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第9話 料理スキル、意外な才能
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早朝の工房に、パンの焼ける香りが広がっていた。
創星の炉は、昨日の激戦の余熱をまだ残している。
炉の奥ではグランが唸り声をあげ、レオンはその前に腰かけて冷めたスープを啜っていた。
隣ではエルナが手際よく調理場を動き回っている。
「おはよう、レオンさん。昨日から何も食べてないでしょ?」
「おはよう。……まあな。少しは休めたか?」
「私は大丈夫。ティナちゃんなんて途中で寝ちゃってたけどね」
テーブルの端で、ティナが炭くずまみれの布に顔を埋めて寝ていた。
彼女の手には炉の火傷跡。昨日の試合中、最後まで冷却を支えた証拠だった。
「ゆっくり寝かせておけ。頑張った」
「うん。でもさ――」
エルナが小さく眉を寄せた。
「昨日のあれ、本当に“成功”でいいの? あの精霊みたいな剣、レオンさん……危なかったでしょ?」
「確かに想定外だったな」
レオンは手元の剣を見た。
飛竜の牙から創られた白銀の剣――ルシェ。
いまは淡く青い光を放ちながら静かに寝息のように揺れている。
「創精鍛造は素材と魂を結ぶ。飛竜の意志が残っていたおかげで、“命”として形をなしたんだろう」
「まるで神話の職人みたいな成果だな」とグランが呟く。
「だが同時に、王都に睨まれるリスクも上がったぞ」
レオンは頷いた。まだ管理局からの呼び出しが残っている。
だが今日は、その前にやるべきことがあった。
「エルナ。朝の炊き込み飯の香り、悪くないな。……この匂い、香料変えた?」
「え? うん、昨日の炎の残り香を油に移したの。飛竜のブレスってちょっと香ばしい匂いするでしょ? 再利用してみた!」
「飛竜の……?」
「はい、料理活用です!」
その言葉にグランが咳き込みかけた。
「おいおい、魔獣の息吹を食材に使うやつがあるか!」
「だって、魔素を中和すれば毒じゃないもん。つまりほら、香辛料!」
レオンは興味深げにスプーンを取った。
一口。
口に入れた瞬間、驚きが走った。
焦げた脂の香りと少し苦味を帯びた烈しい風味――それでいて余韻にほのかな甘みが残る。
「……これは、悪くない。料理というより……戦場の味だな」
「うん! “竜飯”って名前で売り出せると思ったんだ!」
「どういう発想してんだ」
「だって創星の炉は、食も鍛冶も同じ“創る”仕事でしょ? なら、美味しいものだって立派な作品だよ」
レオンは黙ってもう一口頬張り、少し笑った。
「確かに……お前の発想、嫌いじゃない」
その時、扉の外でざわめきが起こった。聞き覚えのある、硬い靴音。
「王都管理局だ。創星の炉に入るぞ!」
衛兵たちの声が響く。
「来たか……」
ティナが寝ぼけ眼をこすり、跳ね起きる。
「レオンさん!」
「大丈夫だ。想定通りだ」
レオンは静かに立ち上がると、炉の奥のルシェを手に取った。
◇
管理局の会議室に、重い沈黙が満ちていた。
机を挟んでレオンたちが並び、対面には管理官や魔術師たちが座る。
机上には例の剣が置かれていた。
「……これが“創精鍛造”による作品か」
「はい」
「お前の技術で生み出されたと? 魂を宿す、だと?」
管理官の冷ややかな眼差しの中、レオンは堂々と頷いた。
「創星炉の炎と飛竜素材の融合で、意志を持った鋼が生まれた。それが、これです」
「詭弁だ。人間が命を作るなど神の領分だ」
「だが現物はここにあります」
沈黙。
その静寂を破ったのは、剣のほのかな声だった。
『……名を問うのか?』
部屋中がざわめいた。
剣が自ら問いかけるなど、通常ありえない。
監査官たちは椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「精霊反応だと? どういうことだ!」
「封印しろ! 魔災指定の可能性がある!」
剣の青い光が強まりかけた瞬間、レオンは低く呟いた。
「ルシェ、鎮め」
『……了解。創造主よ』
すっと光が消え、再び静寂が戻った。
その光景に、管理官も言葉を失った。
