騎士嫌い令嬢、怪しい隣人騎士と共同生活したら正体が意外すぎて困ってます!

大井町 鶴(おおいまち つる)

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騎士嫌い令嬢、怪しい隣人騎士と共同生活したら正体が意外すぎて困ってます!

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レンガ造りの壁がはがれかけた屋敷に、小さな黒い影が自由に出入りしている。

それは、薄暗い部屋を走り抜けると、台所に置かれた油ランプをひっくり返した。

「隣の屋敷のネズミ、うるさいわね」

ラエル伯爵家の使用人たちが窓から隣家を見て文句を言う。

「あんな隙間だらけの屋敷じゃネズミも大喜びよね。堂々と入れるものって……ねえ、なんか燃えてない?炎が見えるわよ!」
「まさか!冗談でしょ?って本当だ!」
「大変!早く消火しないとこちらまで火が燃え移る!誰か、お嬢様とお坊ちゃまに知らせて!」

使用人たちはバタバタと部屋を出て行った。

――辺り一帯、総出での消火活動のおかげで隣家の火災は鎮圧できた。が……。

「姉さん、ホセさんはしばらく我が家で過ごしてもらおうよ!」

勢い込んで言うのはアンセルマの弟のクレトだ。

「でも、お父様たちが不在の時に勝手に決めるのは……」
「姉さん、お願い!僕が騎士に憧れているのを知っているでしょう?」

5歳年下のクレトが目をキラキラさせて言う。大好きなアンセルマとしては願いを叶えてあげたい気持ちになった。

「ホセ・ガルシアだ。すまないが、しばらくこちらでお世話になれるなら、ぜひとも甘んじたい」

頭を下げる彼はラエル伯爵家の屋敷のお隣さん、古い屋敷を借りている騎士だった。

「ここに滞在していることはこの辺りの治安を維持するには必須なんだ。家を見つけるまでの仮住まいということで許してはいただけないだろうか?」
「そう言われると、断れないですね……」

この辺りは貴族街だが、領地を持つ者は屋敷を空ける人も多い。だから、確かに彼が言うように騎士が駐在している方が安心ではある。

「では、新しい駐在場所ができるまで……どうぞ我が家でお過ごしください」

アンセルマはなるべく穏やかに言った。

(はあ、騎士が我が家に滞在することになるなんて……)

苦手な騎士がこんな近くにいることになるとは、とアンセルマはドレスの裾をギュッと握りしめる。

(忌まわしい思い出が蘇りそう……)

――4歳の時、アンセルマは庭で遊んでいた。庭といってもこの貴族街の屋敷にある庭だから、大した大きさではない。両親も安心して護衛騎士がいるしと、自由に遊ばせていた。

だが、その護衛騎士がアンセルマを誘拐したのだ。

無事に屋敷に戻ることはできたが、捕まった護衛騎士は父に“恨みがあった”、と証言したと聞いた。

それ以来、“騎士”という存在を信じることができない……。

(口を塞がれ手足も縛られて……売られるところだった)

口では『守ります!』と調子良いことを言われても、心の中でどう思っているのかわからないと思うと、簡単に信じることはできない。

「おはようございます」

翌日、熱心な騎士ファンであるクレトに引っ張られ食堂で顔を合わせたホセは、困り顔ながら礼儀正しく挨拶してくれた。

「……おはようございます」

朝食の間、クレトがずーっとホセに話しかけている。

「ねえねえ!騎士ってどんな仕事をするの?ホセさんは貴族街の治安維持ってのをしているんだよね?」
「はい、そうです。私は皆様が安心して暮らせるようにお守りするのが仕事です」

(ふん、自分の住んでいる所から火を出したくせに)

苛立ちからカップをテーブルに音を立てて置くと、ホセがアンセルマを見た。

「……しかし、火事を起こしたのが私だと言うのはなんとも情けない話です」

目を伏せ、恐縮してみせるホセにさらなる苛立ちが募った。

「分かってらっしゃるなら、もっと気を引き締めていただかねば。あなたは騎士なんですから」

チクリと言うと、クレトがすかさず擁護してくる。

「姉さん!火事はホセさんが見回りに行っていた時に起きた事故だよ?」
「見回りの時にランプをつけたまま出掛けるなんて、不注意過ぎるのでは?」
「すみません。アデモッロ子爵に急ぎで呼ばれたのもありまして……」

