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聖女ラリサ、戦場でおバカ勇者に恋をしたら
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めまいがする……ラリサは地面が徐々に近づいて来るのが目に入った。
辺りはまだ煙が薄く漂っていて、崩れた瓦礫が散らばっているのが見える。
(もう、ここまでしか……もう少し役に立ちたいのに)
聖女の力に目覚めたラリサは癒しの力を使って戦場で傷ついた兵士たちを回復させるのが役目だった。だが、今日はあまりにも多く魔物の襲撃があったせいで、負傷者も多く、途中で力が尽きたのだ。
「おっと、危ない。どうしてこんなに聖女サマは頑張るのかな?」
倒れかけた彼女をガシッと抱きしめたのは勇者であるドナートだ。
「意識を失っちゃってるな。仕方ない、連れて帰るか」
そう言うと、彼女をヒョイと肩に担ぎあげた。
すると、またしても奇声を上げながら、魔物が足元まで迫ってきた。
「聖女サマが危ねえだろ。もう、今日は閉店なんだよ!」
勇者らしからぬ言葉を吐くと、ドナートは渾身の力を込めて一閃した。
途端に魔物たちの首がはじけ飛んで地面に転がる。
「よし。じゃあ、戻るか」
……陣営のテントに戻り、寝かされていたラリサは目を醒ました。
目を開けると、彼女を見つめる男がいた。
筋骨隆々でガッチリした体躯にこげ茶色の髪の毛で、その人物は目に髪がかかるのが邪魔なのか無造作にかき上げていた。
(ああ、この仕草をするのはドナート様)
「ドナート様……、途中で倒れてしまい申し訳ありません」
「そんなことはどうだっていいよ。急に倒れたからビックリした!無理しちゃダメだぜっていつも言ってるじゃんか」
このドナートという男は、魔物を相手にすると目つきが変わるのに、普段は抜けているように見える人物である。
「皆が苦しんでいるのに、私が楽をするわけにはいきません。皆様、命をかけて戦っておられるのです」
「そう、堅苦しく考えるなよ。皆、ラリサちゃんに助けられて感謝しているんだから。休んだぐらいで文句言うヤツ、いねーよ」
ドナートは笑って言う。
「あなたは……最前線で戦っているではないですか。聖女とは勇者様を助けるのが使命です」
「そんな真面目なところ、ラリサちゃんのいいところでもあるけどさ、誰もラリサちゃんが倒れちゃう姿、見たくないぜ。特に、オレは見たくないな。絶対!」
ニカッとドナートが笑う。彼の日焼けした顔に白い歯がまぶしい。
キュン、とした。
ラリサは、このドナートに密かに惹かれていた。
最初は、なんと下品な物言いをする平民出身の勇者だろう、と貴族であるラリサは思っていた。
子爵令嬢であったラリサは、ある日、突然、聖なる癒しの力を神より与えられた。王はそれを知るなり、ラリサに戦地に向かうように命じたのだった。
だから、ラリサがドナートと初めて会ったのは戦場だ。
ドナートはラリサが貴族だと知っても変に態度を変えるわけでもなく、誰にでも本当に公平に優しい男だった。危険が迫れば真っ先に戦闘に立つし、なにより強い。皆、彼を慕っていた。
ラリサは初めての戦地に圧倒されながら、皆を守ろうとするドナートに必死についていった。
《ドナートがいれば千人力、そこに聖女が加われば百万力》
いつしか、兵士たちから自然と言われるようになっていた。
(ドナート様と私が対であるように言われるのは嬉しい……)
真面目で奥手なラリサは、ドナートに好意を示したことはない。でも、少しでも彼に近づきたいと内心、思っていた。
だが、彼は少しばかり、おバカである。
遠回しな言い方には気づかないのは勿論、ニブイのである。だから、ラリサの気持ちなど全く気付いていない。
魔物の気配は1キロ先でも気付くと言うのに、隣にいるラリサの気持ちには1ミリも全く気付いていなかった。
……ふと、ドナートがごそごそと腰のポーチを漁る。
「はい、これ。腹減ったろ?」
彼の手に握られていたのは、干し肉だった。
「干し肉ですか?」
「嫌か?これ、よ~く噛むと、じんわり肉のうま味が広がって美味しいぜ」
それは知っている。戦場では干し肉はご馳走だ。最初は慣れなかったが、ここでは貴重なものだと知って、ラリサも兵士たちと同じように食べている。
「知っています。でも、それは貴重なドナート様の食料ですから」
「昼もろくに食ってなかったろ?気になるなら、半分ずつにしようぜ。聖女サマがまた倒れたりしたら、オレ、泣いちゃうかも」
“泣いちゃうかも”と言われて、差し出された干し肉に手を伸ばす。
「あ、オレが食べやすいように柔らかくしてやるよ。オレ、力があるからさ」
彼は紙に干し肉を包むと、もみほぐした。
