サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第10章 海辺の約束 ①

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 カナのゲイカミングアウトから数日が経ち、俺たちの間に微妙な距離が生まれていた。お互い実家に帰省する予定があるから、しばらくは顔を合わせずに済むはずだった。

 でも次に会うとき、どんな表情をすればいいのか思い悩む。リョウにも相談できないし、「先輩後輩に戻りたい」と言われても困るばかりだ。

 あのキスのこと、寝たふりをしていたこと、全て頭の中でぐるぐると回り続ける。カナは俺のことを好きなのか?たぶん……そういう事に違いない。自惚れじゃなく、それと映画のことも心配になる。これからどうすれば良いのだろう。

 三日後、スマホが震えた。カナからのメッセージだ。

『明日から撮影、始めよう』

 予定通りロケハンとリハーサルを行おうと言ってきてくれたのだ。彼からの連絡に心が躍った。

『夏休みも半分過ぎちゃったし、時間ないだろ?本番までにリハーサルしないと』

 言葉の向こうから、カナの真剣さが伝わってくる。本当に俺の映画に出る気でいるのだ。

 あの告白があっても、本当に約束を守ろうとしてくれている。息を整えて返信した。

『わかった。明日からリハーサルしよう』

 明日はカナと海へ行く。撮影スポットを見て回り、撮影プランについて話し合う。そしてリハーサルも兼ねて。あの日以来、まともに会話していない二人が、どんな風に向き合うのか想像もつかない。

 スマホを取り出して、明日の撮影計画を立て始める。カナと一緒に作る映画。想像するだけで心がざわめく。もしかしたら、この映画を通して、俺の感情も形を変えるかもしれない。

 8ミリカメラを通して見る彼と、直接見つめ合う彼。どちらも今や俺にとって、かけがえのない存在だ。それを認めざるを得ない。

 脚本を手に取り、ページをめくる。
「Do you love me?」というセリフが目に飛び込んでくる。

 カナに言わせる予定の重要なセリフだ。オゾンの『サマードレス』でも登場するが、俺の映画では違う意味合いで使う計画だ。

 脚本の上に書かれたその言葉が、今夜はやけに響く。彼はどんな表情で、どんな感情で、それを言うのだろう。演技の中に本心が滲むのか、それとも隠されるのか。恐ろしくもあり、同時に楽しみでもある。

 夜が更けるにつれ、部屋は静けさを増していく。脚本を胸に抱えたまま、カナの横顔を思い描く。窓際で写真を撮るとき、光に照らされる彼の横顔。集中した瞳、繊細な指先。

 映画に出ると言ってくれたカナ。あの決意に満ちた目を思い出す。明日から始まるリハーサルは、これまでとは違う意味を持つだろう。そして、この夏の終わりには、二人の関係の行方が明らかになるはずだ。

「ありがとう、カナ」

 つぶやいて、目を閉じる。夏の夜の静寂の中で、明日への期待が膨らんでいく。そして、カナへの思いも、確かに深まっていくのを感じずにはいられなかった。

 明日、海辺で見せる彼の表情が、今から待ち遠しい。

 ◇

 朝9時、工学寮の最寄り駅で待ち合わせをしていた。緊張で胃の奥がきりきりと痛む。初めての二人きりの遠出だ。映画の準備だとはいえ、どこか特別な意味を感じずにはいられない。

「マリ、おはよう」

 思いがけない声に振り返ると、カナが立っていた。朝の光に照らされた彼の髪がほんのりと琥珀色に染まって見える。数日ぶりに会ったからか、その存在自体が美しかった。

「カナ。早いじゃん」

 カナは薄手の白いシャツに膝丈のショートパンツ姿で現れた。眩しすぎる。夏の爽やかさを全部詰め込んだようなコーディネート。このまま、ロメールの『夏物語』に出演できそうないでたちに、息が詰まりそうになる。

「おはよう」
 思わず笑みがこぼれた。
「今日楽しみで、早く目が覚めちゃった」
 カナが嬉しそうに言う。

 二人で電車に乗り込む。車内は夏休みの学生で混雑していた。窓際の二人掛けの席に座ると、カナの肩が自然と俺の肩に触れた。ほんの僅かな接触なのに、全身に電流が走る。

 カナは前と変わらず気さくに接してくれるが、俺はどこか意識してぎこちない。あのカミングアウトの後、何もなかったかのように振る舞う彼に拍子抜けした気持ちもある。

 俺のことが好きになりそうだから距離を取ろうとしたはずなのに――そんな疑問が頭をよぎった。

「なぁ、マリ」
 カナが窓の外に視線を向けながら切り出す。
「ユナのこと、まだ気になる?」

「ん?そうだな。まあ、俺のこと嫌いだよな」
 カナは少し困ったような表情を浮かべる。

「実はさ、ユナって時々押しが強すぎるんだ」
「どういうこと?」

「高校の頃、俺が彼女の写真を褒めたことがあってさ」
 カナは遠くを見るような目をした。

「それ以来、ずっとその言葉に縋っているみたい。何度『友達だ』って伝えても聞き入れないんだよ」

 胸に小さな痛みが走る。彼女の気持ちが少しだけ分かる気がした。カナに認められたい思いは俺も同じだから。

「でも、お前、彼女のことを嫌いじゃないんだろ?」
「嫌いじゃないよ」
 カナは微笑んだ。
「幼い頃からの友達だし、大切な存在。でも...」

「でも?」
「でも、それ以上にはなれないんだ。わかるだろ?」
 カナの視線が俺に向けられる。

「最近、ユナが何か企んでるみたいでさ。映画の撮影に口出ししたり、邪魔してこないか心配で」

「あいつ...撮影邪魔してくるのはさすがに...」思わず拳に力が入る。

「でも心配しないで」カナが俺の拳に自分の手を重ねる。温かくて気持ちが落ち着く。

「俺はマリと映画を作ると決めたんだ。それは変わらない」

 その言葉に心が温かくなる。駅のアナウンスが海辺の駅到着を告げ、二人で電車を降りた。

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