βは蚊帳の外で咽び泣く

深淵歩く猫

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その逆。

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―――きしょうどう…鬼生道…って――

「え……ええ”ぇぇぇぇえええっ!?!?」

副社長の言葉からワンテンポ遅れて洋一が大声を上げ
思わず副社長の顔をマジマジと見つめる

―――!言われてみれば――確かにちょっと要に――似てる…かも…?

気の強そうなツンとした猫目にスッと筋の通った鼻筋…
形の良い薄い唇と――

全体を通してスッキリとした整った顔立ちではあるのだが
洋一が何よりも注目したのは――

―――瞳の色…要にソックリ…

金色に見える色素の薄い茶色の瞳に洋一の目が釘付けになる

「…似てるだろ?要に…」
「………」

無言でジッと自分の瞳を見続ける洋一に
副社長は苦笑を浮かべながら尋ねるが洋一は無言のまま…

余りにも熱心に自分の事を見つめてくる洋一に
流石に居心地の悪さを覚えた副社長が耐えきれずに洋一から視線を逸らし
「ン”ッ、ン”ッ」と軽く咳払いをした後に静かに口を開いた

「――ところで――俺がグロースの副社長という事は話したが――
 自己紹介がまだだったな。俺は――」
「鬼生道 命さん…でしょ?」

浩介の言葉に命が驚いて目を見開く

「名前まで知っているとは驚きだ。
 俺は余りグロースの方には顔を出さない形だけの副社長だから
 名前も顔も社員には知られていないと思っていたんだが…」
「とんでもないっ!貴方が出社すればたちまち女子社員はザワつきだし
 何故かその日一日の業績はうなぎのぼりに急上昇するという“幻の副社長”の
 顔と名前を知らない社員なんてウチにはいませんよっ!」
「…そうか?そこの皆瀬の方は俺の顔見ても
 その“幻の副社長”だとは気づいてはいないようだったが――」

命が未だに自分の事をジッと見続けている洋一を指さす

「あ、コイツは人の顔を覚えるのが苦手で――って洋一!
 お前何時まで副社長さんの顔凝視してんだ!流石に失礼すぎるだろっ!」
「ハッ!」

今まで命の瞳に見入っていた洋一が、浩介の声で我に返り
慌てて命から視線を逸らした

「すっ、スミマセンっ!ついつい見惚れてしまって…」
「いや、構わんよ。それより――」

命は床に座っている洋一に近づき、すぐ傍で跪(ひざまず)く

「お前は本当に良い匂いがするな…要が言っていた通りだ…」
「え…要が…?」
「ああ…」

命は洋一の首筋に顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ…

「『洋一からは本当に良い匂いがするのよ…ずっと嗅でいたいくらいに…』
 …と、あの愚妹が実にウットリとした表情で毎回俺に向かって言うものだから
 俺はその匂いが一体どんなものなのか――前々から気になっててね…」

洋一の首筋に鼻先が着きそうなくらいの至近距離で洋一の匂いを嗅ぎながら
命が目を閉じる

―――確かに…良い匂いだ…Ωのフェロモンとは全然違う落ち着く匂い…

「あの…副社長…?」

洋一の肩に手を置き、より密着する形で自分の匂いを嗅ぐ命に
洋一は戸惑う…

―――Ωのフェロモンは何て言うか――
   さっきみたいにただひたすら俺達αの本能を掻き立て
   理性を失わせ性欲を煽り、ただの“獣”へと落とす魔性の匂い…
   

   でもコイツのは違う…その逆


   落ち着くんだ…物凄く…


   “Ωのフェロモンの呪縛”から俺が思いのほか早く解放されたのは
   ひょっとしたら――

「――皆瀬、知っているか?」
「はい?」

今まで瞳を閉じ、うっとりと自身の匂いを嗅いでいた命が
スッと閉じて瞳を開け、洋一の肩に手を置いたまま洋一に視線を合わせる

「Ωのフェロモンに中てられたαは本来
 “Ωの項に噛みつく”か“性行為”をしない限り
 中々正気には戻らないんだ…」
「えっ!?そうなの?!」

洋一が事実を確かめるように近くにいた浩介を見上げ
浩介がソレに答える形で口を開く

「まあ…“本来”ならそうですけど――
 ソレはあくまで“αもΩを誘うフェロモン”を出していて
 “互いに発情”していたらの事でしょ?
 互いに発情していない場合はαがΩのフェロモンに中てられ
 正気を失う事はあっても、Ωのフェロモンさえ弱まれば正気に戻る。
 現に副社長はΩのフェロモンが弱まったと同時に正気に戻ったじゃないですか…」
「それはそうなんだが――
 それでも俺が“Ωのフェロモンの呪縛”を解くのに本来なら
 もう少し時間がかかっているはずなんだ。
 忌まわしい事だが…俺を誘惑してくるΩは多いからね。今回みたいに…」

命の表情に影が差す
“鬼生道財閥”の恩恵を受けたい企業や人は大勢いる
それ故にαである命は過去何度もそういった輩からΩをけしかけられ
そのつど何とかそれらをかわしてきた…

「だから俺は自分が“Ωのフェロモンの呪縛”が
 どれくらいの時間で解けるかは把握している。
 今回は何時もと違って明らかに
 俺が“Ωのフェロモンの呪縛”から解放される時間が早い…
 そしてそれはお前の匂いのお陰なんじゃないかと俺は思っている。
 だから――」

命は洋一の肩に置いている手に力を入れ、更に強い眼差しで洋一の事を見つめる

「皆瀬洋一。俺にはお前が必要だ。」
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