「ほら、やわらかくなった!」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ねえ、ラリサちゃん。あんたは貴族でお嬢様だっていうのは知ってるけど、もう少し気楽に話そうぜ。オレもその方が楽だし、距離も近く感じる」
距離を近く感じやすい、と言われてラリサは食い気味にうなずいた。
「ぜ、ぜひ」
「固くなるなって。……そういや、ラリサちゃんとは、こうしてゆっくり話すこともなかったな」
「ええ。いつも魔物退治で忙しい……から。でも、ドナート様はいつも前向きで素晴らしいって思っていたの」
「素晴らしい?オレが?」
キョトンとした顔でドナートが言う。
「オレはやるべきことをやっているだけさ。皆と同じさ。ラリサちゃんだってそうだろ?」
「私は、皆様に必死についていこうとしているだけだわ。恥ずかしいけれど」
ラリサは戦場が怖い。いつも死にたくないと心の中で震えている。だから、最前線で戦うドナートと同じだとは言えなかった。
「ラリサちゃんは、ホント真面目だな。でも、そういうところ、好きだなあ」
「えっ……!」
“好き”と言われて、大きく心臓が飛び跳ねた。思わず胸を抑える。
「ん?どうかした?」
「え……と、私もあなたの自然体なところがとても……好きです。そばにいると、すごく安心します」
ラリサは思い切って自分の気持ちを告げた。
……が、彼にはこれでも複雑すぎたようだ。
「安心するって言われてオレも嬉しいぞ!安心できる相棒じゃなきゃ、戦ってて不安になるしな!」
(ま、全く伝わっていないわ……)
ラリサは干し肉を噛みしめながら、軽くため息をついた。せっかく告白も同然である言葉を言ったのに、彼は気にしていない。
むしろ、“好き”という言葉を聞き逃しているのではないかと思われた。
ショックを受けつつも、彼とこうして、食事を分け合っている今は、それだけで嬉しかった。
だが、平和なひと時はすぐに打ち破られる。叫び声が上がった。
「魔物の群れだ!南東に姿を確認!」
「行くか、ラリサちゃんはもう少し休んでいろ!」
剣を持って立ち上がったドナートだが、テント内が暗くなる。
魔物が、テントに張りついて覆っていた。魔物は鉤爪でテントを破ると侵入してくる。
とっさに、ドナートがラリサに覆いかぶさった。
ザシュッ――
鈍い音と共に、ドナートの肩から血が飛び散った。
「ドナート様っ!」
ラリサの叫びと、彼の剣が魔物を斬り裂く音が重なった。
魔物が倒れ伏すと静寂が戻った。だが、ドナートの身体がその場に崩れ落ちていく。
「ドナート様……!」
「へへ……しくじった……魔物の気配は分かってたんだが……目の前に出てくるなんて油断したぜ……」
出血がひどかった。ラリサは震える手で彼の服を裂くと、傷口に手をかざした。
「聖なる光よ……どうか、どうか、彼をお救いください……!」
光が彼を包む。やがて出血は止まったものの、ドナートは目を閉じたままだ。息はしているが呼吸が荒い。彼の側にいたかったが、彼をベッドに寝かせると、後ろ髪を引かれつつ手当に向かった。
敵を鎮圧した陣営には火が燃えており、負傷者の手当に追われた。
ラリサはようやく、ドナートの寝かされているテントに戻って来ると、ベッド脇のイスに腰を降ろす。
いつも元気でおバカなドナートが傷のせいで出た熱で苦しんでいた。ラリサは、水に浸した冷たい布をドナートの額に乗せた。
そして、彼の手を握り祈った。
――そのぬくもりを、ドナートは夢の中で感じていた。
(温かくて、優しくて、なんだか離したくない。なんだ……この感覚……)
明け方、朦朧とする意識からようやく目覚めたドナートは、ラリサに手を握られていることに気付いた。彼女は、布団の片隅に遠慮がちに頭を乗せて寝ていた。
「……ラリサちゃん」
ドナートは握られた手をそのままにして、もう一度目を閉じたのだった。
「……はっ、寝てしまったわ!」
目覚めたラリサは、目の前のドナートを確認しようとして立ち上がるが手が離せない。握られた手には力が込められていた。
「ラリサちゃん、おはよう。……一晩中、看病してくれたんだな。ごめん。心配かけちゃって……」
「心配はもちろんしました。でも、謝らないで。……こういう時は」
(ありがとう、と言われた方が嬉しい、なんて押しつけがましいわよね)
「ありがとう、が正解って言いたいの?」
「え、ええ。言わせたみたいで、言わなければよかったわ」
視線を逸らすと、握られた手にさらに力が籠められ、引き寄せられた。ラリサはドナートの上に倒れ込む。
20センチもない距離にドナートの顔があった。途端に、ラリサの顔が赤くなる。
「な、なにを……」
「オレ、ラリサちゃんがしてくれたこと、忘れないよ」
(か、感謝を言いたかっただけ?)
