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1巻
1-2
翡翠の瞳を揺らす私に気づいたのか、ギルフォードが顔を近づけてくる。
「ルイーズ? どうした?」
彼の表情はどこか憂いを帯びているようだった。
「……なんでもないわ」
「そうか、それなら良いんだ」
安堵したようなギルフォードの姿を見て、私の胸はギュッと痛んだ。
ギルは私のことなんて好きじゃないわ。そんなことは分かっているはずなのに、彼が心配そうに見つめてくるたびに、淡い期待を抱いてしまう自分がいた。
何年経っても私はまだギルのことが――自分の本当の気持ちに気づきそうだったが、気づいたらいけない気がして、これ以上考えるのはやめようと、私は思考するのを中止した。
「さて、ルイーズ、この屋敷だと誰が話を聞いているのか分からない。俺の屋敷に向かうぞ」
「ギルのお屋敷に?」
「ああ。まだお前の事情を聞けてないからな」
「確かに、お父様がまた訪ねてきたら色々説明する時間がなくなっちゃうわね。分かったわ」
すると、ギルフォードが破顔した。
「そうか、それなら良かった。さて、刺激が過ぎるんで、俺は外に出るぞ」
彼は掌をヒラヒラさせながら部屋の外へと出て行った。
「刺激が過ぎる……?」
ギルフォードの言葉の意味が分からない。
彼が部屋を出た後、着替えようとして自分の格好を見て私は凍りついた。
「あ、胸元、はだけてる……!」
ギルフォードが部屋を出てからもしばらくベッドの上にうずくまり、着替えが難航したのだった。
***
その後、父からどこに行くのかと引き止められたがギルフォードが説得してくれたおかげで、現在、私と彼は馬車の中で二人きりの時間を過ごしていた。
「それで? 事情を説明してもらおうか? ルイーズ」
長い脚を組んで窓に寄りかかる姿は、舞台俳優もかくやといった様子だ。
相変わらず綺麗な顔立ちをしているわね……
久しぶりに陽の下で見る幼馴染の精悍な横顔に、私はついつい見惚れてしまった。
でも、振られた相手だと自分に言い聞かせ、私はようやく重い口を開いた。
「……私、結婚適齢期を過ぎたけれど、まだ結婚してないのよ」
「そんなことは知っている。そうじゃないと俺に恋人役なんて頼んでこないだろう」
即答されて、私はグッと言葉に詰まった。深呼吸をして気を取り直す。
「それで、お父様の親戚たちから、次々に縁談を持ちかけられるようになってしまったの」
「まあ、そりゃあそうだろう、俺も似たようなもんだからな」
ギルフォードにも見合い話が来ていたのかと思うと、少しだけ胸がモヤモヤしてしまう。
「そういえば、ギルはまだ結婚していなかったのね」
「……まあな」
ふと彼が視線を逸らした。
「まあ、俺の話はどうでもいい。ルイーズ、続きを話せ」
「ええ、分かったわ。親戚が職場にまで来るようになってしまって、ちょっと嫌になっちゃって……それで……」
すると、こちらを振り向いた彼の唇がニヤリと弧を描いた。
「お前のことだから、菓子職人のままでいたかった。恋人がいると嘘を吐いたら、じゃあその男を連れて来いって親父さんに迫られた、ってとこか。ルイーズの親父さんは過保護極まりないせいで、家族のことになると周りが見えなくなるところがあるからな」
さすがは昔馴染、父の性格まで熟知している。
「ちゃんと親父さんに正直に話せば良かっただけだろうが……まあ、意地っ張りなルイーズの性格じゃ無理だったか」
彼がサファイアブルーの瞳を眇めた。
……呆れられただろうか?
