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第22話 始まる王都侵攻作戦
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世界の空が永久の薄明に包まれてから七日が経った。
神界の裂け目は閉じきらず、空の一点に光の亀裂を残したまま、時間そのものが微かに乱れている。
昼と夜の境界が曖昧になり、人々の時計は狂い、季節の流れすら歪み始めた。
アーカディアの新たな“調律の塔”で、ルディウスは巨大な黒の書板を見つめていた。
イルミナが設計した「理式網(コード・グリッド)」には、異なる世界の流れが何本も重ねて表示されている。
そのすべての根源は――王都アスラシアにあった。
「やはり、原因は王都の聖典区か」
ルディウスの低い声にイルミナが頷く。
「神界との回線を切断した時点で、天界から独立した“残響信号”が地上に落ちたの。
それを王国の側が“神の奇跡”だと思い込み、再現しようとしている」
アーシェが腕を組む。
「つまり、また王国が神の名を借りて暴れているということか」
フィアが苦笑する。「ほんと、懲りないわね。滅びの寸前まで行っても理解しないなんて」
ルディウスは静かにため息を吐く。
「理解するまで、現実を突きつけるしかない。
俺たちはアーカディアを中心に“理の均衡”を保ってきた。
だが、王国がそれを乱すなら――もう一度、滅びを味あわせる」
リシェルが険しい顔で口を開く。
「あなた、まさか“再侵攻”を……?」
「侵攻ではない。矯正だ。」
そう言いながら、ルディウスは空に浮かんだ地図上の一点に触れた。
王都アスラシアの中心が光り、その周囲に魔法陣が描かれていく。
「これから我々は“再生戦線”を展開する。
神ではなく、人間の手で秩序を取り戻させるための作戦だ」
イルミナが指を動かし、戦略図を拡大した。
「王都正面には神殿と聖教会が、南門には騎士団本営がある。
北区には生き残りの貴族たちが集まって“神議会”を名乗ってるけど……実際は混乱の極みね」
ルディウスの瞳が光を吸い込む。
「その神議会を壊す。
今度は根ごと消す。王国の中心から、意志のない人間を一掃する」
リシェルが唇を噛んだ。
「あなた……それじゃあ結局、神と同じじゃない。自分の理を押し付けて――」
ルディウスは振り向きもせずに言う。
「押し付けではない。“理解しない者には選択肢がない”だけだ」
アーシェが槍を軽く回す。
「戦なら戦だ。竜人軍はすでに集結している。
人間側には義に厚い連中も混じってるが……戦場で迷いを残す者から死ぬぞ。」
イルミナが静かに言った。
「作戦名《ノア・プロトコル》。神の洪水を否定し、人による再生を謳う計画。
各地の魔族と異端集落にも連絡済み。反王国同盟として一斉に動く」
「そうか。」
ルディウスはうなずき、黒い外套の襟を整えた。
「目的はひとつ。王国を“神の檻”から解放する。
そのための力を、俺たちはすでに持っている」
フィアが少し瞳を伏せた。
「でも……それで苦しむ人もいるわ。まだ信仰に縋ってる人たちが」
「救うさ。」ルディウスの声は低いが、確信に満ちている。
「信仰を殺すのではなく、選ぶ自由を与える――たとえ、それが“拒絶”だとしても。」
*
その夜。アーカディア南門に、魔導連合軍の旗が翻った。
竜人と人類、魔族と機械生命、失われた種族たちが同じ目標のために並んでいる。
かつて交わることのなかった力が、ひとつの方向へ収束していた。
アーシェが空に槍を掲げる。
「諸君! 我らは略奪者ではない! 滅ぼすためでなく、“選ばせる”ために進む!
