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7話

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「魔法の薬」という便利アイテムを手に入れた俺は、さっそく食事の相手を探した。しかし……
 
(これ、結構難しくないか?)
 
 相手選びは難航していた。というのも、選ぶ余裕ができたせいで、あの人はどうだろうとあたりを付けても、「でも怖そうだしな、止めとこう」「彼女いそうだし、それはちょっとな」と選べない理由が見つかってしまうからだ。また、狙った相手を2人きりになることも、案外難しかった。どうしよう、はやく相手を見つけなきゃ、淫紋が出て前みたいなことになっちゃう。ちなみに、上松くんという選択肢はない。いくら薬があるとは言え、短期間の間に何度も同じ人物を相手として選ぶことはリスクがあると思った。
 
「瑞月―? 帰らないの?」
 
 考え込んでいた俺は、唯くんの声にはっと我に返った。椅子に座ってぼうっとしている俺が心配だったのか、唯くんが俺の顔をのぞき込んでいる。
 
「あー、今日委員会の当番なんだ」
 
「図書委員会だっけ? じゃあ俺、先帰ろっかな」
 
 部活に入っていない人間にとって、放課後はさっさと帰るか遊ぶする時間だ。俺も図書委員の仕事が終わったらさっさと帰ろうと思い、「またね」と言う唯くんに手を振った。
 

 
 図書室へ向かうと、カウンターにはすでに人が座っていた。宇野邦俊先輩だ。3年の先輩で、図書委員会の委員長でもある。今日の図書当番は、彼と俺の2人だった。
 
「一ノ瀬くんって、当番今日が初めてだよね」
 
「はい。仕事って、本の貸し出しと記録付けるだけですよね」
 
「うん。返却された本は、ナンバーを見て本棚に返していけばいいから」
 
 俺がうんうんと頷きながら話を聞いていると、「まあ、利用者は多くないから、ゆっくり覚えればいいよ」と先輩は笑った。
 
「前は図書室で勉強をする生徒がいたけど、学習室ができた関係でここにあった勉強机も片付けられてね。利用者が減るのは楽でいいんだけど、やっぱり寂しいや」
 
 その後も、宇野先輩は俺に仕事の説明をしてくれた。確かに、図書室の利用者は少ないようで、説明されている間に誰かが訪れることはなかった。図書当番は、放課後30分くらい行うという話だったから、残りはあと15分ほど。このまま誰も来ないのかな、ああ、そんなことよりも相手選びだ。まだ決まっていない。俺はそこでふと、あることに気づいた。
 
(あれ、ひょっとして今がチャンスなんじゃないか)
 
 横を見ると、先輩がいる。他には誰もいない。優しくて、かつ普段の学校ではあまり顔を合わせないから、気まずい気持ちにならなくて済む。先輩に彼女がいる可能性はあるけど、意識すると、どんどんお腹が減ってきた。
 
「……あの、先輩って彼女いますか?」
 
「えっ、いないけど……」
 
 心臓がどきどきとして、変に汗をかいてきた。これは絶好の機会だ。でも宇野先輩は、年下にも気遣えて、仕事がすごくできる人で、無理やり襲うのは……いや、決めただろう、友だちを大切にする。そのためには、どんなこともするって。空腹感はどんどんと増していって、多分もう、俺の方も限界だ。俺はポケットに入れている小瓶の蓋を撫でた。覚悟を決めろ、行くしかない。
 
「一ノ瀬くん、顔赤いけど大丈夫? もしかして熱とかっ、んぅ」
 
 俺は小瓶を取り出して薬を1つ口に放り込むと、その勢いのまま隣にいる宇野先輩の唇に自分の唇を押し当てた。宇野先輩は驚いて、口が半開きになっている。俺は薬を舌で押して、先輩の口に入れた。
 
「ぷはっ、いちのせくんっ何を」
 
 お腹がじくじくと熱い。空腹感と甘い痛みが一緒に来て、頭が可笑しくなりそうだった。宇野先輩は、顔を真っ赤にして俺のことを見ていた。その唇は2人の唾液でてらてらと濡れている。きっと俺の唇も濡れているんだろう。俺は自分の唇を、ぺろりと舐めた。
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