アデモッロ子爵は近所に住む、王立騎士団管轄の警備隊長をしている人だ。

「だからって許されることではありませんわ」
「……すみません」

ひたすら、低姿勢でホセは謝っていた。

――朝食後、アンセルマは書斎の窓際で手紙を整理していた。
 
だけど、どうにも落ち着かない。カーテンの隙間から、庭で訓練するホセとクレトの姿が見えるのだ。

ホセは剣を構えるクレトに丁寧に正しい姿勢から呼吸の仕方まで指導している。その様子は、まるで長年の師弟のようで……。

「……なによ、騎士ぶっちゃって」

ぼそっと独り言をこぼした。
 
(“正義の味方”を演じる人間ほど、裏切る時はあっさりなのよ)

自分はもう、その怖さを知っている。

思わず過去の記憶が喉の奥で鈍く疼きそうになった時、ノックの音が聞こえた。

「失礼します。私はこれから見回りなどの任務があり、出掛けます。帰りは遅くなりますが、ご迷惑をおかけしないようにします」
「分かりました。使用人に伝えておきますから」

その晩、言葉の通り、ホセは遅くに帰宅したようだった。

使用人の話ではホセは紙の束を抱えて、酒の匂いをさせていたと言う。不審な目を向ける使用人に、『黙っていてくれないか』と言ったそうだ。

「まあ、なんて不真面目な人……!」

やはり彼は騎士なんて信用できないわ、と考えながらアンセルマは屋敷の廊下を歩いた。すると、メイドが彼の滞在する部屋の前で立ち尽くしている。

「どうしたの?」
「それが、その。部屋には入らないでくれ、と言われまして。掃除は自分でするからと」

(使用人は、紙の束を持っていたと言っていたわね。秘密の書類でもあるというのかしら?)

お酒を飲み、持ち帰った紙の束など大したものではないだろう、と思えた。

「……鍵なら私が持っているから開けるわ。彼は今、出掛けているわよね?掃除をするなら今のうちよ」
「でも、勝手に入って大丈夫でしょうか?一応、警備隊の方ですよね?」
「火事を起こして隣家にお世話になるような人よ?そこまで気を使う人かしら?鍵を持ってくるわね」

アンセルマは鍵を持ってくると、鍵を開けて部屋に入る。

部屋の中は早くも書類が散乱していた。

「なによこれ」

一緒に入ったメイドが早速、窓を開け放って掃除を始めた。

風にあおられて一枚の書類がアンセルマの足元に落ちてくる。

……手に取ると、驚くようなことが書かれていた。

『潜入無事に終了。今のところ、アンセルマ嬢とクレト令息に怪しい動きなし。ただし、令嬢は不信感を抱いている模様』

自分と弟の名と情報が書かれていた。

(なによ、これは……!)

明らかに“報告書”だ。

(……潜入って、なに?なんのために?どういうこと?)

真っ先に浮かんだのは、彼の上司であるアデモッロ子爵だ。自分の両親を疑っているということだろうか。両親は今、領地に視察に行って屋敷にいない。潜入するならば今が好機だ。

(家門を率いるお父様になんらかの疑いを持っているってことよね?……お父様は間違ったことなんてする方じゃない。……私があの騎士からお父様を守らねば!)

アンセルマは唇を噛むと書類を抱えて立ち上がった。

“やっぱり騎士なんて信用ならない”と強く思った。

――その夜、見回りから夜遅く戻ったホセの前に、アンセルマは立ちはだかった。

「ずいぶんと遅くまで活動されているんですね。お酒の匂いなんかさせて」

今夜も彼は手に書類らしきものを持っている。アンセルマの顔を見ると、彼は書類を懐に突っ込んだ。

「今さら隠さなくてもいいわ。……あなたに聞きたいことがあるの。こちらに来て」

そのままホセを応接室に連れて行くと、黙って書類を突きつけた。

「これは……」

ホセは目を落とし、一瞬、息を止めた。

「お父様を疑っているようね。……だから、家事騒ぎまで起こして、ここの家に潜入したの?」
「勝手に部屋に入ったのですね」
「ここはうちの屋敷よ?素行が怪しければ当然、確認するわ!」
「それで証拠探しを?……ならばオレと同罪じゃないか」

