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第7話② 夫を誑かす悪女
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アイゼン様の揺れる水色の瞳を、わたしの視界が捉える。
「皇帝である兄に嫌われたくなくて、一度はルヴィニとの結婚を受け入れた」
口惜し気に、彼は続けた。
「だけど、ダメなんだ――この数か月、ルヴィニに触れようとしても、どうしてもルビーの顔が頭をよぎってしまう……」
ルヴィニ夫人は、鼻で笑う。
「ふんっ……! 『君のことを好きになれるまでは抱けない』とかなんとかカッコつけやがって、結局はこのメス豚のことが好きなんじゃないか……! わたくしの夫になりきれない男のいうことなんて絶対に聞きたくないね……でも――」
彼女は下卑た笑いを浮かべながら続けた。
「そうだね、ちゃんとわたくしを抱いて、本当の妻にしてくれたのなら、お前の言う通り、この女の命を助けてやっても良いよ――!」
アイゼン様は固唾を呑んだ――。
(今の話……もしかして、アイゼン様はまだ、ルヴィニ様にお手をつけてないの……?)
彼はしばらく、こぶしを握り、何かに耐えているようだった。
そうして何かを決意したアイゼン様は口を開く。
月明かりを反射する、彼の水色の瞳には、硬い光が宿っているように見えた。
「ルビーの命を失うぐらいなら、ルヴィニのことを抱いてみせるよ――だからどうかお願いだ、ルビーから離れてくれ……」
アイゼンの言葉を聞いて、わたしは愕然とする。
本当に好きな人と添い遂げたいという、ある意味で潔癖な彼は、ルヴィニ夫人に触れることさえままならなかったのだ――。
そんな彼にとって、好きでもない女性に触れたりするのは、ものすごく苦痛を伴う作業のはず――。
「そんな、アイゼン様、わたしの命などどうでも良いのです、無理はなさらないで! いたっ……!」
その言葉に反応したルヴィニ夫人が、わたしの金色の髪を掴んで引っ張り上げる。
「わたくしに女の魅力がないような言い方をするんじゃないよ! この、人の旦那の心を弄ぶ、あばずれの、盗人女が――!」
だが、すぐにルヴィニ夫人のわたしの髪を掴む力が和らいだ。
そうして夫人はアイゼン様を見る。
「じゃあさ、この女の命が惜しいんなら、今ここで、この女の前で、わたくしに触れなさい――!」
そうして、わたしを突き飛ばしたルヴィニ夫人は、夫であるアイゼンの元へと向かう。
彼女はゆっくりと、彼の頬に手を添えた。
そうして、彼女は彼に命じる――。
「さあ、まずはわたくしに口づけなさい――!」
何かに耐えるように、アイゼンは夫人の両肩に手を置いた。
「アイゼン様――!」
一度、彼が瞼を閉じる――。
そうして、彼の唇が夫人の唇に触れようとした、その時――。
「そこまでだ! 我が娘に手をかけようとする悪女よ!」
崖から少しだけ離れた場所に、大勢の騎士を引き連れたメーロ侯爵が現れたのだった。
「皇帝である兄に嫌われたくなくて、一度はルヴィニとの結婚を受け入れた」
口惜し気に、彼は続けた。
「だけど、ダメなんだ――この数か月、ルヴィニに触れようとしても、どうしてもルビーの顔が頭をよぎってしまう……」
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「ふんっ……! 『君のことを好きになれるまでは抱けない』とかなんとかカッコつけやがって、結局はこのメス豚のことが好きなんじゃないか……! わたくしの夫になりきれない男のいうことなんて絶対に聞きたくないね……でも――」
彼女は下卑た笑いを浮かべながら続けた。
「そうだね、ちゃんとわたくしを抱いて、本当の妻にしてくれたのなら、お前の言う通り、この女の命を助けてやっても良いよ――!」
アイゼン様は固唾を呑んだ――。
(今の話……もしかして、アイゼン様はまだ、ルヴィニ様にお手をつけてないの……?)
彼はしばらく、こぶしを握り、何かに耐えているようだった。
そうして何かを決意したアイゼン様は口を開く。
月明かりを反射する、彼の水色の瞳には、硬い光が宿っているように見えた。
「ルビーの命を失うぐらいなら、ルヴィニのことを抱いてみせるよ――だからどうかお願いだ、ルビーから離れてくれ……」
アイゼンの言葉を聞いて、わたしは愕然とする。
本当に好きな人と添い遂げたいという、ある意味で潔癖な彼は、ルヴィニ夫人に触れることさえままならなかったのだ――。
そんな彼にとって、好きでもない女性に触れたりするのは、ものすごく苦痛を伴う作業のはず――。
「そんな、アイゼン様、わたしの命などどうでも良いのです、無理はなさらないで! いたっ……!」
その言葉に反応したルヴィニ夫人が、わたしの金色の髪を掴んで引っ張り上げる。
「わたくしに女の魅力がないような言い方をするんじゃないよ! この、人の旦那の心を弄ぶ、あばずれの、盗人女が――!」
だが、すぐにルヴィニ夫人のわたしの髪を掴む力が和らいだ。
そうして夫人はアイゼン様を見る。
「じゃあさ、この女の命が惜しいんなら、今ここで、この女の前で、わたくしに触れなさい――!」
そうして、わたしを突き飛ばしたルヴィニ夫人は、夫であるアイゼンの元へと向かう。
彼女はゆっくりと、彼の頬に手を添えた。
そうして、彼女は彼に命じる――。
「さあ、まずはわたくしに口づけなさい――!」
何かに耐えるように、アイゼンは夫人の両肩に手を置いた。
「アイゼン様――!」
一度、彼が瞼を閉じる――。
そうして、彼の唇が夫人の唇に触れようとした、その時――。
「そこまでだ! 我が娘に手をかけようとする悪女よ!」
崖から少しだけ離れた場所に、大勢の騎士を引き連れたメーロ侯爵が現れたのだった。
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