで苦戦する。肩紐をずらすとき、指が肌に触れた。温かくて、柔らかい肌。そして、麗しい瞳……。鼓動が早まる。

 ドレスを着たマリは、想像以上に美しかった。日焼けした肌と肉体美、ドレスの柔らかさが不思議な調和を見せている。恥じらいながら笑い、窓辺に立つ。

「こんな感じ?」
 答えられなかった。カメラを構え、シャッターを切る。マリは輝いていた。存在そのものが光を放っているかのように。

 撮影に集中しようとしたが、ふと気づく。レンズ越しではなく、直接見たくなった。衝動に抗えず、カメラを下ろし、引き寄せられるように近づいていく。

「カナ?」
 声が遠くに聞こえる。頭が真っ白で、触れたいという思いだけがあった。顔が近づく。キスしそうになった瞬間、我に返った。

「ご、ごめん。光の...調整」
 意味不明な言い訳を口にして距離を取る。マリは困惑していたが、何も言わなかった。心の中で何かが崩れ始めていた。自制心か、理性か……。

 撮影終盤、白いブランケットにマリを仰向けに寝かせる。俺は彼にまたがり、カメラを構えた。多分アウトだったと思う。しかし、この構図でどうしても撮りたかった。
 
 マリの真上。膝が彼の腰の両脇に沈む。体重をかけないように太ももに力を入れるが、それでも彼の体温が伝わってくる。灼けるように熱い。

 シャッターを連続で切り続ける。そのうち、彼にもっと近づきたくて、触れたい……と強く思ってしまった。

「カナ……ちょっと恥ずかしい……」

 弱々しい声。その声だけで、下腹部に熱が集まる。まずい。このままじゃ、俺の方が理性を失う。
 もう止まれない――どこまでも落ちていこうと思った。

「いいから。動いて表情見せて」

 集中すると、俺は別の人格が目覚める。支配的なもう一人の自分。被写体をコントロールしたい。特にマリを。自分だけのフレームに閉じ込めたいと思ってしまう。

 マリが身じろぎするたび、ドレスの裾が揺れて、太ももが露わになる。筋肉質なのに、驚くほど滑らかな肌。
 息が荒くなる。俺の?それともマリの?もう区別がつかない。

 その時、ファインダー越しに見るマリの表情が変わった。
 頬がみるみる紅潮し、唇が震え始める。困惑と羞恥――それ以外の何か。

 その何かを確かめたくて、カメラから目を離す。レンズ越しじゃない、肉眼で見るマリ。瞳が潤んでいて、息が浅い。

 そして――ドレスの薄い生地越しに、彼の身体が反応しているのが分かった。

 頭が真っ白になる。マリも俺に見られることで興奮している?俺の下で?
 嬉しい、という歪んだ欲望が理性を吹き飛ばしそうになる。
 もっと見たいし、もっと乱したい――。

「カナ……もう無理」

 懇願するような声。その声が、俺の最後の理性を試す。

「もう少しだけ」

 嘘だ。もう少しじゃ足りない。永遠に、この瞬間を脳裏に刻みたい。
 その時、カメラを脇に置いて、マリに近づく。もう、レンズ越しじゃ足りなかった。

 両手がブランケットにつき、マリの顔の両脇に這わせる。彼を完全に包囲し逃げ場を失くす。
 
 マリの頬に触れると、想像以上に熱い。彼の肌が、俺の指先を求めるように震えた。

「表情、すごくいいよ」

 本当に良かった。恥ずかしそうなマリの顔。この表情を、誰にも見せないでほしい。俺だけのものであってほしいと願う。

 指が自然と動き、頬から顎、そして首筋へ。マリの脈打つ動脈を、指先で辿ると、俺と同じくらい速く脈打っていた。

「マリ……」

 名前を呼び、彼と見つめ合う。潤んだ瞳は、拒絶も恐れもなく、ただ戸惑っている。
 それに――期待している?

 顔を近づけてみる。彼の吐息が唇に触れ、あと数センチでキスできる距離まで。
 マリの喉がゴクリと動き、きゅっと両目を閉じる。

 その瞬間、我に返った。まだダメだ。ここで奪ってしまったら全てが壊れる。
 何事も無かったかのように、ゆっくりと身体を起こす。呼吸を整えようとするが、さすがに無理だった。

「これで……十分」

 声が震えていた。全然、足りないのに。
 でも、今日はここまでだ。彼はまだ床に横たわったまま呆然としていた。「良かったらシャワーを浴びて」と言い残し、俺は外へ出た。平常心を取り戻すため、酸素が必要だった。

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