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2回裏 sideヴァレンス
しおりを挟む満月の夜だからだろうか、「冷血王」ヴァレンス・セルツェは夢を見ていた。
――王妃ユリアの部屋にいるというシチュエーションだ。
だというのに、妻の姿はそこにはない。
『ユリア、どこにいるんだ……?』
探せども探せども、彼女の姿はなかった。
代わりに聞こえてきたのは――。
『にゃにゃにゃにゃ……』
視線を彷徨わせると、白い子ネコが佇んでいるではないか。
少しでも妻の手がかりが欲しくて、か細い声を出すネコの元へとヴァレンスは近づいた。
すると、愛らしい生き物がこちらをクルリと振り向く。
『にゃあ……』
一声泣いた後、ネコの姿がゆらゆらと揺らぐ。
『…………っ…………!』
ヴァレンスは息を呑んだ。
ネコだと思っていたのは――。
『ユリア……? その格好は一体……!?』
――なんと、ユリア本人だったのだ――!
しかも、なぜだか頭の上にはネコの耳が生えている……。
挙句の果てには――。
『ユ……ユユユユユ、ユリア……どうして、服を……』
――裸だった。
猫耳ユリアが滑らかな動きで近づいてきたかと思うと、慌てふためくヴァレンスの身体にしなだれかかってくるではないか――!
『にゃにゃにゃ(旦那様)』
にゃんにゃん言っているが、夢だからか都合が良いことに脳内通訳されている。
『……こ、こここ、こんな破廉恥な真似をするなんて、聖女であるお前らしくないぞ。こういうことは、しっかり互いの心を確かめあってからだな』
……と、漢らしく返したものの、ヴァレンスの象徴は言葉に反して残念なことになっていた。
『にゃあ~~にゃにゃにゃにゃにゃ(私はヴァレンス様の妻です。なのに、ずっと抱いてくださらないから……)』
ユリアが愛らしい顔を近づけてくる。
そうして――。
桜色の小さな唇が、彼の唇を奪ってきた。
『ユリ……ア……』
一度そうなれば――彼の理性はガラガラと崩れていく。
半分開いた彼女の唇の中に、彼は地厚い舌を捻じ込んだ。
『にゃあ……んんっ……』
彼の舌が彼女の歯列をなぞると、彼の腕の中にある華奢な身体がビクンビクンと震えた。
くちゅくちゅと淫らな水音が鳴り響く。
『にゃ……んっ……あっ……』
彼女の洩らす声があまりにも可愛らしくて――ヴァレンスはそのまま気絶しそうだったけれど――なんとか持ちこたえた。
しばらくの間そうした後に離れると、交わりの激しさを象徴するかのように、二人の間に銀糸が伸びた。
『にゃあ……(もっと……)』
彼の太い手首を華奢な指先が掴んできたかと思うと、柔らかな丘陵へと武骨な手を押し当てられた。
『…………っ………!』
弾力のある乳房を反射で捏ねると――。
『ゃあんっ……』
そのまま手を一心不乱に動かせば、呼応するかのように双球が弾んだ。
『あっん……あっ……にゃあっ……あっ……』
しばらく愉しんでいると、彼女の蜜口からとろりと蜜があふれ出し、締まった両脚の間をぽたぽたと流れ落ちて、白いシーツとヴァレンスの両脚を汚す。
(ユリアが俺に反応するなんて……こんなことが本当にあるのだろうか……)
目の前には――最愛の妻ユリアが恍惚とした表情を浮かべている。
蒸気した薔薇色の頬、半開きの桜色の唇。
普段は紅い瞳の中、黄金色の怪しげな光が宿る。
二つの紅い頂がヴァレンスの厚い胸板に触れるせいで、彼の心拍数は過去最高を記録していた。
聖女らしからぬ妖艶な視線をこちらに向かって、妻ユリアが送ってくる。
