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第1章 出会い――彭候――

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 下品に舌なめずりをしながら、妖は蘭花の身体を、ふさふさとした手でまさぐり始めた。
 犬の手が動くたびに、ぞわぞわと不快感だけが蘭花に起こる。


「やぁっ……! こんな気持ち悪い妖怪の手籠めにされるぐらいなら……天狼! 貴方の花嫁にでもなんでもなるから、早く目を覚まして、私を助けなさいよ!」


 危機的状況ながらも、目に涙を浮かべながら蘭花は叫ぶ。

 だが、天狼はぴくりとも動かない。


「お前さんはとても良い匂いがする。さて、早く事をすませてしまおうか――」


(いやっ……! こんな妖に純潔を奪われてしまうなんて……!)


 彭候が、おもむろに蘭花の花弁に手を伸ばした、その時――。


「蘭花、今の言葉、後から忘れたとは言わせない」


 突然、頭上から声が聴こえる。

「え――?」

 ふと、天狼が倒れていた場所を見ると、そこに彼の姿はない。


「消えろ、醜い妖よ――」


 いつの間にか、天狼は妖の首を掴んでいた。

「い、いつの間に……」

 そうして、天狼が何か唱えると――。

「ぎぎぎぎぎ」

 彭候の身体が炎に包まれ、炎上する。

 そうして――。

――無様な悲鳴を上げながら気味の悪い生き物は消失したのだった。


 ばくばくと鳴りやまない心臓を抑えながら、蘭花は天狼に向かって声をかける。

「あなた、道士かなにかだったの……?」

「まあ、似たようなものかな――それより……」

 またもやいつの間にか、蘭花の身体の上に天狼が乗っていた。

 妖怪・彭候に乗られた時のような不快感は、そこにはない。

「あ――」

 ただただ、彼の碧色の瞳に見つめられるだけで、彼女の全身を蕩けるような快楽が支配していく。

 彼は彼女の顎に手をかけると、まるで犬の姿をした彭候のように、舌でぺろりと彼女の唇をなめた。
 ぴくんと蘭花の身体が跳ねる。


「我が花嫁であるがゆえに、君は妖の類に狙われやすいんだ。これから私が君を守ってあげるよ」

 老若男女、全ての者が騙されてしまいそうな笑顔で、天狼はそう口にした。

 蘭花の心臓が、どきんと跳ねる。


「そうして毎晩、君の身体を私にならしてあげるよ――蘭花」


(どうしよう、私……この人から、逃げられない気がしてきた……)


 彼女の鼓動は高まるばかりだ。

 笑みを崩さないまま、天狼が続ける。


「―――あの妖、我が花嫁の肌に触れるなどと許し難い行為に及んだが、おかげで、蘭花から花嫁になりたいと言ってもらうことに成功した――寝たふりをした甲斐があったものだ――」

「な――」

(この男、わざと寝たふりを――!?)


 胸の高鳴りはどこへやら、蘭花は怒り心頭だ。


「あんたみたいな、自惚れ屋ナルシストのクズの花嫁になんか、絶対にならないんだから――!」


「なんだと? 私に向かって、自惚れ屋のクズだって――? ある意味、誉め言葉ではないか? だがしかし、助け損に――!?」


「あんな約束、無効よ――!」


 こうして、占術士・蘭花の貞操を守るためなのか、はたまた奪うためなのか、謎の青年・天狼との奇妙な同居生活が始まったのだった。



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