けれども、このまま引き下がるわけにはいかないのだ。
「お願い、ギル。しばらくお芝居に付き合ってほしいの。世間の常識がどうであれ、私はお母様のようにずっと好きな仕事を続けていきたい。でも、これ以上両親に負担もかけたくないの」
「それで?」
「だから、恋人同士だっていう一時しのぎの演技をしてくれたら……しばらくしたら、仲違いして別れたことにするから、だから……」
だんだん自信がなくなって、声が小さくなる。
菓子職人を志して実現させた令嬢は珍しく、そんな女を娶りたがる男性はめったにいない。かつてギルが予言した通りの人生を歩んでいるようで、虚しさが胸をかすめる。
もし、彼が帰国する前に誰か別の相手を見つけられていたら……
だけど、私の心を占めていたのは、生まれてからずっと目の前の彼だけだったのだ。
数年前、私は彼に振られたことが悔しくて、つい暴言を吐いてしまった。
だけど、彼はそんな私の言葉に踊らされることなく、自分自身の力で財を成したのだ。
成功している彼が、やけに眩しく感じた。
以前に比べて精悍になった彼の横顔を見ると、ズキズキと胸が疼く。
「ルイーズ、顔を上げろ」
「え?」
気づいたら俯いてしまっていたようだ。顔を上げると、ギルフォードは真摯な眼差しで私に告げた。
「面白そうだし、協力してやってもいい」
「ありがとう、ギル……」
彼の言葉を聞いて、ほっと安堵する。ギルフォードが肩をすくめながら、こちらに掌を向けてくる。
「だが、条件がある。昨日俺が伝えた通り、身体で払ってもらうぞ」
その言葉に心臓がドキンと跳ねる。身体って、つまりそれは……
ちょうどその時、車体が大きく揺れた。
「きゃっ……!」
気づけば、私は座席の上でギルフォードに押し倒される格好になっていた。
馬車は再び何事もなかったかのように走行を続ける。
彼の端正な顔が間近にある。どちらか一方が顔を動かせば、唇同士が触れそうなほどの至近距離で、そのまましばらく二人で見つめ合う。
「ルイーズ」
ギルフォードの節くれ立った指が、私のブラウンの髪を梳いてくる。
昔はこんなことはされなかった。
大人の男性に成長した彼を意識してしまい、ますます胸の鼓動が落ち着かない。
そうして見つめ合っていると、ギルフォードがいつになく真摯な表情で告げてきた。
「本当に、ちゃんと意味を分かって言っているのか? お前は俺に婚約破棄か婚約解消された不名誉を負うことになるんだぞ。世間では傷物扱いされて、他の男と結婚できなくなる」
「そんなの分かっているに決まってるでしょう?」
「本当か?」
「……本当よ」
「そうか、だったら……」
ぐいっと腰を引き寄せられたかと思うと抱きしめられ、私の首筋に彼が顔を埋める。
「んっ……!」
彼の柔らかい唇が、チュッチュッっと音を立てながら肌を這ってきた。
少し覚悟はしていた。だけど、ここは馬車の中だ。
あまりに性急な行為に私は動揺していた。
「……ギル、こんなとこで、何するの……」
「何って、条件通りの行動をしているだけだ」
「条件……! んんっ……」
突然、彼に唇を塞がれる。触れるような口づけは、実は初めてではない。一度唇が離れると、熱い吐息と共に告げられた。
「ルイーズ……ほら、口を開け」
「ギル、やあっ……」
彼の舌に唇をこじ開けられ、ぬるりと舌が絡んできた。口中を犯されていると、どんどん口づけが深くなっていく。何度も舌が絡み合い、クチュクチュと音が聞こえてくる。
「ちょっと、やめっ……待って……ここは……」
「黙ってないと、舌、噛むぞ」
「んんっ……」
なんとか唇が離れた際に抗議するが、再び唇を塞がれてしまった。
子どもの時とは違って、かなり力が強くなっている。
抗うことのできない腕の力に、私は彼の硬い胸をドンドンと叩いて抗議した。だけど、その身体を引き離すことなど到底できそうになかった。
「は……」
彼は口づけながら、器用な手つきでドレスの紐を解く。胸元が露出して、私は思わず羞恥の声を上げる。
「やっ……!」
「ほら、ちゃんと恋人同士に見えるように演技しないとな」
彼の長い指に鎖骨をなぞられると、全身にぞくぞくと未知の快楽が駆け抜けた。
「……あっ……」
「ルイーズ、まだだ、まだ足りない」
「んうっ……」
三度唇を塞がれた後、何度も何度も口づけの角度を変えられた。
キスをしているだけだというのに、甘美な疼きと未知の恐怖が同時に襲ってくる。
彼の大きな手がドレスの中に侵入してきた。太ももを大きく撫でられると、全身がビクビクと跳ね上がる。
……頭がおかしくなりそうだ。全身が火照り切って女性の芯が蕩けるようで、まるで自分の身体ではなくなったかのようだ。
私、このまま、馬車の中でギルと……? そう思った時、ふっと彼の手が離れた。
「ほら、やっぱり分かってねぇな」
唇が離れたかと思うと、ギルフォードが髪をかき上げながら溜息をついた。座席がギシリと軋み、彼の身体が私から離れる。
空気が肺に取り込まれると同時に、頭の芯が少しだけ冷える。
「……ちゃんと、分かって……」
泣くつもりはなかったのに、ポロポロと涙が零れてしまった。
もう一度だけ嘆息したギルフォードが、諭すように告げてくる。
「俺は世間では女性関係の評判は良くない。一度でも婚約関係になったら、俺たちの間に何かあると見なされる。何度も言うが、お前は世間では傷物扱いされて、他の男と結婚できなくなるぞ? そのあげく、こんな扱いでも良いのか? 今ならまだ引き返せるぞ」
「っ……!」
それだけ言い切ると、彼がそっと離れ、下半身にかかっていた重みも消えた。
「ギル……」
ギルフォードは、わざわざ忠告してくれたのだ。
彼に恋人役を頼んだら、私は傷物扱いされて、もう他の男性との縁談は望めなくなるだろう。
けれども、彼以上に愛せる男性などそもそも存在しない。それに、今の私にとっては、将来の結婚よりも、菓子職人としての人生を守ることの方が重要だった。
唇を噛みしめ、はだけた胸元を隠すように指先を強く握りしめる。
そして、彼に挑むように告げた。
「ギル、貴方が一番知っているでしょう? 私が、菓子作りが好きで仕事にまでしたがる変わった侯爵令嬢だってこと」
ギルフォードが再び髪をかき上げながら問いかけてくる。
「俺の他に頼める男は?」
「いないわ」
即答すると、ふっとギルフォードが微笑んだ。
「まあ、確かに昔から、そういう変わった女だよ、お前は。覚悟は決まってるみたいだな」
昔――振られた時とは違って、彼の笑みには悪意を感じなかった。
「調子も戻ったみたいで何よりだ」
「え?」
「殊勝な態度のルイーズなんて、らしくない」
まさか、嫁き遅れていることを私が気にしていると思って、励まそうとしてくれたの?
