【R18】狂愛の獣は没落令嬢の愛を貪る

おうぎまちこ(あきたこまち)

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 揺れる黒塗りの車の中、座席に投げ捨てられた椿の濡れ羽色ぬればいろの髪が解けて千々に乱れた。
 彼女は眉をひそめると、身体の上に跨がる清一郎に向かって問いかける。

「愛人ですって……? 清一郎、何を言って……?」

「まだ自分の立場を分かっていないようだな」

 幼い頃には聞いたことがなかった高圧的な彼の物言いに、彼女の胸の内に細波が拡がっていく。
 
「復讐だと……話したけれど、聞こえませんでしたか?」

 幼少期に接してくれていた時のように、彼が丁寧な喋り方へと戻ったものの、やや慇懃無礼な印象を受けてしまう。

「藤島造船――聞いたことはありませんか?」

「え……」

 椿にも聞き覚えのある名称だった。
 戦中、民間の船舶が軍用として利用されたため、船の価格が高騰し、どんな船でもチャーター料が暴騰し、海運業や造船業は活況となった。
 さらに、戦後、ヨーロッパに代わり、アジアへの軍事品などの輸出を増やした日本は、空前の好景気を迎え、いわゆる「成金」と呼ばれる金持ち達が増えることになる。
 その中、造船業と軍事品輸出で財界に名を上げるようになったのが、新進気鋭の実業家が興したという「藤島造船」だったのだ。

「藤島……まさか……噂の実業家は……」

 清一郎の名字と同じ――藤島――。

 真ん丸の瞳をさらに開いた椿の鼓動がドンドン高まっていく。

 紅を差していない桜色の唇に、太い親指が触れると、彼の端正な顔立ちが喜悦に歪んだ。

「そう――その通り。猪股家から追い出された俺は、戦争で従軍することになったが、その間に色々な縁をいただいてね……貴女の祖父に感謝しないといけないな……こうやって、貴女のことを買えるまでに成長出来た」

「追い出された……? 私を買う……? 何を言っているの……?」

 薄い唇を歪めたまま、彼が続ける。

「現実が見えていないのか? 婚約者だった桜庭忍は、お前のことを吉原に売ろうとしたんです」

「あ……」

 清一郎のいう通りだ。
 忍は、突然朝迎えに来たかと思うと、みすぼらしい着物に着替えろと命じてきた挙げ句「お前を吉原に連れて行く」と訴えてきたのである。

「昔のあいつなら婚約者である貴女を売ったりはしなかったが……残念ながら、歳月は人を変えてしまう……特に従軍経験のある者は……」

 椿の瞳の光が波のように揺れ動く。
 ――貴方はどうなの?
 そう尋ねたかったが、今それを尋ねる勇気はなかった。

「だから、俺が落ちぶれた猪股家ごと貴女を買ったんだ。これからは毎日、貴女は俺に囲われて生きていくことになる」

 衝撃に打ちひしがれた椿の、愛らしい顔が真っ青になっていく。
 まさかこんなことになってしまうなんて――。
 その時――。
 彼女の首筋に彼は噛みついてきた。

「ひゃあッ……何を――」

「決まっている……ちゃんと愛人としての役目を果たしてほしい……」

「椿様……」

「あッ……」

 彼の親指に無理矢理口を開かれてしまうと、舌に硬い感触が触れてくる。
 ゾクリと今まで感じたことのないような感覚が走り、下腹がきゅうっと疼いてしまった。

「さて、俺が長年仕えてきた貴女は頭は良いはずだった――自分の状況は理解できたでしょう?」

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