【R18】あなたには帰る場所がある。だから、愛しているとは言えない。

おうぎまちこ(あきたこまち)

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5 4人の邂逅

56 ミリー

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 恋敵にあたるのだろうか――マリーンさんを抱きかかえたまま川面に体を打ち付けた瞬間――。

 過去の出来事が頭の中を過った。

『ごめんなさい、私がいなければ……』

 ――私の母がいよいよ絶命しそうな時――誰かの視線と声が聞こえて、ふと背後を振り返ると、真っ青な顔をした少女が立っていたことを。

 考える余裕はなかったけれど、今にして思えば、彼女こそが――。



***



 マリーンさんと二人、川に落ちた私の頭の中は――一瞬だけ真っ暗になった。
 だが、すぐに川に打ち付けた全身に鋭い痛みが走った後、鈍い痛みがじわじわと広がっていき、これが現実の出来事なのだと悟る。

(苦しい……)

 水の中に入った時に水を飲んでしまったのだろう。咳き込んで早く空気を取り込みたいのに――水の流れが速くて、思考の整理もままならない。

(どうにかしなきゃ……どうにか……)

 けれども思いむなしく、水で濡れて張り付いた衣服の隙間の中に、さらに水が浸入してきて、どんどん重量が増していく。

「……っ……」

 濁流の勢いに飲み込まれ、絶対絶命の状況だ。
 鼻の奥に水が入り込んで、ひどく痛くて熱い。
 自然に滲んだ涙は、川の飛沫といっしょくたになって消えていく。
 一瞬半狂乱に陥りかけたが――。

 ――腕の中に一人の女性を抱えていることを思いだし、一気に正気に戻る。

(マリーンさんは、すっかり意識を失ってしまっている……あの赤ちゃんに、自分と同じ思いをさせちゃダメ――)

「……げほっ……」

 肺が空気を取り込むのに、しばらく時間がかかった。呼吸をしようとすると水の中に沈みこんでしまいそうだ。
 意識を失って益々重たくなったマリーンさんの体を懸命に抱きよせた。
 冷静さを取り戻しながら、荒れた川の流れにうまく乗る。木片や小石の類が体にぶつかって、全身に鋭い痛みが何か所も走る。

(どうにかするのよ、ミリー)

 とにかく川の流れが速い。
 騎士になり、今までだって何度か苦境を乗り越えてきた。
 その度に、アイザックがさりげなくフォローしてくれていた。

(だけど、今回は私一人の力でなんとか乗り切ってみせる……)

 必死に流れに身を任せながら、身体を支えるのにちょうど良い流木を発見し、片腕で掴んだ。

(後は、うまく岩か何かに引っ掛かったりさえすれば……――)

「あ……!」

 月の灯りの下、前方に巨岩を見つける。
 多少の衝撃は免れないかもしれないが、機会を逃せば夜の海へと放り出される。
 覚悟を決めた、ちょうどその時――。

「マリーン! ミリー!」

 馬の嘶きと共に、一人の騎士の姿が岩の近くに現れた。

「バッシュ!!」

 子どもの頃、この辺りの川でバッシュとは一緒に遊んだ。
 この夜の中でも、うまく馬を操ってきてくれたのだろう。
 彼がこちらに駆けてくる際に、運よく岩に体が引っ掛かった。

「ミリー、こっちに手をやれ!」

「いいえ、先にマリーンさんをお願いするわ」

 流れに負けそうになりながらも、川岸にひざまずいたバッシュにマリーンさんの体を預ける。
 ここにきて、水が冷たいことに気づいた。
 わりと深位がある場所のようで、肩先まですっかり沈み込んでしまっている。

「ミリーも早くしろ……」

 そうして、バッシュが私に手を伸ばしてきたのだが――。

「ミリー!!」

「――!!」

 突然――私がつかまっていた流木よりも更に大きな流木が、私めがけて勢いよく流れてきた。
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