恐れるな、神の鉄の理に背を向けろ!」
歓声が上がる。
竜の咆哮、魔族の歓呼、そして人間の叫び。
そのすべてが不思議な調和を持って夜空に響く。
少し離れた丘で、ルディウスはその光景を見下ろしていた。
隣ではリシェルが風の魔法で伝令陣を支えている。
「まるで軍神ね、あなた。」
「俺は神ではない。ただ、神の役割を奪っただけだ」
「奪う理由は?」
「この世界を、誰かひとりの“正義”で動かしたくないからだ」
リシェルは笑った。
「相変わらず、わかるようでわからない人」
「理解する必要はない。お前は、お前を信じて生きていけばいい」
そのとき、イルミナが通信陣を通して声を上げた。
「王都上空で異常エネルギー反応! 軌道上から光の柱が降下中!」
ルディウスは瞬時に空を見上げた。
雲の切れ間から、かつて閉じたはずの“天界”の裂け目が再び開いている。
そこから、光の塔のような柱が王都中心部に突き刺さり、周囲を焼き始めた。
「……神界の残滓、いや……別の“意志”か。」
ルディウスの瞳が深く光る。
アレンとの戦いで彼が見た“金の残片”――神でありながら人に干渉する意思、
それがまだ完全には滅んでいなかったのだ。
「アーシェ、先行部隊を王都西門へ。
イルミナは上空から解析。リシェルとフィアは避難誘導を。
俺は――中心部に直接降りる。」
命令は短く、明確だった。
地響きが鳴り、アーカディアの防壁が開く。
無数の魔光が夜空を裂き、軍勢が王都へ向けて進撃を始める。
竜の翼が風を切り、魔導砲が轟音を発する。
だがその時、ルディウスの足元から白い光が走った。
意識が一瞬だけ遠のき、次の瞬間――彼は見知らぬ風景の中にいた。
そこは王都アスラシアの中央広場。
神殿の瓦礫の上で、一人の女が立っていた。
純白の衣に金の装飾。背の翼は欠け、しかし威厳を放っている。
「ルディウス……あなたは、私を忘れていなかったでしょう?」
静かな声。
見覚えのある瞳。
それは――かつて彼を裏切り、そしてどこかで消えた女。
「……セリナ」
聖女セリナは微笑んだ。その背後に、折れた聖槍が浮かぶ。
「神々は沈黙していない。わたしたちは“新たな秩序”を築いたの。
それを守るためなら、あなたが敵に回ってもかまわない」
ルディウスの目が細まる。
「お前はまだ、神に縋るのか」
「違うわ。今度は“神”を超えるために人が神になる番。
――だから私は、“創聖”を受けたの」
彼女の背から光が溢れる。純金の環が幾重にも重なり、その中心に“時の冠”が輝いていた。
ルディウスは悟る。
王都侵攻の本当の目的――それは神々ではなく、“彼女を止める”こと。
セリナがゆっくりと手を上げる。
「あなたがかつて壊した理を、今度は私が書き換えるわ。
ルディウス、あなたはもう“過去”よ。」
風が止み、世界が静止した。
戦場の幕が、今、再び開かれようとしていた。
(続く)
神界の裂け目は閉じきらず、空の一点に光の亀裂を残したまま、時間そのものが微かに乱れている。
昼と夜の境界が曖昧になり、人々の時計は狂い、季節の流れすら歪み始めた。
アーカディアの新たな“調律の塔”で、ルディウスは巨大な黒の書板を見つめていた。
イルミナが設計した「理式網(コード・グリッド)」には、異なる世界の流れが何本も重ねて表示されている。
そのすべての根源は――王都アスラシアにあった。
「やはり、原因は王都の聖典区か」
ルディウスの低い声にイルミナが頷く。
「神界との回線を切断した時点で、天界から独立した“残響信号”が地上に落ちたの。
それを王国の側が“神の奇跡”だと思い込み、再現しようとしている」
アーシェが腕を組む。
「つまり、また王国が神の名を借りて暴れているということか」
フィアが苦笑する。「ほんと、懲りないわね。滅びの寸前まで行っても理解しないなんて」
ルディウスは静かにため息を吐く。
「理解するまで、現実を突きつけるしかない。
俺たちはアーカディアを中心に“理の均衡”を保ってきた。
だが、王国がそれを乱すなら――もう一度、滅びを味あわせる」
リシェルが険しい顔で口を開く。
「あなた、まさか“再侵攻”を……?」
「侵攻ではない。矯正だ。」
そう言いながら、ルディウスは空に浮かんだ地図上の一点に触れた。
王都アスラシアの中心が光り、その周囲に魔法陣が描かれていく。
「これから我々は“再生戦線”を展開する。
神ではなく、人間の手で秩序を取り戻させるための作戦だ」
イルミナが指を動かし、戦略図を拡大した。
「王都正面には神殿と聖教会が、南門には騎士団本営がある。
北区には生き残りの貴族たちが集まって“神議会”を名乗ってるけど……実際は混乱の極みね」