『ユリア、良いのか……?』
『にゃあん……(もちろん……)』
セルツェ最高の武人に送られる勲章だって所持しているヴァレンスだったが――ユリアの手にかかれば、簡単に白いベッドの上に押し倒されてしまった。
そうして、茹でった彼女から彼は唇を奪われてしまい、再び熱い口づけが始まる。
(……こんな夢なら醒めないでほしい……)
そう思ったヴァレンスだったけれども――。
彼らの背後から眩い光が差し込む。
『にゃあ……(ああ、朝が来てしまった……)』
『ユリア……? ああ、待ってくれ、いかないでくれ』
彼の想いは届かず――。
体の上に跨っていた猫耳姿のユリアは、すうっと光に溶けて消えてしまったのだった。
***
立ち上る朝の陽で目覚めたヴァレンスは――ものすごい自己嫌悪に陥っていた。
(やはり、どうひいき目に考えても……俺は最低最悪だ……)
――妻に触れることが出来ずに2年――。
「あんな夢を見るなんて……認めたくないが……」
――欲求不満――なのだろう。
ショックで頭が真っ白になりそうだ。
ぐるぐると困惑する頭で、状況を整理する。
(眠る前……ユリアがネコだったら、素直に愛情表現が出来たかもしれないと……そんなことを考えた気がする)
現実だと錯覚してしまいそうなほど、今も彼女の感触が手のひらに残っている気さえする。
(あんなにリアルな夢を見るなんて……)
そう言われれば、昨日は満月だったことを思いだす。
美しく金に輝く月。
眩い光を放つ一方で、魔性の力が昂じてしまうこともあるそうだ。
――何らかの魔力の変則が生じて、歪な形で願いを叶えてしまったのかもしれない。
(魔力持ちだった王家だが、残念ながら俺に魔力は存在しない……)
とはいえ、何かの凶事の知らせかもしれない。
もしくは吉報か――。
「普段よりも早く起きてしまったな……せっかくだ――」
ベッドから起き上がったヴァレンスはそそくさと身支度をすると、毎朝の日課を遂行することに決めた。
実は、この二年――ヴァレンスには朝の習慣があった。
それは――。
(今日こそは――まだ寝ぼけたままのユリアに「おはよう」と言ってみせる……)
――王妃の部屋の前、最愛の妻への朝の挨拶のシミュレーションをおこなうことだった。
(この二年考え抜いた台本に……緊張した時のためにしっかり便箋だって準備してある……夢のような幸せな日々を手に入れるためにも、せっかくだ……今日ここで本番に臨んでみせる!!)
熱い決意と勇気を胸に、ヴァレンスは台本通りに振舞うことにしたのだ。
すると、見張りの騎士の一人がぎょっとした様子で声を上げた。
「ヴぁ、ヴァレンス様!? いかがなさったのですか!? いつもは王妃様の部屋の前で立ち尽くしだけだった貴方様が……お、お待ちくださいませ……」
近くにいた侍女たちが、何か恐ろしいものを見たかのようにヒソヒソと噂話を始める。
(誰がなんと言おうと、俺は今から作戦を決行するんだ)
騎士の制止を振り払って、ヴァレンスは扉へと進んだ。
正直心臓は壊れそうなぐらいバクバクと音を立てている。
「入るぞ、ユリア」
緊張しすぎて、朝に似つかわしくない低い声が出てしまった。
優雅なノック音が聞こえた後、ゆっくりと扉が開かれる。
武人のような足取りだとユリアを怖がらせるかもしれないからと、気を遣って貴族らしく優雅な足取りで室内に入った。
爽やかな風で紫がかった黒髪がサラサラと揺れる。
(もしかしたら、『こんなに朝早くに私の部屋にいらっしゃるなんて珍しい』と喜んでくれるかもしれない……!)