昔から偉そうだけど、根は優しいギルフォード。
再会した彼は、どこか遠い存在になってしまったと寂しさを感じていたけれど、こうして子どもの頃と変わらない気遣いに触れると、なんだか懐かしくて、そしてたまらなく愛おしかった。
「まあ、そもそも名誉に傷がつく前に、俺がお前を……」
ギルフォードが何か呟いたようだったが、馬車の揺れが強くなって、続きは聞こえなかった。
「何か言った?」
「いや、別に……」
彼は視線を逸らし、長い指で私の乱れた衣服を整えていく。その優しい手つきに、また胸が疼いた。
「ギルのおかげで仕事を諦めないで済みそうだわ。本当にありがとう」
少しだけ乱れた髪を直しながら、私は精一杯の感謝を口にする。
素直にお礼を言うのが気恥ずかしくて、つい視線を泳がせてしまった。
「ルイーズが俺に感謝だとか、夏なのに雪が降りそうだな」
軽口を叩かれたけれども、そんな憎まれ口も今は心地いい。私は小さく笑って受け流した。
「それに」
「それに?」
「私はずっと、好きな人としか結婚したくなかったから……」
その言葉に、ギルフォードの眉がピクリと動く。
「ずっと、好きな男?」
「あ……」
しまった。うっかり口を滑らせてしまった。私は後悔した。
そう、私はずっと……あの日大勢の前で振られてからも、私がずっと好きなのは……
穴が開きそうなほど強く見つめ返すと、彼のサファイアブルーの瞳が複雑に揺れ動いた。
「ルイーズ、俺は……」
再び馬車がガタリと揺れた。
「ああ、着いたな」
どうやら目的地に到着したようだ。
「さあ、行くぞ」
御者がそうするよりも早く、ギルフォードが扉を開け放った。
馬車を降りる直前、不遜な態度で問うてきた。
「どうせ、その好きな男には恋人役も頼めないぐらい、相手にされてこなかったんだろう?」
私は痛いところを突かれて、うっとうなった。当の本人にそんな風に言われてしまうとダメージが大きい。
「そう、だけれど……あ、貴方こそ、なんで薔薇なんか持って道を歩いていたの?」
今度はなぜかギルフォードが顔を真っ赤にした。
「俺にも事情があるんだよ!」
「どんな事情よ?」
久しぶりにギルフォードに会ったことに気を取られすぎていて、どうして薔薇を持っていたのかなんて、あまり深くは考えていなかった。
こうして二人で言い合いをしていると、まるで昔に戻ったかのようだ。
「さて、ちゃんと婚約者同士に見えるように、しばらく俺が色々教えてやるよ。さあ、これから今の続きをしてやる。行こうか?」
「続き⁉ それに、行くってどこに?」
「そんなの決まっているだろう?」
ギルフォードがニヤリと口の端を吊り上げた。
続きと言われると、頭の中に先ほどの光景が浮かんで動揺が走る。
「え、ギル、ちょっ、そんなっ……」
「ルイーズ、覚悟したんじゃなかったのか?」
「うっ」
図星を突かれて、言葉に詰まってしまった。
「ほら、早くしろ。ああ、もう仕方がねぇな」
「きゃっ」
ドレスは相当な重量があるはずなのに、ギルフォードは私のことを軽々と持ち上げた。
彼の逞しさを感じて、心臓がドクンと大きく跳ねる。
なんだか落ち着かなくて視線を彷徨わせていたら、ギルフォードがニヤリと笑った。
「どうした?」
「え……その……昔に比べたら、もっと力が強くなったんだなって思って……」
「そんなことか」
たいしたことではないといった調子の反応で、少しだけ胸が痛んだ。
「ルイーズ、お前の重さは変わらないな。いいや、菓子の食べすぎで少しだけ重くなったか」
「なっ……! 女性に体重の話をするのは失礼よ!」
「ははっ、冗談だよ。お前は昔から羽根みたいに軽いよ」
蕩けるような笑顔を向けられると、なんだか恥ずかしくてそれ以上何も言えなくなってしまった。
ギルフォードに抱きかかえられたまま馬車から降りた後、ゆっくりと地面に下ろされる。
「さあ、行くぞ、さっさと続きだ」
本題を思い出して、はたと気づく。
「待って、ギル、なんで貴方はいつもそんなにせっかちなの⁉ 心の準備が――って、ここどこ⁉」
てっきりギルフォードの実家の屋敷に連れて来られると思っていたのに、到着したのは見知らぬ場所だった。
眼前に広がっていたのは手入れの行き届いた広大な緑の土地だった。
何かの観光施設かしら……?
