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42 終わりへの道

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一方、ここはトウセイが去って行った物置部屋。そこでグレンノルトは、自分の無力さを思い知らされていた。

(くっそ、何が守るだ! 俺が彼に守られてるんじゃないか!)

 トウセイは優しいから、心の底から嫌っている俺であっても、危険が及ぶ可能性があるなら、大人しく人攫いたちに従うだろう。そんな彼をすぐにでも助けに行けない自身の現状が悔しい。グレンノルトは耐えるようにうずくまり、体を震わせた。そして、足枷と鎖が目に入った。両足の足首に付けられた、鉄製の足枷。それらはそれぞれ鎖が繋がっており、その鎖は床に繋がっている。

(外すには鍵が必要か……いやそんな流暢なことを考えている暇はない)

 グレンノルトは躊躇いなく、足枷に繋がっている鎖に噛り付いた。

「何してやがる!」

 異変に気付いたのか、外にいた見張りが部屋へと入って来た。グレンノルトが鎖を噛み切ろうとしているのを見て、短剣を手に慌てて走ってくる。グレンノルトにとって、それがねらいだった。

「てめぇ!」

 グレンノルトは屈めていた上体を勢いよく起こした。そして、男が手に持っている短剣に噛みつき、その手から短剣を奪う。鎖を断ち切る道具を手に入れたグレンノルトは、突然のことに驚く見張りの顔面を両手の手枷で勢いよく殴った。見張りの口からくぐもった声が漏れ、そしてずるずると倒れていく。その様子を視界の端に捉えながら、グレンノルトは、手に持った短剣を一直線に、床に繋がっている鎖に振り下ろした。カキンッと音がして欠けた金属が飛び、足枷はついていながらも右足は自由となる。同じ要領で左足の鎖も切ったグレンノルトは、血がにじむ口の端を拭いながら立ち上がった。
 攫ってきた商品をすぐ売ってしまうか、手元に置いておくかは人攫いによって違う。しかし、この拠点を見ると長く過ごすのに向いている建物ではないようだ。大事な商品が病気を患ったり、怪我をする可能性を考えると、多分あの人攫いたちは前者だろう。連れていかれたトウセイが、今日のうちに人間コレクターの貴族に売られる可能性もあるのだ。グレンノルトは目についた人攫いを後ろから襲撃し、トウセイの居場所を吐かせると、そいつから剣を拝借し先を急いだ。

 *

「へぇ、なかなかのものにはなったな」

 化粧と髪の手入れが終わった俺の姿を見て、男は感心したようにそう言った。奴に何を褒められようが、少しも嬉しくない。俺は男から視線を逸らす。男は気にした風もなく、「じゃあ、行くか」と俺の手を掴んで、部屋を出た。歩くたびに、髪に付けられた飾りがシャラシャラと揺れて邪魔くさい。

「……俺はどこに連れてかれてるんですか」
「あんたの主人になる御方の元だよ。もう、あんたの買い手は決まってる。貴族で金持ちだから、きっと良い生活させてくれるぜ?」

 何が良い生活だ。転移者としてしか俺を見れない金持ちなんだろう。そんな人間に買われ、過ごす生活は、きっと「最悪」しかない。いくつもの部屋の前を通り過ぎ、窓さえない刑務所のような道を男に連れられながら、どうにか逃げ出すチャンスをうかがった。

(音……? なんだろう、この音)

 ふと、不審な音が聞こえた気がした。気になった俺は足を止めようとするが、俺の腕を掴んでいる男がそれを許さない。「さっさと歩け」と強く腕を引かれ、俺は歩き続けるしかなかった。

「……」
 
 俺は段々と不安な気持ちが強まって行った。ここまでずっと、逃げ出すチャンスを探していた。しかし、どのタイミングでもこの男が近くにいて、そのチャンスは生まれない。もしかして、はじめから逃げ出せる可能性なんてなかったんじゃないか。そう思うと足取りは重くなった。このまま男に着いて行くのが怖くなった。

「なぁ、騎士サマのこと忘れたのか? あんたが素直にこっちに従うなら、あの騎士サマは無事に解放する。抵抗するなら、あの騎士サマの命の保障はできないぜ」

 男は「あんたもあの騎士サマが死ぬのは嫌だろ?」と聞いてきた。グレンは嘘つきで、俺はあの男に騙された。それでも、未だ俺は本心から彼のことを嫌いになれずにいた。気持ちがぐちゃぐちゃになって、目に涙が浮かぶ。冷たく、暗い石造りの道を、俺は足をもつれさせながら歩いた。そして、男は一つの扉の前で足を止めた。

「あんたの主人は、この部屋にいる。精々、大人しくしてろよ転移者サマ」

 男は笑いながらそう言うと、一息つく間のなくその扉を開けた。
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