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1章
7話 姉のぬくもり
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少女と出会ってから丸二日たった。
ずっと森を歩き回っているのに、いまだに裂け目は見つかっていない。
少女も、僕も、焦りを感じていた。
でも、いま、僕の胸にあるのは別の不安だ。
……姉さんにバレている気がする。
静かに扉を開けると、薬草と火のにおいがふわっと広がった。
「おかえり、トウヤ」
姉さんは、石台のそばに座っていた。
僕を待っていたみたいだ。
「遅かったのね」
「う、うん。ちょっと遠くまで散歩してて」
目をそらしながら、棚の干し肉に手を伸ばす。
姉さんは、僕の手元に目をやった。
「また、持っていくの?」
心臓がぎゅっと止まったみたいだった。
「な、なんのこと?」
「隠さなくていいのよ」
姉さんは優しく笑う。
その笑顔が、逆に僕の逃げ場をなくす。
「何日か前から食べ物が減っているわね」
「…………」
「誰かに与えているのね。誰かを、助けてあげてるんでしょう」
姉さんの声は確信を持っているようだった。
でも、姉さんは僕を責めない。
全部わかったうえで、包み込むように言う。
「ねぇ、トウヤ。あなたって、昔から、困っている人をほっとけない子だったわ」
姉さんは僕の頭をそっとなでた。
その指先はあたたかいのに、なぜか震えていた。
「……私、本当はずっと怖いの」
僕は顔を上げた。
姉さんの瞳が揺れている。
「あなたが……母さんみたいに、ある日ふっと消えてしまうんじゃないかって」
その言葉が胸をひどく締めつけた。
姉さんの頬には、かすかに涙の跡。
普段の強さはどこにもなくて、そこには、僕を失うのが怖くてたまらない姉がいた。
その弱さが、どうしようもなく愛しくて、苦しい。
姉さんはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「覚えてる?」
姉さんは静かに話し出した。
「まだあなたが五歳くらいのころ。あなたが“角なし”って言われて、里の子たちに押し倒されて、泣いていたことがあったでしょう?」
土の上で泣きじゃくる記憶がよみがえる。
「そのとき、私は怖かった。あの子たちに逆らったら、私も叩かれるって。でも、あなたが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に私に言ったの」
姉さんは小さく笑う。
「姉さん、こないで……僕のせいで姉さんが殴られちゃうって。そんなふうに泣く子供、見たことなかったわ」
姉さんは続ける。
「だから、私はあなたの前に立った。あの子たちの棍棒を全部受けた。痛かったけど、不思議と涙は出なかった」
あたたかい手が、そっと僕の頬を包む。
「だって……あなたを守るほうが、ずっと大事だったから」
胸が熱くて、呼吸がくるしくなる。
「姉さん……ごめん」
「そんな顔しないで」
姉さんは僕の手を取った。
「あなたの優しさは、母さんそっくりよ。その優しさが正しいのかどうか、私にはわからない。でも……私はトウヤを信じてる」
次の瞬間、姉さんは僕を抱きしめた。
子どものころと同じ、あたたかい腕で。
「あなたが正しいと思うことをやりなさい。何かあったときは……」
僕は姉さんの背中にそっと手を回した。
「大丈夫。僕は消えないよ。ずっと、ずっと、姉さんと一緒さ」
心のどこかでは予感があった。
この約束は、この先破られるかもしれない。
それでも、僕は、言わずにはいられなかったんだ。
姉さんは涙をぬぐって、少し笑った。
「……食料、持っていきなさい。困っている子を助けてあげるのよ」
「ありがとう、姉さん」
袋に干し肉と水を詰める。
家を出ようとすると、姉さんが静かに言った。
「気をつけてね、トウヤ」
振り返ると、姉さんがおだやかに笑っていた。
その光景は、僕の胸に深く刻まれた。
そして――僕を永遠に苦しめる記憶になったんだ。
ずっと森を歩き回っているのに、いまだに裂け目は見つかっていない。
少女も、僕も、焦りを感じていた。
でも、いま、僕の胸にあるのは別の不安だ。
……姉さんにバレている気がする。
静かに扉を開けると、薬草と火のにおいがふわっと広がった。
「おかえり、トウヤ」
姉さんは、石台のそばに座っていた。
僕を待っていたみたいだ。
「遅かったのね」
「う、うん。ちょっと遠くまで散歩してて」
目をそらしながら、棚の干し肉に手を伸ばす。
姉さんは、僕の手元に目をやった。
「また、持っていくの?」
心臓がぎゅっと止まったみたいだった。
「な、なんのこと?」
「隠さなくていいのよ」
姉さんは優しく笑う。
その笑顔が、逆に僕の逃げ場をなくす。
「何日か前から食べ物が減っているわね」
「…………」
「誰かに与えているのね。誰かを、助けてあげてるんでしょう」
姉さんの声は確信を持っているようだった。
でも、姉さんは僕を責めない。
全部わかったうえで、包み込むように言う。
「ねぇ、トウヤ。あなたって、昔から、困っている人をほっとけない子だったわ」
姉さんは僕の頭をそっとなでた。
その指先はあたたかいのに、なぜか震えていた。
「……私、本当はずっと怖いの」
僕は顔を上げた。
姉さんの瞳が揺れている。
「あなたが……母さんみたいに、ある日ふっと消えてしまうんじゃないかって」
その言葉が胸をひどく締めつけた。
姉さんの頬には、かすかに涙の跡。
普段の強さはどこにもなくて、そこには、僕を失うのが怖くてたまらない姉がいた。
その弱さが、どうしようもなく愛しくて、苦しい。
姉さんはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「覚えてる?」
姉さんは静かに話し出した。
「まだあなたが五歳くらいのころ。あなたが“角なし”って言われて、里の子たちに押し倒されて、泣いていたことがあったでしょう?」
土の上で泣きじゃくる記憶がよみがえる。
「そのとき、私は怖かった。あの子たちに逆らったら、私も叩かれるって。でも、あなたが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に私に言ったの」
姉さんは小さく笑う。
「姉さん、こないで……僕のせいで姉さんが殴られちゃうって。そんなふうに泣く子供、見たことなかったわ」
姉さんは続ける。
「だから、私はあなたの前に立った。あの子たちの棍棒を全部受けた。痛かったけど、不思議と涙は出なかった」
あたたかい手が、そっと僕の頬を包む。
「だって……あなたを守るほうが、ずっと大事だったから」
胸が熱くて、呼吸がくるしくなる。
「姉さん……ごめん」
「そんな顔しないで」
姉さんは僕の手を取った。
「あなたの優しさは、母さんそっくりよ。その優しさが正しいのかどうか、私にはわからない。でも……私はトウヤを信じてる」
次の瞬間、姉さんは僕を抱きしめた。
子どものころと同じ、あたたかい腕で。
「あなたが正しいと思うことをやりなさい。何かあったときは……」
僕は姉さんの背中にそっと手を回した。
「大丈夫。僕は消えないよ。ずっと、ずっと、姉さんと一緒さ」
心のどこかでは予感があった。
この約束は、この先破られるかもしれない。
それでも、僕は、言わずにはいられなかったんだ。
姉さんは涙をぬぐって、少し笑った。
「……食料、持っていきなさい。困っている子を助けてあげるのよ」
「ありがとう、姉さん」
袋に干し肉と水を詰める。
家を出ようとすると、姉さんが静かに言った。
「気をつけてね、トウヤ」
振り返ると、姉さんがおだやかに笑っていた。
その光景は、僕の胸に深く刻まれた。
そして――僕を永遠に苦しめる記憶になったんだ。
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