不意打ちを食らって心臓が口から飛び出しそうになったラリサだった。
……その日は、負傷者の対応を続けた。すると、昼頃に一人の男が騎馬で陣地に入ってくるのが見えた。
漆黒の軍装に身を包み、凛とした横顔。美しい金髪を後ろで束ねている。背筋の伸びた長身で雰囲気からして貴族出の軍人だと分かる男だった。
「新任の補佐官か」
回復したドナートがいつの間にか横に来ていて言う。
その時、補佐官がラリサを捉えた。彼は馬を降りると、迷いなくラリサのもとへと歩いて来る。
「ラリサ嬢。初めまして。アントンと申します。王に言われてやって来ました。これからは私があなたをお守りします」
彼は、優雅な微笑みを浮かべた。
「ラリサちゃんなら、オレが守るぜ。あんたみたいな上品な男よりオレが適任だ」
「……そ、そうです。私はドナート様にずっと守って頂いておりました」
すると、今まで礼儀正しい様子であったアントンがドナートを見て、フッと笑う。
「……勇者ドナート殿ですか。失礼ながら、貴族の令嬢をお守りするには、少々粗野なご様子かと……」
「確かにオレは農民出身だし、そうかもな。でも、戦場ではオレの方がずっとあんたみたいな男より使えると思うぜ。おそらく、あんたにはラリサちゃんは守れない」
「なんだって?見くびらないで欲しいものだな」
妙に張りつめた空気になっていた。
……3日後、斥候に出ていた兵士が戻って来て、再び魔物との本格的なぶつかり合いが繰り広げられる戦況になった。
「ドナート!前方、4キロ先に魔族の群れが迫ってる。馬群を先行させた補佐官殿がすでにぶつかっているみたいだな。あいつ、このままだと死んじまうぜ」
「バカなやつ」
ドナートは短く言うと、精鋭を連れて馬を走らせた。
「あ、私も」
ラリサも急いで馬にまたがると後を追いかけた。
現場にやってくると、壮絶な斬り合いになっていた。ラリアの血の気が引く。
(ダメよ。しっかりしなくちゃ)
気合いを入れ直すと、ドナートの側まで近づく。
「ラリサちゃん、なんでここまで来たんだ!フレム、今すぐラリサちゃんを連れて後ろに下がれ!」
「行かないでくれ!腕を切られた!治療をしてくれ!」
悲痛な声で叫んだのはアントンだった。
アントンは魔物相手に必死に剣を振るっていたようだが、馬の動きを止められて恰好の餌食になっていた。ドナートが助けに来なければ、死んでいただろう。
「あのバカ、かっこわりいな」
ドナートはラリサを下がらせたのを見届けると、すばやく魔物群の横に回り矢で射るようにつっこんでいく。魔物群は横からの衝撃により体制を崩した。
ドナートの行く先々では魔物の首が空に飛んでいた。壮絶な状況だが、ラリサはただ、彼と彼に続く兵士たちの無事を願った。
フレムに連れられ離れたところで見守っていたラリサの元に、助け出されてきたアントンがドサリと降ろされる。
「ラリサ殿、助けてくれ」
上品で優雅に見えたアントンは震えていた。
「すぐにお助けします」
手を当てて傷が塞がると、青ざめたままのアントンは言った。
「わ、私はしばらく全快するまで陣営に戻っている」
逃げるように馬で戻って行った。
「……はあ。終わったぜ。って、あいつ、逃げたか?」
「ショックだったのでしょう。無理もないわ。ここは戦いの最前ですもの」
「そうだ。ラリサちゃん。ちゃんと分かってるじゃねえか」
コワイ顔をしたドナートがラリサの目線に合わせてかがんだ。
「オレはラリサちゃんに、こんなところまで来て欲しくなかった」
「だって……聖女としてはドナート様の側にいないと」
「ラリサちゃんが聖女でも聖女じゃなくても、オレの側にはいてほしい。でも、戦場じゃないところの方がいいな」
ラリサはしばし、ドナートの言うことに頭を巡らせた。
(え……これってまさかプ、プロポーズ!?)
