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5話

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「おい、ちょっとツラ貸せ」

 翌日、教室に入ろうとした俺にそう話しかけてきたのは、やはりと言うべきか、上松くんその人だった。上松くんは俺が学校に来るのを待っていたんだろう。俺と上松くんの異常な様子に、何人かの生徒が振り返って様子を見てくる。このまま教室の前で見世物になる訳にもいかず、俺は荷物を席に置く時間もないまま、素直に彼に連行された。

「あの、上松くん。話って」

「とぼけんな、昨日のことだ」

 連れて来られたのは、使われてない空き教室だった。教室に向かう人の声が遠くから聞こえる。すぐにでも逃げたかったが、彼がそうさせてくれるはずもなく。正直言って、めちゃくちゃ怖かった。

「昨日のこと?」

「忘れたとは言わせないからな! 急にあんなこと……」

 突然、上松くんの顔が真っ赤になった。そうなった理由が分からず、俺も一瞬ぽかんとするが、上松くんが昨日のことを思い出してるんだと気づいて、慌てて止めた。

「や、やめてよ思い出すの! 昨日のこと全部忘れて!」

「俺だって忘れてぇよ! くっそ……お前、俺に何した」

 どうやら上松くんは、昨日のことは俺のせいだと思っているらしい。大正解だ。これで、ご先祖さまが言っていた、「自分が襲ったと思っている可能性」は消えてしまった。
 俺の選択肢は3つだ。1、正直に自分がサキュバスであることを伝え襲ってしまったと話す。2、上松くんの方から襲ってきたことにする。3、誤魔化して有耶無耶にする。2はなしだ。これは昨日自分で決めた。上松くんのせいにはしない。かと言って、1を選ぶのも正直不安だった。もし、上松くんが襲われた腹いせにこのことをバラしたら、俺は高校で生きて行けなくなる。消去法で3しか残っていなかった。

「俺だって分かんないよ」

「……本当か?」

 上松くんは俺の言葉が本当かどうか測りかねているようだった。ここで引き下がるなんてできない。俺は事実を混ぜながら用意した言い訳を話した。

「実は昨日、朝から体調が悪かったんだ。入学式が終わった頃から、それがもっと酷くなっていって」

「俺が声掛けた時か」

「うん。その時はもう、なんて言うか、正気じゃなかったって言うか、自分の意思で体が動かせなくなってて。ね、上松くんもさ、途中から体、変にならなかった?」

 上松くんは、また少し顔を赤くしながら「そういえばそうだった気も……」と呟いた。言ってしまえば、上松くんの正気を失わせたのは、サキュバスの色香、つまり俺のせいだが、それは俺が伝えなければ分からないことだ。そもそも、俺だって、色香のせいで正気を失っている。自分も被害者であると言えた。

「だからね、俺昨日考えたんだ」

 勝負どころはここだ。昨日夢の中で必死になって考えた言い訳が通用するかは、俺の喋りのうまさと上松くんの頭にかかっている。俺は深呼吸して、覚悟を決めた。

「妖怪のせいだと思うんだ」

「は?」

 まあ、そういう反応になるよね。冷静に、真剣に話す。俺はそう心の中で唱えた。

「説明させて。おかしいと思わない? 2人で急に変な気持ちになっちゃって、は、恥ずかしいことしちゃったの、意味わかんないよね。だから、多分俺たちをそうさせた何かがいるんだよ。それが___」

「妖怪だってか」

 俺は頷いた。説得力のない言い訳だとは分かっているが、それでも勝つ見込みはあった。体験した上松くんなら分かるだろう。あの時、自分たちは何か不思議な力、それも外的なものに振り回されて、普通ではなかった。(何度も言うが、これはサキュバスの色香のせいである)ズバリ、それを妖怪のせいにして、妖怪の力で2人とも操られていたことにする。そんな妖怪がいるかどうかは知らないが、きっといると信じよう。上松くんは考え込んでいるみたいだった。俺は上松くんの反応を待った。上松くんが俺をじっと睨みつけて来る。俺も負けじと睨み返した。イケるか。どうだ。ちなみにこれ以外の言い訳は用意していない。この言い訳を鼻では笑われたら俺は敗北である。その時、上松くんの雰囲気がふと柔らかくなったような気がした。

「…………なるほど」

 やった、イケた! 声に出して喜ぶわけには行かないから、俺は内心でガッツポーズする。

「俺もお前も、その妖怪の被害者だったってわけか」

「多分ね!」

 まだ少し納得が行ってないみたいだが、ここは力押しだ。なんとか妖怪のせいにするため、「きっと、学校にそういう妖怪が住み着いてるんだよ」とか「上松くん、霊感とか強くない?」とか思いつく限りに話した。しばらくそうして、気づくと朝礼が始まる2分前になっていた。

「上松くん、時間」

「ああ……」

 教室を出ようとして、突然上松くんが振り返った。もしや嘘がバレたかと身構えたが違ったようだ。「あー」だが「おー」だか繰り返した後に、上松くんは、「名前、なに?」と聞いてきた。

「し、知らなかったの!?」

「入学式寝てたんだよ。あの時は、聞くなんてテンションじゃなかったし……」

 あの時とは、つまりトイレでの時だろう。まあ確かに自己紹介なんてする雰囲気じゃなかったか。どうでもいいが、昨日のことを話す度に上松くんの顔が赤くなるのが気になった。

「一ノ瀬、瑞月です」

「上松光牙だ。昨日あったことは、誰にも言うなよ」

「言わないよ!」

 そう話しながら教室に向かう。昨日あんなことを来ておきながら、まるで友達同士みたいだと思った。

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