「ご覧の通り、暴走の危険はありません。魂は制御下にある」
「……ふむ。しかし、前例がない。正式な許可を出すわけにはいかん」
「ならば暫定許可でも構いません。創星炉の安全性は、王都にとっても有益です。武器だけじゃない、平和利用もできる」
レオンの言葉にエルナが続いた。
「たとえば、料理とか!」
「は?」
管理官が眉をひそめる。
「飛竜素材の残滓を中和して再利用できるんです。危険なものを“食べられる形”に変える。これも命を再生させる錬金の一形態です!」
ティナも慌てて補足する。
「最近、王都で魔獣廃棄物の処理が問題になってます! それを安全に無害化できるなら、大幅な負担軽減になります!」
「なんだそれは……おまえら、鍛冶屋じゃなくて料理ギルドでも作る気か?」
エルナは胸を張る。
「どっちでもいけます!」
会議室がざわついた。だがそれは否定ではなく、興味の色を含んでいた。
中央の初老の管理官が椅子を倒して笑う。
「面白い。飛竜を食い物にする鍛冶師など聞いたことがない!」
「許可を与えよう。ただし条件がある」
「条件?」
「王都食料庁との共同試験だ。危険素材の無害化処理――俗に言えば“調理”だな。結果次第では正式登録とする」
「……上等だ。やってみせます」
「ははは、実に愉快な若造だ。期待しているよ、創星の炉の職人」
◇
夕暮れ。
工房に戻ると、ティナとエルナが同時に崩れ落ちた。
「つ、疲れたぁ……!」「胃が死んだ……!」
グランが笑う。
「おう、お前ら、命懸けの交渉ごっこはもうこりごりだな!」
「こりごりです!」
レオンは炉の前に立ち、深く息を吐いた。
「だが、成果はあった。管理局の監査は逃れた。これで堂々と活動できる」
「それに、飛竜スープの試作も承認ってことだね!」
「それを“試作”って言うな」
だが、エルナの目の輝きにレオンは小さく笑った。
彼女の“料理スキル”がこれからの鍵になる。
鍛冶と錬金と、そして食――誰も試したことのない融合。
王都の夜が深まる。
創星の炉の煙突からは、再び明かりが上がっていた。
新しい火の香りに包まれ、レオンは静かに呟く。
「次は……本格的に、錬金料理の実験だな」
ルシェの刃がかすかに揺れ、微笑むような光を放った。
(第9話 完)
創星の炉は、昨日の激戦の余熱をまだ残している。
炉の奥ではグランが唸り声をあげ、レオンはその前に腰かけて冷めたスープを啜っていた。
隣ではエルナが手際よく調理場を動き回っている。
「おはよう、レオンさん。昨日から何も食べてないでしょ?」
「おはよう。……まあな。少しは休めたか?」
「私は大丈夫。ティナちゃんなんて途中で寝ちゃってたけどね」
テーブルの端で、ティナが炭くずまみれの布に顔を埋めて寝ていた。
彼女の手には炉の火傷跡。昨日の試合中、最後まで冷却を支えた証拠だった。
「ゆっくり寝かせておけ。頑張った」
「うん。でもさ――」
エルナが小さく眉を寄せた。
「昨日のあれ、本当に“成功”でいいの? あの精霊みたいな剣、レオンさん……危なかったでしょ?」
「確かに想定外だったな」
レオンは手元の剣を見た。
飛竜の牙から創られた白銀の剣――ルシェ。
いまは淡く青い光を放ちながら静かに寝息のように揺れている。
「創精鍛造は素材と魂を結ぶ。飛竜の意志が残っていたおかげで、“命”として形をなしたんだろう」
「まるで神話の職人みたいな成果だな」とグランが呟く。
「だが同時に、王都に睨まれるリスクも上がったぞ」
レオンは頷いた。まだ管理局からの呼び出しが残っている。
だが今日は、その前にやるべきことがあった。
「エルナ。朝の炊き込み飯の香り、悪くないな。……この匂い、香料変えた?」
「え? うん、昨日の炎の残り香を油に移したの。飛竜のブレスってちょっと香ばしい匂いするでしょ? 再利用してみた!」
「飛竜の……?」
「はい、料理活用です!」
その言葉にグランが咳き込みかけた。
「おいおい、魔獣の息吹を食材に使うやつがあるか!」
「だって、魔素を中和すれば毒じゃないもん。つまりほら、香辛料!」
レオンは興味深げにスプーンを取った。
一口。
口に入れた瞬間、驚きが走った。