思わずまわりを見渡すと、兵士たちは口元に手を当てて、ニヤニヤしている。
(や、やっぱりプロポーズなのよね?)
なんと答えようかと戸惑っていると、フレムが助け船を出してくれた。
「ドナートってバカですよね?普通、プロポーズっていうのは2人きりのところでやるもんだ。というわけで、ドナート、あっちでやり直せよ。オレたちはまわりを警戒してるからさ」
現場はすでに鎮圧して落ち着いていた。フレムなりの気遣いだ。
……そんな中、状況を把握できていない男がいた。ドナートだ。
「え?オレ、ラリサちゃんにプロポーズしてた??そういうつもりじゃなかったんだけどな」
「はあ?じゃあお前、どういうつもりで言ったんだよ?」
「オレは、ラリサちゃんが“好き!”って言いたかっただけなんだ」
「お前、ホントにバカだな!」
結局、兵士たちにさんざんからかわれ、周りの協力もあってラリサとドナートはカップルになったのだった。
ちなみに、ラリサが手をにぎりながら看病したあの夜から周りはラリサがドナートに特別な想いを抱いているのではないかと考えていたらしい。
ラリサとドナートは緩やかに、自分たちのペースで幸せを噛み締めたのだった。
辺りはまだ煙が薄く漂っていて、崩れた瓦礫が散らばっているのが見える。
(もう、ここまでしか……もう少し役に立ちたいのに)
聖女の力に目覚めたラリサは癒しの力を使って戦場で傷ついた兵士たちを回復させるのが役目だった。だが、今日はあまりにも多く魔物の襲撃があったせいで、負傷者も多く、途中で力が尽きたのだ。
「おっと、危ない。どうしてこんなに聖女サマは頑張るのかな?」
倒れかけた彼女をガシッと抱きしめたのは勇者であるドナートだ。
「意識を失っちゃってるな。仕方ない、連れて帰るか」
そう言うと、彼女をヒョイと肩に担ぎあげた。
すると、またしても奇声を上げながら、魔物が足元まで迫ってきた。
「聖女サマが危ねえだろ。もう、今日は閉店なんだよ!」
勇者らしからぬ言葉を吐くと、ドナートは渾身の力を込めて一閃した。
途端に魔物たちの首がはじけ飛んで地面に転がる。
「よし。じゃあ、戻るか」
……陣営のテントに戻り、寝かされていたラリサは目を醒ました。
目を開けると、彼女を見つめる男がいた。
筋骨隆々でガッチリした体躯にこげ茶色の髪の毛で、その人物は目に髪がかかるのが邪魔なのか無造作にかき上げていた。
(ああ、この仕草をするのはドナート様)
「ドナート様……、途中で倒れてしまい申し訳ありません」
「そんなことはどうだっていいよ。急に倒れたからビックリした!無理しちゃダメだぜっていつも言ってるじゃんか」
このドナートという男は、魔物を相手にすると目つきが変わるのに、普段は抜けているように見える人物である。
「皆が苦しんでいるのに、私が楽をするわけにはいきません。皆様、命をかけて戦っておられるのです」
「そう、堅苦しく考えるなよ。皆、ラリサちゃんに助けられて感謝しているんだから。休んだぐらいで文句言うヤツ、いねーよ」
ドナートは笑って言う。
「あなたは……最前線で戦っているではないですか。聖女とは勇者様を助けるのが使命です」
「そんな真面目なところ、ラリサちゃんのいいところでもあるけどさ、誰もラリサちゃんが倒れちゃう姿、見たくないぜ。特に、オレは見たくないな。絶対!」
ニカッとドナートが笑う。彼の日焼けした顔に白い歯がまぶしい。
キュン、とした。
ラリサは、このドナートに密かに惹かれていた。
