【完結/R18】前世で王女だった女子大生は、近衛騎士の生まれ変わりの義兄に溺愛される

久藤れい

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16話

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 クルシア王国の王女だったころ、アリエットの肩には様々な責務が圧し掛かっていた。

 最も彼女に求められ、彼女しか成せなかった責務は、内陸国であり三つの国と隣接するという土地柄、隣接するいずれかの王家に嫁ぎ政治的な楔となることだった。

 アリエットには幼い頃からの想い人がいたが、彼に想いを伝えることなど夢物語だった。
 彼女の想い人は、騎士だった。

 アリエットより大きかったけれど、他の大人たちに比べれば小さな体で朝から晩まで木刀で素振りをしている姿に心惹かれた。
 騎士のための訓練場で、彼は誰よりも早く来て、遅くまで居残っていた。

 当時、彼女は十歳で、少年は十五歳であった。
 奇しくも前世でも二人は同じ年の差であったのだ。

 まだ十五歳の少年だったロジェは、アリエットがじいっと稽古をみているのに夕日が落ちるまで気づかなかった。
 眺め出して実に一時間半ほどたってから、彼女の存在に気づいた彼は、慌てふためいてその場に膝をついた。

『かおをあげて』

 幼いアリエットが告げると、恐る恐る顔をあげた。
 その面差しは父の側近の一人、騎士団長のシルバによく似ていた。

 そういえば彼には晩年にできた子供がいたはずだった。
 アリエットに嬉しそうに語ったシルバの言葉を思い出して、彼女は問いを口にした。

『あなた、シルバの子?』
『はい、王女様』

 『王女様』と呼ばれるのはアリエットの常だった。
 慣れ親しんだはずの呼称であったのに、なぜかその瞬間酷く不愉快な気持ちになったのを覚えている。

『……よ』
『え?』
『アリエット、よ。わたくしのなまえ』

 ふてくされてアリエットがそう告げると、ロジェはぱちぱちと瞬きを繰り返してから『アリエット様……?』と小さな声で口にした。

 そのとき、なぜか視界が一気に開けた気がしたのだ。
 胸に広がる不思議な感覚に首を傾げながら、アリエットは頷いた。

『そう、アリエット。こんど王女様とよんだら、おこるわ』
『はい』

 従順に頷いた彼に満足して、呼びに来た侍従へと振り返った。
 その日から、アリエットは時間さえあればロジェの姿を探すようになったのだ。





 王国に不穏な空気が流れ出した頃、アリエットの元にシルバが訪れた。
 老齢の騎士団長は国王に秘密の話があると告げ、彼女の自室にやってきたのだ。

 王女のために整えられた城の一番日当たりのいい奥まった広い室内で、二人は対峙していた。
 絢爛豪華な調度品に囲まれ、国内最高級のドレスを身に纏った彼女の前に、騎士団長のシルバが深々と頭を下げる。
 まるで、何かを希うかのようだった。

『どうしたの、シルバ』
『……アリエット様、どうか、ロジェを頼みます』

 絞り出すように告げられた言葉にガラス細工のような青い瞳を見開いたアリエットの前で、シルバはぽつぽつと語った。

『アレは貴女様に想いを寄せております。本来、叶ってはならぬ想いです。ですが……この国は、きっともう長くはありませんから』

 口にいてはならない禁句を言の葉にして、目を見開く彼女の前で悲しそうに笑ったのだ。

『平時であれば叶わぬ恋が実るのが、戦時というのは――切ないものですなぁ』

 その時の彼の姿は、常の威厳に満ちたものではなく年老いた父親が息子を思うものだった。
 シルバに返事を返せずにいるアリエットに、返答は求めていないとでも言わんばかりに背を向けて、彼は告げた。

『貴女様も倅を憎からず思っておられるのは、城のものは全員知っております。……命を散らす前に、一夜の夢があってもよいのではないかと、老いぼれは考えるのです』

 言葉を失ったアリエットを残して部屋を出ていった奇妙に小さな背中を呆然と見送った。
 その頃のアリエットは、国内の雰囲気が穏やかならざるものだと知っていても、それが示す結末まで考えられていなかったのだ。

 所詮、彼女は温室育ちの王女でしかなかったのだから。
 そして、内乱がはじまって。
 国王を守るために前線に出たシルバの訃報が届いた時、アリエットは覚悟を決めたのだ。

 ――いずれ、自分は死ぬだろう、と。

 だから、その時が来る前に、一度だけ、彼に想いを伝えよう、と。
 悲壮な覚悟を胸に宿して、アリエットはそっと瞼を閉じた。



 * * *



(……ゆめを、みていたのね……)

 やけに重い身体を不思議に思いながら、瞼を閉じたままそっと息を吐く。
 世話になった騎士団長シルバの惨い最後の知らせを聞いた時の感情がよみがえっていた。
 荒れ狂う内心を静めるように呼吸を繰り返していると、驚くほど近い距離で愛おしい人の声がした。

