空き地で拾った物語

たまごころ

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幸福スイッチ

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近未来の日本では、「幸福スイッチ」と呼ばれる装置が流行していた。小さな手のひらサイズの装置で、スイッチを押すだけで幸福感が得られるという。

「ストレス社会にはこれが必要なんです」と、開発企業の社長が宣伝するこの装置は、瞬く間にヒット商品となった。価格も手ごろで、一回の使用はたったの500円。使い方は簡単。スイッチを押すだけで、脳内に幸福ホルモンが分泌され、悩みや不安がすべて消えるのだ。

田中良平もその恩恵にあずかった一人だ。彼は小さな広告会社に勤め、過労と低賃金に苦しむ典型的な中年サラリーマンだった。

「これさえあれば、仕事も楽しくなるかもしれないな」

田中は試しにスイッチを押してみた。その瞬間、胸がじんわりと温かくなり、嫌なことがどうでもよく感じられた。頭の中に幸せなイメージが広がり、長年忘れていた笑顔が自然と浮かんだ。

それ以来、田中は毎日のように幸福スイッチを使うようになった。朝、仕事に行く前に一回。昼休みにはもう一回。そして夜、疲れ果てた帰宅後にも。

最初は一回で十分だったが、次第に効果が薄れていくように感じた。スイッチを押しても、前ほどの幸福感が得られないのだ。

「もっと強い幸福が必要だ…」  
田中はそう思い、使用回数を増やしていった。

***

数か月後、田中の生活は変わり果てていた。仕事への意欲は失われ、上司からは「最近の田中君はやる気がない」と評価を下げられた。友人や家族との関係も疎遠になり、田中はひたすらスイッチを押し続けるだけの日々を送っていた。

さらに困ったことに、幸福スイッチの料金が高額になっていった。最初は一回500円だったが、需要の増加を理由に、値段が徐々に引き上げられていったのだ。

「もう1000円か…いや、2000円でも払う。幸せが買えるなら安いものだ」

田中は生活費を切り詰め、食事や家賃を犠牲にしてでもスイッチを押し続けた。

***

ある日、田中が銀行口座を確認すると、残高がゼロになっていることに気づいた。

「これじゃスイッチが押せない…!」

絶望に打ちひしがれた田中は、ついに職場の金庫から現金を盗んでしまった。その金でスイッチを購入し、幸福感を得ることで、罪悪感すら消し去った。

だが、その行為はすぐにバレてしまい、田中は警察に逮捕された。

***

裁判で田中はこう証言した。

「私はただ、幸せになりたかっただけなんです…!」

判決が下され、田中は刑務所に送られた。そこで彼は意外なことに気づいた。

「ここではスイッチを押せないけど、不思議と平穏だな…」

スイッチを使わない生活に徐々に慣れていった田中は、自分が以前よりも落ち着いていることに驚いた。

「本当の幸せって、もしかして…」

そんな考えが頭をよぎったその時、刑務所の売店で新商品が発売された。商品棚には「幸福スイッチ・刑務所版」と書かれたパッケージが並んでいる。

田中は思わず苦笑した。だがその手は、無意識に財布へと伸びていた。
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