最初は、なんと下品な物言いをする平民出身の勇者だろう、と貴族であるラリサは思っていた。
子爵令嬢であったラリサは、ある日、突然、聖なる癒しの力を神より与えられた。王はそれを知るなり、ラリサに戦地に向かうように命じたのだった。
だから、ラリサがドナートと初めて会ったのは戦場だ。
ドナートはラリサが貴族だと知っても変に態度を変えるわけでもなく、誰にでも本当に公平に優しい男だった。危険が迫れば真っ先に戦闘に立つし、なにより強い。皆、彼を慕っていた。
ラリサは初めての戦地に圧倒されながら、皆を守ろうとするドナートに必死についていった。
《ドナートがいれば千人力、そこに聖女が加われば百万力》
いつしか、兵士たちから自然と言われるようになっていた。
(ドナート様と私が対であるように言われるのは嬉しい……)
真面目で奥手なラリサは、ドナートに好意を示したことはない。でも、少しでも彼に近づきたいと内心、思っていた。
だが、彼は少しばかり、おバカである。
遠回しな言い方には気づかないのは勿論、ニブイのである。だから、ラリサの気持ちなど全く気付いていない。
魔物の気配は1キロ先でも気付くと言うのに、隣にいるラリサの気持ちには1ミリも全く気付いていなかった。
……ふと、ドナートがごそごそと腰のポーチを漁る。
「はい、これ。腹減ったろ?」
彼の手に握られていたのは、干し肉だった。
「干し肉ですか?」
「嫌か?これ、よ~く噛むと、じんわり肉のうま味が広がって美味しいぜ」
それは知っている。戦場では干し肉はご馳走だ。最初は慣れなかったが、ここでは貴重なものだと知って、ラリサも兵士たちと同じように食べている。
「知っています。でも、それは貴重なドナート様の食料ですから」
「昼もろくに食ってなかったろ?気になるなら、半分ずつにしようぜ。聖女サマがまた倒れたりしたら、オレ、泣いちゃうかも」
“泣いちゃうかも”と言われて、差し出された干し肉に手を伸ばす。
「あ、オレが食べやすいように柔らかくしてやるよ。オレ、力があるからさ」
彼は紙に干し肉を包むと、もみほぐした。
「ほら、やわらかくなった!」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。ねえ、ラリサちゃん。あんたは貴族でお嬢様だっていうのは知ってるけど、もう少し気楽に話そうぜ。オレもその方が楽だし、距離も近く感じる」
距離を近く感じやすい、と言われてラリサは食い気味にうなずいた。
「ぜ、ぜひ」
「固くなるなって。……そういや、ラリサちゃんとは、こうしてゆっくり話すこともなかったな」
「ええ。いつも魔物退治で忙しい……から。でも、ドナート様はいつも前向きで素晴らしいって思っていたの」
「素晴らしい?オレが?」
キョトンとした顔でドナートが言う。
「オレはやるべきことをやっているだけさ。皆と同じさ。ラリサちゃんだってそうだろ?」
「私は、皆様に必死についていこうとしているだけだわ。恥ずかしいけれど」
ラリサは戦場が怖い。いつも死にたくないと心の中で震えている。だから、最前線で戦うドナートと同じだとは言えなかった。
「ラリサちゃんは、ホント真面目だな。でも、そういうところ、好きだなあ」
「えっ……!」
“好き”と言われて、大きく心臓が飛び跳ねた。思わず胸を抑える。
「ん?どうかした?」
「え……と、私もあなたの自然体なところがとても……好きです。そばにいると、すごく安心します」