それまで丁寧な言動だったホセの口調がガラリと変わった。思わず、アンセルマの背筋が硬直する。

「あなたは私たちを欺いて近づいたのよ、同じわけないでしょ!一緒にしないで!」
「静かに。クレトが起きるぞ」

ホセの言葉に、アンセルマは手をギュッと握りしめ大きく息を吸った。

「……今なら見逃してあげるわ。クレトに知られないうちに出てって」
「そうはいかない。あんたが言うようにオレは意味があってここにいるんだ。それにあんたも容疑者の一人だしな」
「なんですって?」

言われもない罪で疑われているのかと思うと、ブチギレそうになった。

「あんたの父、ラエル伯爵は裏金をとある貴族に渡している。伯爵が裏カジノを経営しているのを知っているか?そこでせっせと裏金をつくってるのさ。今晩、その徹底的な証拠を押さえたばかりだ」
「嘘!そんなの嘘だわ!」

父が裏カジノを経営していたなんて聞いたことがない。それに父は清廉潔白な人だ。

「ただ、裏金を蓄えている様子がない。うま味がないのに、どうしてこんな危ない橋を渡っているのか。だから、オレは弱みでもあるのではないかと真相を調べている。こう言えば協力する気になったか?」
「お父様が脅されているかもしれない、というの?」

思い当たらないこともない。ある記憶が蘇ってくる。口を開きかけて閉じた。

「心当たりがある顔だな。話してくれ。事情によっては伯爵の罪は軽くなるかもしれないぞ」
「罪だんて言わないで!……これが役に立つかどうかわからないけれど、お父様がもし、脅されるようなことがあれば私に関係があることかもしれないわ」
「なんだそれは?」

アンセルマは膝がわずかに震えたが、ギュッと掴むとポツリポツリと話し出した。

「……私は4歳の時に護衛騎士に誘拐されたことがあるわ。身代金目当てに。だから、お父様は膨大な金額を払って私を取り戻した……」
「なんだって、誘拐?」

ホセが声を低くする。

「だからあんたは……いや、アンセルマ嬢はオレをずっと警戒していたんだな?オレが騎士だから」
「そうよ。綺麗ごとを言って平気で裏切る人がいると身を持って知ったのだもの。私は簡単に騙されないわ。お父様も弟も全て私が守るわ」

興奮したアンセルマの頬には幾筋も涙が流れる。その様子をホセはじっと見ていた。

「……オレは正しい騎士だ。信用を裏切るようなことはしない。攫ったそいつは騎士とは言えない。偽物でただの犯罪者だ。安心してくれ。オレは君の家を破滅させようなんて考えていない」
「あなたはただの騎士じゃない。もし、お父様が脅されているとわかったとしても、あなたに何ができるっていうのよ!」

目に涙を浮かべながらアンセルマはホセに噛みついた。

「興奮するな。オレには救う力があるから大丈夫だ」

ホセは立ち上がると、アンセルマは恨めしそうに睨みつけた。

「睨むなって。……オレの本当の名は、セレドニオ・グアハルド。知っていて当然だな?」
「グアハルドは王家の名よ。しかも、セレドニオは第三王子の名前じゃないの。ふざけて軽々しく語っていい名前じゃないわ」
「信じないんだな。まあ、オレの顔はそこまで知られていないからな。これを見れば信じるか?」

ホセ改めセレドニオは、王立騎士団総隊長の証を懐から取り出して掲げた。

「この証は本物の王立騎士団総隊長である第三王子しか持てないものだぞ」
「嘘……」

茫然と証を食い入るように見つめるアンセルマを見つめ、セレドニオは言った。

「オレは正しい者を救い、悪い者を罰する」
「……あなたが王子様だったなんて」
「誰にも言うなよ?」
「言えるわけがありません……でも、なぜあなたのような方が自ら調査を?」

ようやく現実を受け入れ始めたアンセルマが尋ねる。

「なかなか王族も大変なんだ。オレもかつて誘拐されたことがある。だから、悪い奴を許せないんだ」
「そ、そんな、殿下にもそんなことが……」
「これも秘密だけどな。……あれは、嫌な出来事だ。消えて欲しい記憶だな。でも、消えることはない。それでも時間は流れて新しい時間が積み重なっていく。だから、前に進まなきゃならないだろ。……この件は悪いようにしない。オレはこのままここを出るが、改めて訪問することにする」