垣根を越えて屋敷に近づくと、甘やかな香りが鼻腔をくすぐった。
色とりどりの花々が愛らしく咲き誇る花壇を抜けると、緩やかなアーチを描く橋の向こうには職人の手によって美しく整えられた庭園が続いている。
そしてその奥に鎮座していたのは、石造りの美しい豪奢な白い屋敷だった。庭もすごかったのに、屋敷の外観も豪華すぎる。
古代神殿を模したと思われる壮麗な柱が並ぶその姿は、私の屋敷ともギルフォードの実家とも違う。
侯爵家である私や伯爵家であるギルの実家の屋敷よりも大きくて立派なここはいったいどこなのだろう。圧倒されて視線を彷徨わせていると、隣でギルフォードがふふんと鼻を鳴らし、誇らしげに胸を反らせて言った。
「この屋敷は俺のものだ」
「ギルの?」
「そうだ。俺の新居というか、別荘みたいなものだ。帰国前に建築を依頼していたんだ。もちろん、自分の金でな」
「そうなの」
やけに「自分の金」という部分を強調してくる。
私が呆然としたまま建物を見上げていると、彼はさらに言葉を重ねた。
「ちゃんと自分の金で建てたんだ」
「ええ、そうみたいね」
二回目だ。どう反応していいか分からず曖昧に頷くと、彼はダメ押しとばかりに言い直してきた。
「この俺が、自分で稼いだ金だけで建てたんだ」
……自分の金って三回も言ったわ、この人。
私は建物から、自信満々なギルフォードへと視線を移す。
「すごい……わね?」
「そうだろう⁉ ルイーズもそう思うか!」
「ええ」
そう答えると、彼は少年時代の頃のようにサファイアブルーの瞳を細めて、いかにも嬉しそうに笑った。
実際、一代でこれほどの屋敷を構えることができる人間など、わが国でも数えるほどだろう。
しかし、悦に浸っているギルフォードを横目にふと余計な考えが頭をよぎる。
一人で住むのなら、こんなに広い場所はいらないはず。だとすれば、まさか、女性を侍らせるために建てたんじゃ……⁉
派手な女性関係の噂を思い出し、胸がざわついた。けれど、すぐに頭を振ってその考えを追い出す。
仮にもしそうだったとしても、彼の自由だ。私には関係ないわ。私はあくまで婚約者のふりを頼んだだけの立場なのだから。
上機嫌で歩き出した彼の後ろをついて、玄関に向かう。
あまりに広大な庭に、どこまで広がっているのだろうかと、ついまたあちこち視線を飛ばしてしまった。私のその姿に痺れを切らしたかのように彼が声をかけてくる。
「ほら、キョロキョロするなよ。仕事の時以外、とろいのは変わらないみたいだな。まったく」
「仕方ないでしょう! 私は貴方みたいに、せっかちじゃないの……って、きゃあっ!」
またもや突然横抱きにされてしまった。お姫様のようにうやうやしく抱えられると、どうしても身体が相手に密着するので、心臓がバクバクと跳ね上がってしまう。
「ほら、行くぞ。まったく、体力はつけておけよ」
「すぐにどこかに飛び回る体力馬鹿とは違うのよ! 私は体力を温存しているの!」
「体力馬鹿とはなんだ⁉ 確かにお前の方が賢いところもあったが、俺だって決して馬鹿じゃなかったぞ!」
「体力馬鹿とただの馬鹿は別ものよ! そもそも馬鹿は、自分のことを馬鹿じゃないって言い張るものなのよ!」
「なんだと⁉」
ぎゃあぎゃあと言い争いながら、私たちは屋敷の中へと向かう。
凝った装飾が施された弓形のアーチをくぐり、重厚な玄関扉を開けて、エントランスへと足を踏み入れた。吹き抜けのホールの天井には豪奢なシャンデリアが吊り下がっており、中央にあるらせん状の階段が二階へと続く。
内装も選び抜かれた調度品で整えられており、正面には巨大な風景画が、左右には磨き抜かれた銀の甲冑が並べられていた。