ラリサは思い切って自分の気持ちを告げた。
……が、彼にはこれでも複雑すぎたようだ。
「安心するって言われてオレも嬉しいぞ!安心できる相棒じゃなきゃ、戦ってて不安になるしな!」
(ま、全く伝わっていないわ……)
ラリサは干し肉を噛みしめながら、軽くため息をついた。せっかく告白も同然である言葉を言ったのに、彼は気にしていない。
むしろ、“好き”という言葉を聞き逃しているのではないかと思われた。
ショックを受けつつも、彼とこうして、食事を分け合っている今は、それだけで嬉しかった。
だが、平和なひと時はすぐに打ち破られる。叫び声が上がった。
「魔物の群れだ!南東に姿を確認!」
「行くか、ラリサちゃんはもう少し休んでいろ!」
剣を持って立ち上がったドナートだが、テント内が暗くなる。
魔物が、テントに張りついて覆っていた。魔物は鉤爪でテントを破ると侵入してくる。
とっさに、ドナートがラリサに覆いかぶさった。
ザシュッ――
鈍い音と共に、ドナートの肩から血が飛び散った。
「ドナート様っ!」
ラリサの叫びと、彼の剣が魔物を斬り裂く音が重なった。
魔物が倒れ伏すと静寂が戻った。だが、ドナートの身体がその場に崩れ落ちていく。
「ドナート様……!」
「へへ……しくじった……魔物の気配は分かってたんだが……目の前に出てくるなんて油断したぜ……」
出血がひどかった。ラリサは震える手で彼の服を裂くと、傷口に手をかざした。
「聖なる光よ……どうか、どうか、彼をお救いください……!」
光が彼を包む。やがて出血は止まったものの、ドナートは目を閉じたままだ。息はしているが呼吸が荒い。彼の側にいたかったが、彼をベッドに寝かせると、後ろ髪を引かれつつ手当に向かった。
敵を鎮圧した陣営には火が燃えており、負傷者の手当に追われた。
ラリサはようやく、ドナートの寝かされているテントに戻って来ると、ベッド脇のイスに腰を降ろす。
いつも元気でおバカなドナートが傷のせいで出た熱で苦しんでいた。ラリサは、水に浸した冷たい布をドナートの額に乗せた。
そして、彼の手を握り祈った。
――そのぬくもりを、ドナートは夢の中で感じていた。
(温かくて、優しくて、なんだか離したくない。なんだ……この感覚……)
明け方、朦朧とする意識からようやく目覚めたドナートは、ラリサに手を握られていることに気付いた。彼女は、布団の片隅に遠慮がちに頭を乗せて寝ていた。
「……ラリサちゃん」
ドナートは握られた手をそのままにして、もう一度目を閉じたのだった。
「……はっ、寝てしまったわ!」
目覚めたラリサは、目の前のドナートを確認しようとして立ち上がるが手が離せない。握られた手には力が込められていた。
「ラリサちゃん、おはよう。……一晩中、看病してくれたんだな。ごめん。心配かけちゃって……」
「心配はもちろんしました。でも、謝らないで。……こういう時は」
(ありがとう、と言われた方が嬉しい、なんて押しつけがましいわよね)
「ありがとう、が正解って言いたいの?」
「え、ええ。言わせたみたいで、言わなければよかったわ」
視線を逸らすと、握られた手にさらに力が籠められ、引き寄せられた。ラリサはドナートの上に倒れ込む。
20センチもない距離にドナートの顔があった。途端に、ラリサの顔が赤くなる。
「な、なにを……」
「オレ、ラリサちゃんがしてくれたこと、忘れないよ」
(か、感謝を言いたかっただけ?)
