サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第10章 海辺の約束 ②

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 潮風が香る道を歩き始める。海への道は坂になっていて、頂上に立つと青い海が一面に広がっていた。輝く水面と空の境目がわからなくなるほどの青さだ。

「すごい……」
 カナが息を呑む。

「ここで撮影したら、きっといい映像になる」
 思わず声が漏れる。

「ねぇ、撮り方考えてる?」
 カナが俺を見上げる。

「うん、ここでドレスシーンを撮りたくて」
 俺は地面に構図を描くような仕草をした。

「カナが向こうから歩いてくるショットと、海を背景に立つミディアムショット、それと膝から下だけのクローズアップもいれたいな」

 カナが目を輝かせて聞いている。
「マリって、本当に映画のこと好きなんだね」

「うん、好きだな」
 率直に続ける。
「今回の映画は、特に大切なんだ」

「どうして?」

「カナが出てくれるから」
 思わず出た素直な言葉に、自分でも驚く。

 カナの頬が赤く染まる。
「ありがとう……」

 二人で砂浜に降りていった。誰もいない海岸には波の音だけが響いている。カナが突然、靴を脱いで波打ち際に駆け出した。

「冷たい!」
 カナが嬉しそうに叫ぶ。
「マリも来て!」

 躊躇う俺の腕を引っ張り、カナに波の中へ連れ込む。冷たい海水が足首を濡らした。カナが水を掬って俺に向かって投げる。その笑顔に見とれて、呼吸が止まりそうだった。

 まさに、青春のキラメキそのものだ。俺の脳内では、その笑顔がスローモーションで再生される。

「やめろって!」
 俺の脳内は忙しいが、アクションカメラで撮影しながら、反応する。

「こっちへ来て!ほら、向こうに岩があるから、あそこの映像も撮れるよ」
 カナがさらに沖へと向かう。

 二人で足を濡らしながら、撮影ポイントを確認していく。カナの笑顔、水しぶき、輝く海、澄んだ空。すべてを切り取る。ロケハンのはずなのに、この映像だけで切なくなり、言葉にできない感情が込み上げてくる。

 カナが岩の上に立ち、振り返り俺に叫ぶ。
「マリ、ここで撮影する?」

「いいね」
 俺は構図を確認する。
「ちょっと動いてみて」

 カナがポーズを取る。白いシャツが風になびく姿を見つめながら、俺は思わず息を飲む。

「どう?」
 カナが岩から降りてきて、アクションカメラを覗き込む。近すぎて彼の息が頬に当たる。

「完璧だ」
 俺はアクションカメラを見つめたまま答える。
「カナって、カメラ本当に好きだよな」

「写真はユナにはまだ敵わないけどね」
 カナが冗談めかして言う。

「でも、俺のカメラはお前だけを映すからな」
 思わず出た言葉に、二人とも驚いて見つめ合った。

「俺しか撮らないの?監督とミューズの関係みたいだけど……まあ嬉しいけどね」
 カナが少し恥ずかしそうに笑顔を見せる。

「お前がアンナ・カリーナで俺がゴダールってことか?ちょっとおかしいけど、近いものはあるな」
 俺も笑ってしまう。

「俺の映画の主役はカナにしか出来ないからな」

 映画監督が、同じ俳優を使い続けることはよくあるけれど、自分がそういう気持ちになるとは思わなかった。今まで、サークルメイトの作品は手伝っていたが、自分が監督をやろうと思ったのは、主演俳優が見つかったからだ。

 カナと出会えたから。やはり、この出会いは偶然を超えた何かなのかもしれない……。ファム・ファタールではなく、オム・ファタール。まさに「運命の男」に出会ってしまったのかもしれない……。

 砂浜を歩きながら、カナが俺に問う。

「マリが監督するなら、今後どんな映画が撮りたいの?やっぱりオゾンみたいな芸術映画?」

「俺か?」
 と考え込む。
「人が変わる瞬間を捉えたいかな。何かをきっかけに、ガラッと変化する刹那を」

「例えば?」

「例えば……」
 言葉を探る。
「誰かを好きになって、世界の見え方が一変する瞬間とか」

 言いながら、はっとした。まるで自分の現状を語っているようで、思わず言葉が詰まる。

「それ、いいね」
 カナは真剣な表情で同意する。
「じゃあ、今回の映画は?」

「今回は……夏の終わりに、何かを得て、何かを失う物語……」
 照れくさくなる。

「失うの?」
 カナは驚いた表情を浮かべた。

「ああ、夏そのものを失うんだ。でも、その代わりに何か大切なものを獲得する」

 カナは海岸線を見つめ、「なるほどね」と呟く。

 時間を忘れて海辺で過ごした後、二人は小さな海辺のカフェに入った。潮風で疲れた体に冷たいドリンクが沁みる。

「マリ」カナが突然真剣な顔で切り出す。
「何?」

「明日からのリハーサルと撮影始まるけど、ユナがなんか言ってきても、気にしないで」
 カナはストローで氷をくるくる回しながら言った。

「何処かで情報仕入れて俺らの撮影スケジュールに割り込んできそう……なんか、探るようなメールが毎日くるんだ」

「やっぱり?諦めてないよな、お前のこと」
「なんか、企んでるような気がする……」
 カナは言葉を選びながら話す。

「俺がマリの映画撮影期間中、写真サークルの活動に参加しないから怒ってるみたいで」

 カナの真剣な眼差しに、言葉が詰まる。ただ頷くことしかできなかった。

 カフェを後にした俺たちは駅に向かう。帰りの電車は、行きよりもさらに混雑していた。二人は立ったまま、吊革につかまる。揺れる車内で、カナの体が俺にぶつかる時、内側から熱が広がるのを感じた。

「今日は楽しかった。久しぶりに海で遊んだよ」
 カナが小さな声で言う。
「俺も楽しかった」

「マリと一緒だと、なんか安心するんだ。不思議だよね。なんでだろう」

 そう言ったカナの瞳はいつもより熱く俺を見つめた。徐々に鼓動は激しさを増していく。

 夕暮れの中、電車は工学寮の最寄り駅に到着した。

「マリ」
 駅を出たところで、カナが俺を呼び止める。
「マリの映画、本当に楽しみだよ」

 茜色の光にカナの姿が溶けこむ。その言葉が、ユナの影を吹き飛ばした気がした。
「ありがとう」
 精一杯の笑顔を返し、各自寮の部屋に戻った。
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