ユリアに少しでも好かれようと、王子のような流れるような仕草で室内を見回す。
けれども――。
緊張は極限状態だった。
それ以上、最高に素敵な夫像を振舞うことは出来なかった。
黒い軍服のポケットから、さっと白い便箋を取り出す。
(緊張して頭の中が真っ白になって……言葉が出てこないなんて……)
彼はさっと書かれたセリフに目を通す。
「ユリア、朝早くに無粋な真似をしてすまない」
慣れないことをして緊張しきったヴァレンスの声が震える。
(とにかく先に進まないと……)
ガチガチに緊張したまま、ヴァレンスは続きを唱えた。
「昨日のお前は、いつになく思い詰めているように見えた。せっかくだから気晴らしにと、朝食前の散歩をしようと思って、朝早くから尋ねてしまったのだが――」
(まるで呪文の詠唱のようだ……)
しきりに白い紙に視線を彷徨わせて、次のセリフを探す。
(ユリアからの反応が全くない……)
滑ったのだろうか――。
部屋の中には、ユリアと自分しかいないはずなのに――なんだか大勢の人間がこちらを見て笑っているような気がしてくる。
こんなに恐ろしい気分になるのは――数年前に何人もの婚約者候補に取りかこまれた時以来だ。
(せっかくの夫婦の距離を縮めるチャンスだ、耐えなければならない……)
深呼吸をしたヴァレンスはなんとか気を取り直す。
「それに……ユリア……お前と話し合わないといけないこともあるのだ」
ヴァレンスが伏し目がちになると、紫水晶の瞳を縁取る黒い睫毛がふるりと震えた。
便箋に書かれた題名に目をやり、そこではっとなる。
(……こ、これは――)
――ユリアから離縁状を出された時の対処法。
嫌な予感が背筋を駆け抜けると、ざわざわと総毛だった。
(……そんな……)
まるで雷に打たれたかのような衝撃だ。
下手をしたら髪が真っ白になっていたかもしれないぐらいの……。
(いつか、もしかしたらユリアから離縁を切り出されるかもしれない……そんな時のために、自己防衛のために書いていた台本ではないか……!)
――このままだと話に齟齬が生まれる――。
それどころか――。
さらに悪い予感が過る。
(まさか……だとしたら、このままでは辻褄の合わないセリフになって……台本を読まないと妻を口説くこともできないダメな男だと……下手をしたらユリアに愛想をつかれて、本当に離縁を切り出されてしまうかもしれない……)
ヴァレンスはプルプルと震えてしまう。
けれども、心の中でぶんぶんと首を横に振った。
(ユリアは老若男女問わず、とても優しい女性だ……これしきの失態で、俺のことを嫌うような、そんな女性ではないはず……)
気を取り直した、その時――。
「ユリア? どうして返事をしない?」
――ヴァレンスが白い便箋から視線を外した。
そういえば、まったくユリアからの反応がない。
一度ゆっくりと部屋の中を見回した後――彼が静かに問いかけはじめる。
「ユリア、ユリア? どうしたというのだ?」
ふわふわの絨毯の上だというのに、軍靴の音がカツカツと忙しなく鳴りはじめた。
「寝所に……いない……? だが、昨晩は確かにここにいた。それに、ユリアは聖堂への朝の祈りには向かっていないと、護衛の騎士や侍女達は言っていたはずで……」
彼の拳の中で白い紙がくしゃりと潰れる。
王妃の部屋の異変に気づいた彼が部屋の中をうろつきはじめた。
ヴァレンスは焦燥で頭がおかしくなってしまいそうだった。
(ずっとユリアのことを見てきたから知っている……この時間のユリアはまだ朝の準備をしている頃で、支度が整った後に見張りの騎士に礼を告げた後、侍女たちに優しく声をかけると、供を連れて聖堂へと向かう……そうして――)
几帳面なユリアが日課から外れる行動をとるなんて――。
だからこそ、心配で心配でしょうがなかった。
「衛兵たちは何を……? 警護はどうして――これは――」
その時、彼が机の上へと視線を落とした。
そうして、わなわなと震え始めた。
(そんな……)
――あまりのショックにヴァレンスの顔がみるみる強張っていく。
(ユリアをこんなにまで思い詰めさせていたなんて……)
机の上の紙を見て、わなわなと震えが止まらない。
彼が呻くように呟く。
「ユリア……」
そうして――。
ヴァレンスがくつくつと笑いはじめた。
「くっ……本当に愚かなやつだ……」
(俺は……本当に愚かな男だ……)
あまりにも悲しすぎて、自嘲気味な乾いた笑いしか出てこない。
その時――。
「に、にゃあ……」
部屋の隅から何かの泣き声が聴こえた。
(……今のは――)
音源を探す。
「なんだ!? 何者だ!?」
ヴァレンスが音の方向を振り向いた。
――何者かとばっちり視線が絡み合う。
(あ……)
あまりの衝撃に、彼はその場から動けない。
「にゃ……にゃ~~」
ヴァレンスが唖然とした表情を浮かべた。
「ユリア……? 白……ネコ……?」
そこにいたのは――夢の中の白猫ユリアそっくりの子ネコだったのだ。
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