不意打ちを食らって心臓が口から飛び出しそうになったラリサだった。
……その日は、負傷者の対応を続けた。すると、昼頃に一人の男が騎馬で陣地に入ってくるのが見えた。
漆黒の軍装に身を包み、凛とした横顔。美しい金髪を後ろで束ねている。背筋の伸びた長身で雰囲気からして貴族出の軍人だと分かる男だった。
「新任の補佐官か」
回復したドナートがいつの間にか横に来ていて言う。
その時、補佐官がラリサを捉えた。彼は馬を降りると、迷いなくラリサのもとへと歩いて来る。
「ラリサ嬢。初めまして。アントンと申します。王に言われてやって来ました。これからは私があなたをお守りします」
彼は、優雅な微笑みを浮かべた。
「ラリサちゃんなら、オレが守るぜ。あんたみたいな上品な男よりオレが適任だ」
「……そ、そうです。私はドナート様にずっと守って頂いておりました」
すると、今まで礼儀正しい様子であったアントンがドナートを見て、フッと笑う。
「……勇者ドナート殿ですか。失礼ながら、貴族の令嬢をお守りするには、少々粗野なご様子かと……」
「確かにオレは農民出身だし、そうかもな。でも、戦場ではオレの方がずっとあんたみたいな男より使えると思うぜ。おそらく、あんたにはラリサちゃんは守れない」
「なんだって?見くびらないで欲しいものだな」
妙に張りつめた空気になっていた。
……3日後、斥候に出ていた兵士が戻って来て、再び魔物との本格的なぶつかり合いが繰り広げられる戦況になった。
「ドナート!前方、4キロ先に魔族の群れが迫ってる。馬群を先行させた補佐官殿がすでにぶつかっているみたいだな。あいつ、このままだと死んじまうぜ」
「バカなやつ」
ドナートは短く言うと、精鋭を連れて馬を走らせた。
「あ、私も」
ラリサも急いで馬にまたがると後を追いかけた。
現場にやってくると、壮絶な斬り合いになっていた。ラリアの血の気が引く。
(ダメよ。しっかりしなくちゃ)
気合いを入れ直すと、ドナートの側まで近づく。
「ラリサちゃん、なんでここまで来たんだ!フレム、今すぐラリサちゃんを連れて後ろに下がれ!」
「行かないでくれ!腕を切られた!治療をしてくれ!」
悲痛な声で叫んだのはアントンだった。
アントンは魔物相手に必死に剣を振るっていたようだが、馬の動きを止められて恰好の餌食になっていた。ドナートが助けに来なければ、死んでいただろう。
「あのバカ、かっこわりいな」
ドナートはラリサを下がらせたのを見届けると、すばやく魔物群の横に回り矢で射るようにつっこんでいく。魔物群は横からの衝撃により体制を崩した。
ドナートの行く先々では魔物の首が空に飛んでいた。壮絶な状況だが、ラリサはただ、彼と彼に続く兵士たちの無事を願った。
フレムに連れられ離れたところで見守っていたラリサの元に、助け出されてきたアントンがドサリと降ろされる。
「ラリサ殿、助けてくれ」
上品で優雅に見えたアントンは震えていた。
「すぐにお助けします」
手を当てて傷が塞がると、青ざめたままのアントンは言った。
「わ、私はしばらく全快するまで陣営に戻っている」
逃げるように馬で戻って行った。
「……はあ。終わったぜ。って、あいつ、逃げたか?」
「ショックだったのでしょう。無理もないわ。ここは戦いの最前ですもの」
「そうだ。ラリサちゃん。ちゃんと分かってるじゃねえか」
コワイ顔をしたドナートがラリサの目線に合わせてかがんだ。
「オレはラリサちゃんに、こんなところまで来て欲しくなかった」
「だって……聖女としてはドナート様の側にいないと」
「ラリサちゃんが聖女でも聖女じゃなくても、オレの側にはいてほしい。でも、戦場じゃないところの方がいいな」
ラリサはしばし、ドナートの言うことに頭を巡らせた。
(え……これってまさかプ、プロポーズ!?)
思わずまわりを見渡すと、兵士たちは口元に手を当てて、ニヤニヤしている。
(や、やっぱりプロポーズなのよね?)
なんと答えようかと戸惑っていると、フレムが助け船を出してくれた。
「ドナートってバカですよね?普通、プロポーズっていうのは2人きりのところでやるもんだ。というわけで、ドナート、あっちでやり直せよ。オレたちはまわりを警戒してるからさ」
現場はすでに鎮圧して落ち着いていた。フレムなりの気遣いだ。
……そんな中、状況を把握できていない男がいた。ドナートだ。
「え?オレ、ラリサちゃんにプロポーズしてた??そういうつもりじゃなかったんだけどな」
「はあ?じゃあお前、どういうつもりで言ったんだよ?」
「オレは、ラリサちゃんが“好き!”って言いたかっただけなんだ」
「お前、ホントにバカだな!」
結局、兵士たちにさんざんからかわれ、周りの協力もあってラリサとドナートはカップルになったのだった。
ちなみに、ラリサが手をにぎりながら看病したあの夜から周りはラリサがドナートに特別な想いを抱いているのではないかと考えていたらしい。
ラリサとドナートは緩やかに、自分たちのペースで幸せを噛み締めたのだった。
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◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
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