その全てが、ただ高価なだけではなく極めて良質な品で統一されており、彼の美意識の高さが窺える。
ふかふかの絨毯を踏みしめて階段を上り、奥にある一室へと連れて行かれる。扉の上部には美しい薔薇が描かれた二枚のステンドグラスがはめ込まれていた。
「ルイーズ? どうした?」
彼の表情はどこか憂いを帯びているようだった。
「……なんでもないわ」
「そうか、それなら良いんだ」
安堵したようなギルフォードの姿を見て、私の胸はギュッと痛んだ。
ギルは私のことなんて好きじゃないわ。そんなことは分かっているはずなのに、彼が心配そうに見つめてくるたびに、淡い期待を抱いてしまう自分がいた。
何年経っても私はまだギルのことが――自分の本当の気持ちに気づきそうだったが、気づいたらいけない気がして、これ以上考えるのはやめようと、私は思考するのを中止した。
「さて、ルイーズ、この屋敷だと誰が話を聞いているのか分からない。俺の屋敷に向かうぞ」
「ギルのお屋敷に?」
「ああ。まだお前の事情を聞けてないからな」
「確かに、お父様がまた訪ねてきたら色々説明する時間がなくなっちゃうわね。分かったわ」
すると、ギルフォードが破顔した。
「そうか、それなら良かった。さて、刺激が過ぎるんで、俺は外に出るぞ」
彼は掌をヒラヒラさせながら部屋の外へと出て行った。
「刺激が過ぎる……?」
ギルフォードの言葉の意味が分からない。
彼が部屋を出た後、着替えようとして自分の格好を見て私は凍りついた。
「あ、胸元、はだけてる……!」
ギルフォードが部屋を出てからもしばらくベッドの上にうずくまり、着替えが難航したのだった。
***
その後、父からどこに行くのかと引き止められたがギルフォードが説得してくれたおかげで、現在、私と彼は馬車の中で二人きりの時間を過ごしていた。
「それで? 事情を説明してもらおうか? ルイーズ」
長い脚を組んで窓に寄りかかる姿は、舞台俳優もかくやといった様子だ。
相変わらず綺麗な顔立ちをしているわね……
久しぶりに陽の下で見る幼馴染の精悍な横顔に、私はついつい見惚れてしまった。
でも、振られた相手だと自分に言い聞かせ、私はようやく重い口を開いた。
「……私、結婚適齢期を過ぎたけれど、まだ結婚してないのよ」
「そんなことは知っている。そうじゃないと俺に恋人役なんて頼んでこないだろう」
即答されて、私はグッと言葉に詰まった。深呼吸をして気を取り直す。
「それで、お父様の親戚たちから、次々に縁談を持ちかけられるようになってしまったの」
「まあ、そりゃあそうだろう、俺も似たようなもんだからな」
ギルフォードにも見合い話が来ていたのかと思うと、少しだけ胸がモヤモヤしてしまう。
「そういえば、ギルはまだ結婚していなかったのね」
「……まあな」
ふと彼が視線を逸らした。
「まあ、俺の話はどうでもいい。ルイーズ、続きを話せ」
「ええ、分かったわ。親戚が職場にまで来るようになってしまって、ちょっと嫌になっちゃって……それで……」
すると、こちらを振り向いた彼の唇がニヤリと弧を描いた。
「お前のことだから、菓子職人のままでいたかった。恋人がいると嘘を吐いたら、じゃあその男を連れて来いって親父さんに迫られた、ってとこか。ルイーズの親父さんは過保護極まりないせいで、家族のことになると周りが見えなくなるところがあるからな」
さすがは昔馴染、父の性格まで熟知している。
「ちゃんと親父さんに正直に話せば良かっただけだろうが……まあ、意地っ張りなルイーズの性格じゃ無理だったか」
彼がサファイアブルーの瞳を眇めた。
……呆れられただろうか?
けれども、このまま引き下がるわけにはいかないのだ。
「お願い、ギル。しばらくお芝居に付き合ってほしいの。世間の常識がどうであれ、私はお母様のようにずっと好きな仕事を続けていきたい。でも、これ以上両親に負担もかけたくないの」
「それで?」
「だから、恋人同士だっていう一時しのぎの演技をしてくれたら……しばらくしたら、仲違いして別れたことにするから、だから……」
だんだん自信がなくなって、声が小さくなる。
菓子職人を志して実現させた令嬢は珍しく、そんな女を娶りたがる男性はめったにいない。かつてギルが予言した通りの人生を歩んでいるようで、虚しさが胸をかすめる。
もし、彼が帰国する前に誰か別の相手を見つけられていたら……
だけど、私の心を占めていたのは、生まれてからずっと目の前の彼だけだったのだ。
数年前、私は彼に振られたことが悔しくて、つい暴言を吐いてしまった。
だけど、彼はそんな私の言葉に踊らされることなく、自分自身の力で財を成したのだ。
成功している彼が、やけに眩しく感じた。
以前に比べて精悍になった彼の横顔を見ると、ズキズキと胸が疼く。
「ルイーズ、顔を上げろ」
「え?」
気づいたら俯いてしまっていたようだ。顔を上げると、ギルフォードは真摯な眼差しで私に告げた。
「面白そうだし、協力してやってもいい」
「ありがとう、ギル……」
彼の言葉を聞いて、ほっと安堵する。ギルフォードが肩をすくめながら、こちらに掌を向けてくる。
「だが、条件がある。昨日俺が伝えた通り、身体で払ってもらうぞ」
その言葉に心臓がドキンと跳ねる。身体って、つまりそれは……
ちょうどその時、車体が大きく揺れた。
「きゃっ……!」
気づけば、私は座席の上でギルフォードに押し倒される格好になっていた。
馬車は再び何事もなかったかのように走行を続ける。
彼の端正な顔が間近にある。どちらか一方が顔を動かせば、唇同士が触れそうなほどの至近距離で、そのまましばらく二人で見つめ合う。
「ルイーズ」
ギルフォードの節くれ立った指が、私のブラウンの髪を梳いてくる。
昔はこんなことはされなかった。
大人の男性に成長した彼を意識してしまい、ますます胸の鼓動が落ち着かない。
そうして見つめ合っていると、ギルフォードがいつになく真摯な表情で告げてきた。
「本当に、ちゃんと意味を分かって言っているのか? お前は俺に婚約破棄か婚約解消された不名誉を負うことになるんだぞ。世間では傷物扱いされて、他の男と結婚できなくなる」
「そんなの分かっているに決まってるでしょう?」
「本当か?」
「……本当よ」
「そうか、だったら……」
ぐいっと腰を引き寄せられたかと思うと抱きしめられ、私の首筋に彼が顔を埋める。
「んっ……!」
彼の柔らかい唇が、チュッチュッっと音を立てながら肌を這ってきた。
少し覚悟はしていた。だけど、ここは馬車の中だ。
あまりに性急な行為に私は動揺していた。
「……ギル、こんなとこで、何するの……」
「何って、条件通りの行動をしているだけだ」
「条件……! んんっ……」
突然、彼に唇を塞がれる。触れるような口づけは、実は初めてではない。一度唇が離れると、熱い吐息と共に告げられた。
「ルイーズ……ほら、口を開け」
「ギル、やあっ……」
彼の舌に唇をこじ開けられ、ぬるりと舌が絡んできた。口中を犯されていると、どんどん口づけが深くなっていく。何度も舌が絡み合い、クチュクチュと音が聞こえてくる。
「ちょっと、やめっ……待って……ここは……」
「黙ってないと、舌、噛むぞ」
「んんっ……」
なんとか唇が離れた際に抗議するが、再び唇を塞がれてしまった。
子どもの時とは違って、かなり力が強くなっている。
抗うことのできない腕の力に、私は彼の硬い胸をドンドンと叩いて抗議した。だけど、その身体を引き離すことなど到底できそうになかった。
「は……」
彼は口づけながら、器用な手つきでドレスの紐を解く。胸元が露出して、私は思わず羞恥の声を上げる。
「やっ……!」
「ほら、ちゃんと恋人同士に見えるように演技しないとな」
彼の長い指に鎖骨をなぞられると、全身にぞくぞくと未知の快楽が駆け抜けた。
「……あっ……」
「ルイーズ、まだだ、まだ足りない」
「んうっ……」
三度唇を塞がれた後、何度も何度も口づけの角度を変えられた。
キスをしているだけだというのに、甘美な疼きと未知の恐怖が同時に襲ってくる。
彼の大きな手がドレスの中に侵入してきた。太ももを大きく撫でられると、全身がビクビクと跳ね上がる。
……頭がおかしくなりそうだ。全身が火照り切って女性の芯が蕩けるようで、まるで自分の身体ではなくなったかのようだ。
私、このまま、馬車の中でギルと……? そう思った時、ふっと彼の手が離れた。
「ほら、やっぱり分かってねぇな」
唇が離れたかと思うと、ギルフォードが髪をかき上げながら溜息をついた。座席がギシリと軋み、彼の身体が私から離れる。
空気が肺に取り込まれると同時に、頭の芯が少しだけ冷える。
「……ちゃんと、分かって……」
泣くつもりはなかったのに、ポロポロと涙が零れてしまった。
もう一度だけ嘆息したギルフォードが、諭すように告げてくる。
「俺は世間では女性関係の評判は良くない。一度でも婚約関係になったら、俺たちの間に何かあると見なされる。何度も言うが、お前は世間では傷物扱いされて、他の男と結婚できなくなるぞ? そのあげく、こんな扱いでも良いのか? 今ならまだ引き返せるぞ」
「っ……!」
それだけ言い切ると、彼がそっと離れ、下半身にかかっていた重みも消えた。
「ギル……」
ギルフォードは、わざわざ忠告してくれたのだ。
彼に恋人役を頼んだら、私は傷物扱いされて、もう他の男性との縁談は望めなくなるだろう。
けれども、彼以上に愛せる男性などそもそも存在しない。それに、今の私にとっては、将来の結婚よりも、菓子職人としての人生を守ることの方が重要だった。
唇を噛みしめ、はだけた胸元を隠すように指先を強く握りしめる。
そして、彼に挑むように告げた。
「ギル、貴方が一番知っているでしょう? 私が、菓子作りが好きで仕事にまでしたがる変わった侯爵令嬢だってこと」
ギルフォードが再び髪をかき上げながら問いかけてくる。
「俺の他に頼める男は?」
「いないわ」
即答すると、ふっとギルフォードが微笑んだ。
「まあ、確かに昔から、そういう変わった女だよ、お前は。覚悟は決まってるみたいだな」
昔――振られた時とは違って、彼の笑みには悪意を感じなかった。
「調子も戻ったみたいで何よりだ」
「え?」
「殊勝な態度のルイーズなんて、らしくない」
まさか、嫁き遅れていることを私が気にしていると思って、励まそうとしてくれたの?
