14 / 25
14
しおりを挟む浅草通りには、数多くの映画館や劇場が立ち並んでおり、多くの市井の民達がひしめき合っていた。建物の窓から作品名の書かれた色とりどりの旗が吊るされ、風に揺られてハタハタと揺れ動いていた。
昔、清一郎と椿が遊びに来ていた時よりも、さらに多くの人が賑わっているようだ。
(……久しぶりに外に出たせいか、人に酔いそうだわ……)
清一郎と手を繋いでいない方の手の汗を、長着の袂に仕舞っていたハンカチーフで拭う。精緻な蔦模様の刺繍が施された愛らしい見目をしている。屋敷の中でぼんやりと過ごしていた椿に、資生堂オイデルミンとヘチマコロンと一緒に愛らしい包み紙でくるんで渡してくれたものだった。
「椿様、俺は入場券を購入してくるので」
「はい」
彼の手が離れると、ひんやりとした風が掌を嬲ってきて、なんだか物寂しさを感じてしまう。
椿は手巾を袂に仕舞った後、彼と繋いでいた手をもう片方の手で覆うと、そっと唇で触れる。
(この温もりをまだ失いたくない……)
今晩にも、清一郎から身体を求められるだけの関係に戻ってしまうかもしれない。
――いいや、求められてすらいない……。
清一郎は、椿の身体を通して復讐を果たそうとしているだけなのだから――。
(……久しぶりの活動写真……これを見終わったら……幸せな時は終わってしまうの……?)
入場券を買いに向かった清一郎の姿を、椿はぼんやりと眺めた。
二人が今宵鑑賞するのは有声映画だ。
皆、戦前は無声映画だけを楽しんでいたが、戦後には有声映画が導入されるようになり、人気を博している。まだ無声映画も残ってはいるが、いつか近い将来、活動弁士たちは職を失っていき、また新たな職業が生まれることだろう。
(たった数年で色んなことが様変わりしていく……時代の流れについてくだけで精一杯……環境がこれだけ変わるのですもの……人だって同じように変わってしまってもおかしくない)
そう――だから、清一郎も同じように、人格が変わってしまっていたとしてもおかしくはないのだ。
「ねえねえ、あの男の人を見て……!」
声の方へと目をやると、袴姿の女学生たちがワイワイとはしゃぎながら清一郎の方へと視線を向けていた。
「あんなダンチな(※段違いな)ナイフ(※未婚者)にあづけられたいわ……!(※結婚するの隠語)」
「ナイフかは分からないじゃない……! ああ、あの男性のアルファとオメガ(※上級生と下級生との愛情が極端に濃い形容)の炭酸瓦斯を吸いに行きたいわ(※活動写真を見にいきたい)……! 考えるだけでユズユズする(※嬉しい)……!」
彼女たちとは数歳しか変わらないはずなのだが、無邪気な様子が、やけに眩しく感じてしまう。
どうやら、聞き耳を立てるに、隠語を駆使して清一郎のことを褒めたたえているようだ。
13
あなたにおすすめの小説
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る
ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。
義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。
そこではじめてを経験する。
まゆは三十六年間、男性経験がなかった。
実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。
深海まゆ、一夜を共にした女性だった。
それからまゆの身が危険にさらされる。
「まゆ、お前は俺が守る」
偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。
祐志はまゆを守り切れるのか。
そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。
借金の取り立てをする工藤組若頭。
「俺の女になれ」
工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。
そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。
そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。
果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる