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崩壊は自ら招く
しおりを挟む機嫌の悪そうな王子妃に呼び出された宰相補佐と騎士団長は問いかけに咄嗟に答えられなかった。
「なんで王宮でお姉様を匿ってるなんて噂が流れてるのよっ」
出会ってから数年、人妻となってなお愛らしい顔が怒りに歪んでいる。
愛しい王子と信頼していたはずの臣下に裏切られたと思っているのかと慌てて否定した。
「事実無根の噂です!」
「そんなことわかってるわよ!
なんでそんな噂が流れてるかって聞いてるの!」
「それは……、絵が」
王子妃に聞かせる話じゃないと止めようとした宰相補佐だったが間に合わなかった。
「絵?」
宰相補佐は睨みつける王子妃の表情から誤魔化せないと思い全部話すことにした。
一部の好事家から流行り出した絵の題材が『彼女』の断罪劇後の噂らしきこと。
刺激的な絵のため貴婦人には知られず、噂だけが真実のように流れたことを説明して聞かせた。
噂のいくつかは王子妃の耳にも入っていたのでどういう絵か想像がついたようだ。
自分を虐げていた相手の凋落に安堵したのか興奮していた口調が収まってきた。
「ふうん、そう……。
お姉様が男たちの慰み者になってる絵ね」
「王子妃、言葉をお慎みください」
直接的な表現に苦言をするとうるさいと言いたげな表情を浮かべ、けれど品のない発言だったのを自覚したのか文句は言わなかった。
「噂は不愉快だけど、お姉様が貶められたのはざまあみろってところね」
「王子妃」
俗っぽい言い回しにまた宰相補佐から注意が入る。
「うるさいわね、因果応報ってことよ」
言い直した王子妃は唇に指を当て何かを考えていたが、楽しいことを思いついたというように口を吊り上げた。
婚約者も貴族の立場も奪われた姉がさらに貶められている。
この国で最も高貴な女性だと謳われたこともある姉を貶め汚す絵。
もてはやしていた男たちもその絵を見て姉を汚す妄想をしているのだと思うと愉快でたまらない。
――もっともっと貶めてあげる。
その名を聞いただけで忌避するくらい。
元の姿なんて思い出せないくらい全部汚してあげると笑みを浮かべる。
一瞬だけ浮かんだ醜悪な笑みは、盲目な宰相補佐や騎士団長の目には映らなかった。
◆◆◆
しばらくして、王国の端の方からとある劇が流行り出した。
低俗な興行を行う芝居小屋で始まったその劇は腹違いの妹を虐げ婚約を破棄された令嬢がその身で罰を受けるというもの。
とある小屋では義妹を男に襲わせようとしたとして複数の男に弄ばれる罰を与えられる内容で。
とある地下劇場では義妹を亡き者にせんとして婚約者の怒りを買い、地下牢にて鞭うたれる罰を得たとの内容で。
とある村では罪の代償として追放された令嬢が盗賊に捕まり奴隷として売られ過酷な日々に身をすり減らす内容で。
中には客にどんな罰が良いと問いかけてそれに準じた行為を見せる興行主まで現れた。
内容の過激さから王都をはじめとしたいくつかの都市では興行が禁止されるほどだった。
しかし禁止されればされるほど、人々の興味を掻き立てられ、別の街までわざわざ見に行く者も少なくない。
世紀の大恋愛の裏側で身を落とした高貴な令嬢の憐れな末路に男たちは盛り上がった。
それは市民も貴族も関係なく。
本来なら想像することも許されない相手を汚す欲望をむき出しに熱狂していた。
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