昔から偉そうだけど、根は優しいギルフォード。
再会した彼は、どこか遠い存在になってしまったと寂しさを感じていたけれど、こうして子どもの頃と変わらない気遣いに触れると、なんだか懐かしくて、そしてたまらなく愛おしかった。
「まあ、そもそも名誉に傷がつく前に、俺がお前を……」
ギルフォードが何か呟いたようだったが、馬車の揺れが強くなって、続きは聞こえなかった。
「何か言った?」
「いや、別に……」
彼は視線を逸らし、長い指で私の乱れた衣服を整えていく。その優しい手つきに、また胸が疼いた。
「ギルのおかげで仕事を諦めないで済みそうだわ。本当にありがとう」
少しだけ乱れた髪を直しながら、私は精一杯の感謝を口にする。
素直にお礼を言うのが気恥ずかしくて、つい視線を泳がせてしまった。
「ルイーズが俺に感謝だとか、夏なのに雪が降りそうだな」
軽口を叩かれたけれども、そんな憎まれ口も今は心地いい。私は小さく笑って受け流した。
「それに」
「それに?」
「私はずっと、好きな人としか結婚したくなかったから……」
その言葉に、ギルフォードの眉がピクリと動く。
「ずっと、好きな男?」
「あ……」
しまった。うっかり口を滑らせてしまった。私は後悔した。
そう、私はずっと……あの日大勢の前で振られてからも、私がずっと好きなのは……
穴が開きそうなほど強く見つめ返すと、彼のサファイアブルーの瞳が複雑に揺れ動いた。
「ルイーズ、俺は……」
再び馬車がガタリと揺れた。
「ああ、着いたな」
どうやら目的地に到着したようだ。
「さあ、行くぞ」
御者がそうするよりも早く、ギルフォードが扉を開け放った。
馬車を降りる直前、不遜な態度で問うてきた。
「どうせ、その好きな男には恋人役も頼めないぐらい、相手にされてこなかったんだろう?」
私は痛いところを突かれて、うっとうなった。当の本人にそんな風に言われてしまうとダメージが大きい。
「そう、だけれど……あ、貴方こそ、なんで薔薇なんか持って道を歩いていたの?」
今度はなぜかギルフォードが顔を真っ赤にした。
「俺にも事情があるんだよ!」
「どんな事情よ?」
久しぶりにギルフォードに会ったことに気を取られすぎていて、どうして薔薇を持っていたのかなんて、あまり深くは考えていなかった。
こうして二人で言い合いをしていると、まるで昔に戻ったかのようだ。
「さて、ちゃんと婚約者同士に見えるように、しばらく俺が色々教えてやるよ。さあ、これから今の続きをしてやる。行こうか?」
「続き⁉ それに、行くってどこに?」
「そんなの決まっているだろう?」
ギルフォードがニヤリと口の端を吊り上げた。
続きと言われると、頭の中に先ほどの光景が浮かんで動揺が走る。
「え、ギル、ちょっ、そんなっ……」
「ルイーズ、覚悟したんじゃなかったのか?」
「うっ」
図星を突かれて、言葉に詰まってしまった。
「ほら、早くしろ。ああ、もう仕方がねぇな」
「きゃっ」
ドレスは相当な重量があるはずなのに、ギルフォードは私のことを軽々と持ち上げた。
彼の逞しさを感じて、心臓がドクンと大きく跳ねる。
なんだか落ち着かなくて視線を彷徨わせていたら、ギルフォードがニヤリと笑った。
「どうした?」
「え……その……昔に比べたら、もっと力が強くなったんだなって思って……」
「そんなことか」
たいしたことではないといった調子の反応で、少しだけ胸が痛んだ。
「ルイーズ、お前の重さは変わらないな。いいや、菓子の食べすぎで少しだけ重くなったか」
「なっ……! 女性に体重の話をするのは失礼よ!」
「ははっ、冗談だよ。お前は昔から羽根みたいに軽いよ」
蕩けるような笑顔を向けられると、なんだか恥ずかしくてそれ以上何も言えなくなってしまった。
ギルフォードに抱きかかえられたまま馬車から降りた後、ゆっくりと地面に下ろされる。
「さあ、行くぞ、さっさと続きだ」
本題を思い出して、はたと気づく。
「待って、ギル、なんで貴方はいつもそんなにせっかちなの⁉ 心の準備が――って、ここどこ⁉」
てっきりギルフォードの実家の屋敷に連れて来られると思っていたのに、到着したのは見知らぬ場所だった。
眼前に広がっていたのは手入れの行き届いた広大な緑の土地だった。
何かの観光施設かしら……?
