鬼狩りトウヤ ―最後の鬼になる少年―

かさい さとし

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1章 

11話 友の殺意

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森は静かだった。

湿った空気が肌にはりつく。

「おい、トウヤ、その人間をどうするつもりだ」

低く押し殺した声。

「どけよ、ジン。急いでるんだ」

「答えろ!」

森の空気が震えた。

ジンは歯を食いしばり、唇を震わせている。

怒りを抑えようとしているのがわかる。

「トウヤ、俺……信じてるんだぜ。お前だけは裏切らねぇって」

優しげに語りかけてくるのに、目だけはまったく笑っていない。

「だから、答えてくれよ。人間を……どうする気だ?」

少女が、僕の服の端をぎゅっとつまむ。

僕は息を吸い、吐いた。

「逃がす」

ジンの顔から表情が消えた。

「逃がす、だと?」

「この子は――」

「黙れ」

その一言で、森の鳥が一斉に飛び立った。

ジンの肩が大きく上下している。

「トウヤ。俺の母ちゃんは、人間に殺されたんだよ」

その言葉は重かった。

ジンは拳を握りしめて続ける。

「“鬼狩り”に殺されたんだ。腹裂かれて、肉を引きずり出されて、笑いながら殺された」

ジンの顔は憎しみで塗りつぶされていた。

「俺は誓った。人間は殺す。人間に味方する鬼は、もっと殺す。掟なんか関係ない。俺自身の誓いなんだよ」

ジンが手を差し出してくる。

「なぁトウヤ。その人間を渡せよ。渡すだけでいい。そしたら……お前は殺さねぇ」

その声には、本気で“助けたい”という気持ちが混じっていた。

僕はジンの手を見つめ、ゆっくり口を開いた。

「ジン、ひとつ、聞かせてくれよ」

「なんだよ」

「……姉さんは、どんな味だったんだ?」

ジンの眉がピクリと動く。

森が静まり返った。

「お前、姉さんを食ったろ」

数秒の空白。

そして、ジンは答える。

「食った」

迷いがない。

「人間に味方したユナが悪い。当然だろ」

カチン、と何かが砕けた。

僕の中で黒い熱が立ち上がる。

深くて、暗くて、きっと名前のない感情なんだ。

「やっぱり……お前は鬼だよ、ジン。汚くて、醜い、最低の鬼だ」

体中が熱を帯びている。

覚悟が血の流れを変えていた。

「僕は――鬼を滅ぼす」

ジンの顔に深い影が落ちた。

目の奥に僕とおなじ黒い熱が見える。

「ああ、そうかよ」

静かに呟く。

「なら、お前はもう友達じゃねぇ」

ジンの足もとから、鬼気がどっとあふれ出す。

地面がひび割れた。

「裏切りもんがぁ!」

「来いよ、ジン!」

僕らの足が同時に地面を蹴った。

――殺し合いが始まった。



森に湿った風が吹きぬけた。

その風を裂くように――ジンが飛び込んでくる。

「ッ!」

反応より速く、拳が頬を打つ。

骨が軋み、視界がぐらりと揺れた。

二撃目。腹をえぐる衝撃。

胃がひっくり返り、息がもれ、地面へ転がる。

その体を、ジンは迷いなく蹴りあげた。

肋骨が嫌な音を立て、肺から呼吸が押し出される。

「どうしたよ! 鬼を滅ぼすんじゃなかったのか!」

怒りに満ちた声が、耳鳴りの隙間からねじ込まれる。

「だまれよ」

「あ?」

次の瞬間、ジンが消えた。

反射でしゃがみ込むと、風が頭上を吹きぬけた。

「動けんじゃねぇかよ、トウヤ!」

拳が肩を打つ。

体がごろりと転がる。

痛い。でも、怒りが痛みを焼きつくしていく。

ジンの足が振り上げられた瞬間、僕は地面を蹴ってもぐりこんだ。

肘をジンの腹に打ちこむ。

「ぐっ……!」

こっちの腕が痺れるほどなのに、ジンは一歩下がっただけ。

それでも呼吸がわずかに乱れた。

逃す気はない。

喉元めがけて拳を突き上げるけど、ジンに軽々と掴まれる。

「弱ぇんだよ、お前はずっと。だから何も守れねぇ」

ジンの口元が歪む。

「ユナが死んだのだって、お前が弱いせいだ」

その言葉で記憶がよみがえる。

姉さんの叫び。

肉を裂かれる音。

ジンの血で濡れた口元。

こいつが……姉さんを……

「殺してやる」

喉の奥から、低い声が漏れた。

「なんだと?」

「殺してやるっ!」

視界が赤く染まっていく。

血が逆流する。

全身が熱に包まれ、皮膚の下でその熱が暴れまわる。

――鬼の血が、目を覚ます。

「おおおっ!」

僕はジンの首筋をつかんだ。

ジンの目が大きく開く。

「は……?」

押しつぶす。

さっきまでの僕の力じゃない。

「チッ……調子に乗んなよォ!!」

爪が頬を裂く。

血が飛ぶ。

それでも、止まらない。

拳と拳が何度もぶつかる。

骨がぶつかるたび、衝撃が腕を砕こうとする。

痛みはとうに限界を超えている。

でも、絶対に倒れるわけにはいかない。

「この裏切りもんが!」

「姉さんを殺しておいて……裏切りも何もあるかよ!」

最後の力を足に込めた。

地面が砕け、振りぬいた拳がジンの胸へと届く。

ジンが宙に舞い、木へ叩きつけられた。

「ぐっ……がはっ!」

立ち上がろうとするジン。

でも体はいうことを聞いていないようだ。

「クソッ」

ジンは歯を食いしばり、片膝を立て、また崩れ落ちる。

「ふざけんな……!お前が……俺より……強ぇわけ……!」

僕はジンの前へ立つ。

ジンが顔をあげる。

物心ついたころから見慣れた顔。

それなのに、今はもう、どこか知らない誰かみたいで……少しだけ胸が痛んだ。

そして、告げる。

「殺さないよ、ジン」

ジンは、理解できないって表情で僕を見つめる。

「は……? なんで……とどめ……」

「今回だけは見逃してやる」

ジンの肩がワナワナと震えだす。

「ふざけんなっ!」

地面を拳で叩きつけ、ジンは怒りに顔を歪めた。

「てめぇふざけんな! なんで殺さねぇんだよ!」

怒鳴り声を背中で受けながら、少女のもとへ向かった。

「こ、こんなに血が……だ、大丈夫なの……?」

「平気だよ。急ごう」

その瞬間――ブオォォォォーーッ!

角笛が森に響き渡った。

掟破りを知らせる音。

振り返ると、ジンの手に角笛がにぎられていた。

ジンは血を吐きながら笑う。

「じゃあな、本気で逃げろよ」

その顔は、もう友達のものじゃなかった。

「い、いかなくちゃ!」

少女が急かす。

僕は最後にジンを一瞥し、裂け目へ向かって走り出した。

里の方から鬼の咆哮が近づいてくる。

後ろでジンが叫んだ。

「トウヤ! 次は絶対に殺すからなぁ!」

こいつは、きっと追ってくる。

次に会うとき、もう僕らに「友達」だった頃の声は残っていない。

――きっと、どちらかが死ぬことになるだろう
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