焦げた脂の香りと少し苦味を帯びた烈しい風味――それでいて余韻にほのかな甘みが残る。
「……これは、悪くない。料理というより……戦場の味だな」
「うん! “竜飯”って名前で売り出せると思ったんだ!」
「どういう発想してんだ」
「だって創星の炉は、食も鍛冶も同じ“創る”仕事でしょ? なら、美味しいものだって立派な作品だよ」
レオンは黙ってもう一口頬張り、少し笑った。
「確かに……お前の発想、嫌いじゃない」
その時、扉の外でざわめきが起こった。聞き覚えのある、硬い靴音。
「王都管理局だ。創星の炉に入るぞ!」
衛兵たちの声が響く。
「来たか……」
ティナが寝ぼけ眼をこすり、跳ね起きる。
「レオンさん!」
「大丈夫だ。想定通りだ」
レオンは静かに立ち上がると、炉の奥のルシェを手に取った。
◇
管理局の会議室に、重い沈黙が満ちていた。
机を挟んでレオンたちが並び、対面には管理官や魔術師たちが座る。
机上には例の剣が置かれていた。
「……これが“創精鍛造”による作品か」
「はい」
「お前の技術で生み出されたと? 魂を宿す、だと?」
管理官の冷ややかな眼差しの中、レオンは堂々と頷いた。
「創星炉の炎と飛竜素材の融合で、意志を持った鋼が生まれた。それが、これです」
「詭弁だ。人間が命を作るなど神の領分だ」
「だが現物はここにあります」
沈黙。
その静寂を破ったのは、剣のほのかな声だった。
『……名を問うのか?』
部屋中がざわめいた。
剣が自ら問いかけるなど、通常ありえない。
監査官たちは椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「精霊反応だと? どういうことだ!」
「封印しろ! 魔災指定の可能性がある!」
剣の青い光が強まりかけた瞬間、レオンは低く呟いた。
「ルシェ、鎮め」
『……了解。創造主よ』
すっと光が消え、再び静寂が戻った。
その光景に、管理官も言葉を失った。
「ご覧の通り、暴走の危険はありません。魂は制御下にある」
「……ふむ。しかし、前例がない。正式な許可を出すわけにはいかん」
「ならば暫定許可でも構いません。創星炉の安全性は、王都にとっても有益です。武器だけじゃない、平和利用もできる」
レオンの言葉にエルナが続いた。
「たとえば、料理とか!」
「は?」
管理官が眉をひそめる。
「飛竜素材の残滓を中和して再利用できるんです。危険なものを“食べられる形”に変える。これも命を再生させる錬金の一形態です!」
ティナも慌てて補足する。
「最近、王都で魔獣廃棄物の処理が問題になってます! それを安全に無害化できるなら、大幅な負担軽減になります!」
「なんだそれは……おまえら、鍛冶屋じゃなくて料理ギルドでも作る気か?」
エルナは胸を張る。
「どっちでもいけます!」
会議室がざわついた。だがそれは否定ではなく、興味の色を含んでいた。
中央の初老の管理官が椅子を倒して笑う。
「面白い。飛竜を食い物にする鍛冶師など聞いたことがない!」
「許可を与えよう。ただし条件がある」
「条件?」
「王都食料庁との共同試験だ。危険素材の無害化処理――俗に言えば“調理”だな。結果次第では正式登録とする」
「……上等だ。やってみせます」
「ははは、実に愉快な若造だ。期待しているよ、創星の炉の職人」
◇
夕暮れ。
工房に戻ると、ティナとエルナが同時に崩れ落ちた。
「つ、疲れたぁ……!」「胃が死んだ……!」
グランが笑う。
「おう、お前ら、命懸けの交渉ごっこはもうこりごりだな!」
「こりごりです!」
レオンは炉の前に立ち、深く息を吐いた。
「だが、成果はあった。管理局の監査は逃れた。これで堂々と活動できる」
「それに、飛竜スープの試作も承認ってことだね!」
「それを“試作”って言うな」
だが、エルナの目の輝きにレオンは小さく笑った。
彼女の“料理スキル”がこれからの鍵になる。
鍛冶と錬金と、そして食――誰も試したことのない融合。
王都の夜が深まる。
創星の炉の煙突からは、再び明かりが上がっていた。
新しい火の香りに包まれ、レオンは静かに呟く。
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