――数日後、夕暮れ時。王室の馬車が屋敷前に停まった。

『失礼する』と穏やかな声が聞こえて屋敷に入ってきたセレドニオは、いつもの騎士姿ではなく装飾が素晴らしい礼服に身を包んでいた。

「こんばんは、アンセルマ嬢。改めて訪ねてきた」

彼の眼差しは柔らかくて、以前とは違う様子だ。

応接室に案内すると、2人は向かい合って腰を下ろした。

クレトは彼の様子がだいぶ違うので、驚いて大騒ぎした。どうにか大事な話が終わるまでは、自室で待つように先ほど伝えたとこだ。

「……いろいろと正体を明かさず、そして、言葉が足りずに誤解を招いたことを改めて謝りたい」
「殿下が謝るなんて……私も自分の体験からかなり失礼な態度をとりましたし、私こそ謝らねばならないでしょう」
「ならば、同じ痛みを知っている者同士ということで、これからは少しでも理解し合えるように付き合えたらと思っている」

セレドニオは、アンセルマの父を脅していたバルチュ公爵を突き止めたと話した。

「バルチュ公爵の息子、ヨハンがアンセルマ嬢を気に入って攫わせたのは知っていたか?」
「いいえ……。お父様からは、誘拐犯は金に困った没落貴族だったと聞いていました」
「事実は違うぞ。ヨハンが未だに君を狙って、また攫おうとしていたらしいぞ。それを知った伯爵は君を助けるために金を作って定期的に渡していたそうだ」
「え……!」

父が後ろ暗いことをしていたなんて信じられなかったが、自分のためにしていたと聞いて胸が絞めつけられた。

「お父様が領地で特産物に力を入れていたのも関係しているのでしょうか?」
「ああ、それも関係している。だが、領民を守るのは彼らの勤めだ」

両親は定期的に領地の見回りをしている。だから、領土民から慕われている。

「使用人は皆、武芸の心得があるそうだな」
「え?」

知らなかった。両親はアンセルマが心配で、使用人は皆、騎士など武芸の心得がある者で揃えていたらしい。

「そんな……それなのに、私ったら皆の前で騎士嫌いと常々言っていたわ」

アンセルマの声が小さくなる。

「皆、君の過去を知っているから何も言わずにいてくれたのさ。これからは騎士の印象が良くなるといいな」
「もちろんです……でも、まだ完全に信じるのは時間がかかるかもしれませんが……」
「オレも騎士だぞ?オレと仲良くはなれないのか?」
「え?それはどういう……」

動きを止めたアンセルマがよくわからない、という顔をすると、扉がバンと開いた。

「それは、殿下の恋人って意味ですよねっ!?」
「クレト!あなた何をしているの?部屋で待っていなさいと……」
「姉さん、それどころじゃないでしょう!実は、ホセさんはセレドニオ殿下で、しかも姉さんを気に入っているらしい!こんな素晴らしいことが起きるなんて!」

目を輝かせながら両手を握りしめるクレトに、アンセルマは慌てた。

「クレト!殿下は、そんな意味でおっしゃられたわけではないでしょうに!」
「いや、クレトは間違っていない。オレは君を可愛いと思っている。君は17でオレが……25で少し離れていはいるが、まあ許容範囲だろう?年上らしく君を支えられるぞ」

唐突な“告白”に、アンセルマは目を丸くした。

「ご、ご冗談を……!」
「冗談じゃない」
「姉さん、前向きに考えてよ!殿下はカッコ良くて正義感ある素晴らしいお方だよ!」
「それは間違っていないわ……で、でも物事には順番というものが――その、きちんと向き合うところから始めさせて頂ければと思いますわ、殿下」
「ああ、了解だ。ちなみに、君の両親には既に交際の許可は得ているからな」
「はい……!?」

思わず立ち上がったアンセルマの横で、クレトが歓喜で絶叫している。

「姉さんが王子妃になるなんて!」
「クレト!もう、あなたは黙って!」

騒がしいやり取りにセレドニオは肩を揺らして笑った。

――騒がしくも、あたたかさに満ちた日々の時間が積み重なっていこうとしていた。
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