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第2章 同居人との距離――咬――
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しおりを挟む壊れた屋根の隙間から日が差し込みはじめた。
まぶしい光で眼裏が刺激され、蘭花が目を覚ます。
いつもはびゅーびゅーと隙間風が入ってきて寒くてたまらないというのに…。
なんだか今日は、薄い布団の中がやけに暖かい。
(あれ? 私は……)
蘭花は寝ぼけ眼を擦る。
ぼんやりとした視界が徐々に清明になっていく。
どうも、目の前に何かいるようだ。
「きゃああっ!」
なぜか彼女が眠る布団の中に、紫がかかった黒髪を持った美青年――天狼が入り込んでいるではないか。
彼女の心臓は、バクバクと音を立てて落ち着かない。
(小さいぼろ小屋住まいだし、小さな部屋ではあるけれど……)
「布団は端同士で、すごく離れた位置にしたのに……! なんで布団の中にいるのよ!?」
蘭花が声を上ずらせた。
それを聞きつけた天狼がぱちりと目を覚ます。
同時に彼は彼女を腕の中に閉じ込めた。
「ちょっと、離しなさいよ!」
だが、ますます天狼の腕の力は強くなる。
そうして、彼は碧玉の瞳で彼女を覗いてきた。
かと思えば、見たもの全てを虜にするような微笑みを浮かべてくるではないか。
(あ……)
蘭花の心臓がドキンと跳ねる。
それだけではない。
(どうしてだろう。昨日出会ったばかりのはずなのに、どうしてだか昔から知っている気がするのは……)
「おはよう、蘭花。今日も華もほころぶような麗しい憂い顔をしている」
「麗しい憂い顔?」
「そうだ。さすが我が花嫁といったところか」
天狼は妙な言い回しをしながら、蘭花の漆黒の長い髪を撫で始めた。
「ひっ……! ちょっと、やめなさいよ! そもそも、あなたの言い回しを聞いていたら、なんだか鳥肌が立つのよ!」
「私の言葉だけで反応するとは、どうやら我が花嫁は初心で愛らしい存在のようだな」
快か不快か、ぞわぞわとした感覚が彼女の身体の中を駆け回る。
(このまま天狼のペースに乗せられちゃダメよ!)
蘭花は美しいと評判の眉をひそめ、大きく息を吸い込んだ。
「ねえ、天狼?」
「なんだい、花嫁よ。言いたいことがあるのなら、なんでも私に話してごらん?」
微笑み続ける相手の態度に、湧き上がる怒りを抑えながら、努めて平静に蘭花は返した。
「どうして、わたしと天狼は同じ布団の中にいるのかしら? 昨日は布団の場所は離していたわよね?」
「そんなの決まっているだろう」
天狼がキリリと眉をひそめた。
真面目な表情を浮かべる彼は、それこそ妖の類いかと思うぐらい美しい。
「あ……そんな真剣な態度ってことは……もしかして、眠っているわたしを妖から守ってくれて、そのまま……だったり?」
だが――。
「我が花嫁も、朝から私の麗しき顔を見れたら幸せだろうと思ってね」
「はい?」
……。
……。
……。
しばらく沈黙が流れた。
天狼は意に介さずに進める。
「私の発言によほど感激したと見える。そう、そうだろう。この私の誰よりも美しい顔を朝から見ることが出来たんだ。君のそういう反応を見たくて、寝たのを見計らって、布団に侵入して――そう、こんな風に君を花のように愛でながら――」
彼の手が彼女の背をなで始めた。
彼女の身体がわなわなと戦慄く。
「勝手に入ってきて、お触りしてるんじゃないわよ!!! この自惚れ屋の変態野郎!!!」
蘭花の叫びを聞いた鳥たちが、朝のぼろ小屋からいっせいに飛び立ったのだった。
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