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10 彼の義母
しおりを挟む病院の裏側には小高い山が面していて、ちょうど建物と山の間で木陰になっている場所がある。そこにはベンチもあるが、薄暗い場所にあることもあり、ほとんど人が使っていない。
今日のように土曜日などだと、その場所に人はいない。そのため、兄の面会が終わるとそこに向かうのを日課にしていた。
建物の影を抜け、いつもの場所に向かったのだが、そこには先客が居ることに気づく――。
(土曜日なのに、誰か……)
少し離れた建物の陰で、彼女は立ち止まる。
こっそりと先客達の様子を見る――。
「今日は、院長は不在なんでしょう――?」
「……そうよ――そうじゃなきゃ、こんな場所でこんなことは出来ないわ――」
そこでは、年齢のはっきりしない黒髪に黒目のはっきりした女医と、若い白衣を着た男性が情事を交わしていた。
想像もしていなかった出来事に、心臓が何者かに鷲掴みにされたように感じた。
(離れなきゃ……)
だけども、その場に縫い付けられなくなったかのように動けなくなる。
私の頭の中を、過去の何か、思い出してはない何かが脳裏に閃きかける――。
音を立てずに、その場を離れよう。
そう考えていたところ、突然後ろから何者かに口を塞がれた。
突然の出来事に、鼓動は早くなると同時に、身体が縮みあがる。
彼女の口をふさいでいるのはおそらく男の手――。
(この、指――)
パニックを起こし掛けた彼女の瞳に、男の指が目に入る。
「レイナ、俺だよ」
やはりと言うべきか、耳元で聞こえて来たのは、最近よく耳にする男の囁き――。
「離れようか」
ぱっと振り返ると、そこに立っていたのはアヤトだった。
一瞬、声を荒げたかったが、先客二人に気づかれたくないこともあり、その場を離れることを優先する。
少し開けた場所まで歩いてきてから、私はアヤトに怒鳴りつけた。
「びっくりしたじゃないですか! やめてください!」
睨みつける私に向かって、決まりが悪そうにアヤトが答えた。
「あのままだと、レイナが悲鳴でも上げるんじゃないかと――」
「あげません!」
顔を真っ赤にして、私は声を荒げる。
「ごめん、ごめん」
軽い口調でアヤトが返してきた。そんな彼の態度が、レイナの苛立ちを加速させかける。
だが、次に彼の放った言葉が、打ち水のように彼女を冷静にさせた。
「あの女、レイナも知ってるだろう?」
知っているも何も、先ほど他の男性とまぐわっていたのは、レイナの兄の主治医の――。
そこまで考えて、レイナははっとする。
(あの女医さんの苗字は――)
「あの女性、俺の義理の母親なんだ。この病院で女医をやってる。実の母親じゃないから、まあどうでも良いけどさ――ああやって、親父に隠れて、あの若い麻酔科医と色々やってる」
そう言うアヤトの蒼い瞳は、深海のように暗い陰りを帯びているようだった。
レイナは言葉を失う。
この数月、彼と接していて分かったことがある。というよりもむしろ、周囲の女子生徒が勝手に情報を提供して来るといっても良い。
彼の両親は共に医師をしており、端的に言えば、特にお金に困るような環境では育っていないということが分かった。
それだけで、彼は自分とは不釣り合いな存在で、馴れ馴れしく接されるのが不快だった。
だけど、どうやら恵まれたお坊ちゃんというだけの男性ではないらしい。
(この人も、私と同じ……)
レイナの中に、少しだけアヤトに対しての関心が沸いた。
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