【R18】あなたには帰る場所がある。だから、愛しているとは言えない。

おうぎまちこ(あきたこまち)

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5 4人の邂逅

38 ミリー

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 私は古びたアパルトマンの中に踏み込んだ。

 ――ギシリ。

 木が軋む大きな音が聞こえた。
 建物の中には、他にも誰かいるはずだ。
 もう夜になった。騎士である私を見かけて不安にさせたりしないように気をつけなければならない。
 一度深呼吸をして、逸る気持ちを落ち着けてから、私は階段をギシギシと登りはじめた。

(バッシュに聞いた話だと、3階だって言ってた)

 すぐに3階に辿り着いてしまう。
 部屋の数も少ない。
 そのため、彼らの居場所をすぐにでも探して良いはずなのだが――。
 瞼をぎゅっと瞑ると、眼裏に光景が浮かぶ。

(私は……)

 愛するアイザック。
 彼の妻であるマリーンが、夫と子どもを巻き込んで死にたいと言っているのだ。
 そんなマリーンを止めないといけない。
 緊急事態なのだ。
 そのはずなのに……。

(アイザック……)

 ピタリとドアノブに掛かる寸前で手が止まった。
 胸の中心がざわざわとして落ち着かない。
 心臓が押しつぶされて息がしづらくなるような感覚がある。
 来週中に、アイザックのことを避けて王都に異動する予定だったのに――。

(どうしても、彼が家族と一緒に過ごすのを見るのが怖い)

 自覚すればするほど、心臓がどくどくと鳴って落ち着かなくなっていく。

(私は……私は騎士で……職務を全うしないと……)

 だけど――。

(まだ実際に何かが起こったわけではないから、事件が発生したわけじゃない。これはアイザック家族の事情でしかなくて……)

 そうだ――冷静になれば、仕事ではないのだ。
 バッシュに声を掛けられた勢いで捜索をはじめてしまったが、わざわざ自分から首を突っ込む必要なんてないのだ。
 後は彼に任せるなり、何か事件が起こってから同僚たちに任せてしまえば良い。
 私に責任はないのだから、ここで逃げ出しても良いのではないか?

(そう、今の時点では私はバッシュから色々と聞いただけ……騎士としては休日を過ごしていて……)

 そう、そうだ。
 仕事ではないのだ。
 わざわざ仕事でもないのに、人助けなんてしなければ良い。

(だって、私はアイザックのことを知っているけれど、結局は彼の同僚でしかなくて……奥さんのマリーンさんに至っては知りもしない人だわ……それに……)

 今から救おうとしている人物は、ある意味恋敵だ。
 アイザックは手練れだ。いくらマリーンが彼を巻き込んで死にたかったのだとしても、彼がしくじって死ぬ様は想像がしがたい。
 
 いっそ、妻が勝手に自分で死んでくれさえすれば――。

 ――愛する彼の隣で過ごすのは――


「私」


 そこで、はっとなった。
 唇がわななく。
 胸の奥底から湧き上がってくる、どす黒い感情が全身を這いずってくる。
 自分自身の中に、こんな醜悪な感情を飼っていたのかと思うと、自分自身のことが怖くなって身震いしてしまう。

「しっかりして、ミリー……彼女が死んだからって自分が幸せになったり、彼が自分を選んでくれるわけじゃないのよ」

 何度か深呼吸をして心を落ち着ける。
 気持ちを落ち着けて耳を澄ませた。
 やけに部屋の中が静かな気がする。
 安堵していいのかどうか分からないが、息遣いも衣擦れも何も聞こえてこない。

(なんだろう、この違和感……)

 ちょうどその時――部屋向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえた。
 
 私ははっと身構える。

(そうよ……赤ん坊の命もかかってる……)

 私は女騎士になったのだ。
 癖のようなもので、両手でパンっと頬を叩く。

「よし、ミリー、いくわよ……――!」

 そうして、思い切ってドアノブに手をかけ、思い切りぐいっと扉を開け放つ。

 そこにいたのは――。


「ふふ……ふふふ……」


 髪を振り乱した半裸の女性が、アイザックを組み敷いている姿だったのだ。


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