垣根を越えて屋敷に近づくと、甘やかな香りが鼻腔をくすぐった。
色とりどりの花々が愛らしく咲き誇る花壇を抜けると、緩やかなアーチを描く橋の向こうには職人の手によって美しく整えられた庭園が続いている。
そしてその奥に鎮座していたのは、石造りの美しい豪奢な白い屋敷だった。庭もすごかったのに、屋敷の外観も豪華すぎる。
古代神殿を模したと思われる壮麗な柱が並ぶその姿は、私の屋敷ともギルフォードの実家とも違う。
侯爵家である私や伯爵家であるギルの実家の屋敷よりも大きくて立派なここはいったいどこなのだろう。圧倒されて視線を彷徨わせていると、隣でギルフォードがふふんと鼻を鳴らし、誇らしげに胸を反らせて言った。
「この屋敷は俺のものだ」
「ギルの?」
「そうだ。俺の新居というか、別荘みたいなものだ。帰国前に建築を依頼していたんだ。もちろん、自分の金でな」
「そうなの」
やけに「自分の金」という部分を強調してくる。
私が呆然としたまま建物を見上げていると、彼はさらに言葉を重ねた。
「ちゃんと自分の金で建てたんだ」
「ええ、そうみたいね」
二回目だ。どう反応していいか分からず曖昧に頷くと、彼はダメ押しとばかりに言い直してきた。
「この俺が、自分で稼いだ金だけで建てたんだ」
……自分の金って三回も言ったわ、この人。
私は建物から、自信満々なギルフォードへと視線を移す。
「すごい……わね?」
「そうだろう⁉ ルイーズもそう思うか!」
「ええ」
そう答えると、彼は少年時代の頃のようにサファイアブルーの瞳を細めて、いかにも嬉しそうに笑った。
実際、一代でこれほどの屋敷を構えることができる人間など、わが国でも数えるほどだろう。
しかし、悦に浸っているギルフォードを横目にふと余計な考えが頭をよぎる。
一人で住むのなら、こんなに広い場所はいらないはず。だとすれば、まさか、女性を侍らせるために建てたんじゃ……⁉
派手な女性関係の噂を思い出し、胸がざわついた。けれど、すぐに頭を振ってその考えを追い出す。
仮にもしそうだったとしても、彼の自由だ。私には関係ないわ。私はあくまで婚約者のふりを頼んだだけの立場なのだから。
上機嫌で歩き出した彼の後ろをついて、玄関に向かう。
あまりに広大な庭に、どこまで広がっているのだろうかと、ついまたあちこち視線を飛ばしてしまった。私のその姿に痺れを切らしたかのように彼が声をかけてくる。
「ほら、キョロキョロするなよ。仕事の時以外、とろいのは変わらないみたいだな。まったく」
「仕方ないでしょう! 私は貴方みたいに、せっかちじゃないの……って、きゃあっ!」
またもや突然横抱きにされてしまった。お姫様のようにうやうやしく抱えられると、どうしても身体が相手に密着するので、心臓がバクバクと跳ね上がってしまう。
「ほら、行くぞ。まったく、体力はつけておけよ」
「すぐにどこかに飛び回る体力馬鹿とは違うのよ! 私は体力を温存しているの!」
「体力馬鹿とはなんだ⁉ 確かにお前の方が賢いところもあったが、俺だって決して馬鹿じゃなかったぞ!」
「体力馬鹿とただの馬鹿は別ものよ! そもそも馬鹿は、自分のことを馬鹿じゃないって言い張るものなのよ!」
「なんだと⁉」
ぎゃあぎゃあと言い争いながら、私たちは屋敷の中へと向かう。
凝った装飾が施された弓形のアーチをくぐり、重厚な玄関扉を開けて、エントランスへと足を踏み入れた。吹き抜けのホールの天井には豪奢なシャンデリアが吊り下がっており、中央にあるらせん状の階段が二階へと続く。
内装も選び抜かれた調度品で整えられており、正面には巨大な風景画が、左右には磨き抜かれた銀の甲冑が並べられていた。
その全てが、ただ高価なだけではなく極めて良質な品で統一されており、彼の美意識の高さが窺える。
ふかふかの絨毯を踏みしめて階段を上り、奥にある一室へと連れて行かれる。扉の上部には美しい薔薇が描かれた二枚のステンドグラスがはめ込まれていた。
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