ルディウスの瞳が光を吸い込む。
「その神議会を壊す。
今度は根ごと消す。王国の中心から、意志のない人間を一掃する」
リシェルが唇を噛んだ。
「あなた……それじゃあ結局、神と同じじゃない。自分の理を押し付けて――」
ルディウスは振り向きもせずに言う。
「押し付けではない。“理解しない者には選択肢がない”だけだ」
アーシェが槍を軽く回す。
「戦なら戦だ。竜人軍はすでに集結している。
人間側には義に厚い連中も混じってるが……戦場で迷いを残す者から死ぬぞ。」
イルミナが静かに言った。
「作戦名《ノア・プロトコル》。神の洪水を否定し、人による再生を謳う計画。
各地の魔族と異端集落にも連絡済み。反王国同盟として一斉に動く」
「そうか。」
ルディウスはうなずき、黒い外套の襟を整えた。
「目的はひとつ。王国を“神の檻”から解放する。
そのための力を、俺たちはすでに持っている」
フィアが少し瞳を伏せた。
「でも……それで苦しむ人もいるわ。まだ信仰に縋ってる人たちが」
「救うさ。」ルディウスの声は低いが、確信に満ちている。
「信仰を殺すのではなく、選ぶ自由を与える――たとえ、それが“拒絶”だとしても。」
*
その夜。アーカディア南門に、魔導連合軍の旗が翻った。
竜人と人類、魔族と機械生命、失われた種族たちが同じ目標のために並んでいる。
かつて交わることのなかった力が、ひとつの方向へ収束していた。
アーシェが空に槍を掲げる。
「諸君! 我らは略奪者ではない! 滅ぼすためでなく、“選ばせる”ために進む!
恐れるな、神の鉄の理に背を向けろ!」
歓声が上がる。
竜の咆哮、魔族の歓呼、そして人間の叫び。
そのすべてが不思議な調和を持って夜空に響く。
少し離れた丘で、ルディウスはその光景を見下ろしていた。
隣ではリシェルが風の魔法で伝令陣を支えている。
「まるで軍神ね、あなた。」
「俺は神ではない。ただ、神の役割を奪っただけだ」
「奪う理由は?」
「この世界を、誰かひとりの“正義”で動かしたくないからだ」
リシェルは笑った。
「相変わらず、わかるようでわからない人」
「理解する必要はない。お前は、お前を信じて生きていけばいい」
そのとき、イルミナが通信陣を通して声を上げた。
「王都上空で異常エネルギー反応! 軌道上から光の柱が降下中!」
ルディウスは瞬時に空を見上げた。
雲の切れ間から、かつて閉じたはずの“天界”の裂け目が再び開いている。
そこから、光の塔のような柱が王都中心部に突き刺さり、周囲を焼き始めた。
「……神界の残滓、いや……別の“意志”か。」
ルディウスの瞳が深く光る。
アレンとの戦いで彼が見た“金の残片”――神でありながら人に干渉する意思、
それがまだ完全には滅んでいなかったのだ。
「アーシェ、先行部隊を王都西門へ。
イルミナは上空から解析。リシェルとフィアは避難誘導を。
俺は――中心部に直接降りる。」
命令は短く、明確だった。
地響きが鳴り、アーカディアの防壁が開く。
無数の魔光が夜空を裂き、軍勢が王都へ向けて進撃を始める。
竜の翼が風を切り、魔導砲が轟音を発する。
だがその時、ルディウスの足元から白い光が走った。
意識が一瞬だけ遠のき、次の瞬間――彼は見知らぬ風景の中にいた。
そこは王都アスラシアの中央広場。
神殿の瓦礫の上で、一人の女が立っていた。
純白の衣に金の装飾。背の翼は欠け、しかし威厳を放っている。
「ルディウス……あなたは、私を忘れていなかったでしょう?」
静かな声。
見覚えのある瞳。
それは――かつて彼を裏切り、そしてどこかで消えた女。
「……セリナ」
聖女セリナは微笑んだ。その背後に、折れた聖槍が浮かぶ。
「神々は沈黙していない。わたしたちは“新たな秩序”を築いたの。
それを守るためなら、あなたが敵に回ってもかまわない」
ルディウスの目が細まる。
「お前はまだ、神に縋るのか」
「違うわ。今度は“神”を超えるために人が神になる番。
――だから私は、“創聖”を受けたの」
彼女の背から光が溢れる。純金の環が幾重にも重なり、その中心に“時の冠”が輝いていた。
ルディウスは悟る。
王都侵攻の本当の目的――それは神々ではなく、“彼女を止める”こと。
セリナがゆっくりと手を上げる。
「あなたがかつて壊した理を、今度は私が書き換えるわ。
ルディウス、あなたはもう“過去”よ。」
風が止み、世界が静止した。
戦場の幕が、今、再び開かれようとしていた。
(続く)
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