「どうしたんだ、彩花」
「……玲央」

 お義兄ちゃん、ではなく、玲央、と。呼んだ彩花に彼が息をつめたのが伝わってきた。
 両想いになって恋人関係になったのだから、もう『お義兄ちゃん』ではない。彼女の意思表明に、玲央がそっと頭を撫でてくる。

「夢見でも、悪かったのか?」
「……うん。前の夢を、みていたの」

 気持ちよくて甘えるようにすり寄る。そうっと瞼を押し上げると、目の前では玲央が穏やかに微笑んでいる。
 兄ではなく男の顔で微笑む玲央に、胸が甘く疼く。

 彩花は玲央に腕枕をされていた。
 すり、と頬を寄せると抱き寄せられる。大きな胸板に触れて、上目遣いに玲央を見る。

「今日はお風呂に入れてくれなかったの?」
「余韻を楽しみたかったからな」
「ふふ」

 嬉しい言葉を書けられて、彩花は素肌のままぴとりと玲央にくっついた。
 豊満な胸が玲央の逞しい胸板で潰れると、彼は悩ましげな吐息を吐き出す。

「……あまり、煽らないでくれ」
「どうして?」
「彩花を置いて、仕事にいけなくなる」

 本人としては切実な悩みなのだろうが、あまりに可愛らしい言葉にまた彩花はころころと笑った。
 腕の中に彼女を閉じ込めて、玲央が苦言を呈する。

「笑い事じゃないぞ。あんまり休めないんだ」
「有給は?」
「残ってはいるが……まだ六月だからな」

 会社の制度に大学生の彩花は詳しくない。玲央がそういうのならそうなのだろうと納得して、息を吐く。

「今は何時?」
「何時だろうな……まだ夜は明けていない」

 玲央の腕の中では正確な時間がわからない。彩花の問いに、けれど玲央の答えも曖昧だ。

「お仕事に行く前にお風呂に入らないと」
「そうだな。本当は一緒に入りたいが……これ以上は駄目だな」

 熱っぽい息を吐きだして己を戒める玲央の姿がいじらしい。
 今まで頼りがいになる兄だったが、彼氏になった途端に可愛らしく思えてくるのだから、人間の感情は不思議だ。

「ふふ、帰ってきてご飯を食べたら、一緒にお風呂に入ってまたヤろう?」
「彩花から誘ってくれるのか?」
「うん。だって私、もう王女じゃないもの」

 とはいえ、前世でも誘ったのは彩花からではあったのだが。
 悪戯気に笑った彩花に、玲央もくしゃりと表情を崩す。

「そうだな。――俺だけの、彩花だ」

 そう口にしてぎゅうと抱きしめられる。玲央の腕の中で、彩花は人生で一番の幸福を噛みしめていた。





 朝日が昇りきる前に置きだした玲央と交代でシャワーを浴びて、どちらのものかわからない体液を洗い流し、洗濯と乾燥が終わっていた洋服に袖を通す。

 玲央が作ってくれた鯖のみりん焼きと甘い卵焼きとみそ汁にご飯という和食の朝ご飯を平らげた。
 心底残念そうにしながら出社した玲央を見送って、暫くリビングでごろごろとした。

 リビングは寝室ほどではないにしろ、彩花の写真が飾られている。中のいい兄妹だな、と思える程度ではあるのだが。

 ソファに座ってスマホを弄る。テレビもあったが、この時間に興味のある番組はないのでリモコンは放置していた。

 一晩放置していたメッセージアプリを開くと、そこには幼馴染の悠真から鬼のように連絡が入っていた。

「心配させたんだなぁ」

 しみじみと噛みしめる。悠真の連絡はどれも『会えた?』『大丈夫?』『僕が殴ってもいいんだよ』の三つが果てしなく繰り返されている。

 残酷な行動だと理解しながら、一言『両想いになったよ』と打ち込んでメッセージを送る。
 すると五秒もしないうちに返信が来た。
 そこには『よかった』の四文字だけが表示されていて、悠真の優しさに頬がほころぶ。

(ちょっと思い込み激しいところを除けば、良い子なんだよなぁ)

 そんなことを考えながら今度はSNSを開いた。友人たちの他愛のない日常の光景をなんともなしに眺めていると、結構な時間がたってしまう。SNSは時間泥棒だ。

 一通り情報を追いかけ終わり、ふうと息を吐いて背伸びをする。そろそろ帰ろうか。
 合鍵を預かったので、いつでも遊びに来れるから留まることに固執する必要はない。

 伸びをした拍子にずきりと甘く痛んだ腰に手を当てて、彩花は笑み崩れた。
 ここが痛むのは愛があったからだ。それが嬉しい。

(はやくやりたいなぁ)

 愛を確かめ合う行為はとても気持ちいいものだ。
 前世と昨夜の体験でしっかりと学習した彩花は笑みを浮かべて立ち上がる。

「さーて、家に帰って課題でもしようかな」

 大学をサボっているので、せめて課題はこなさなければならない。
 素足でぺたぺたとフローリングの上を移動して、寝室に入ろうとした瞬間。
 ピンポーンと間の抜けた音が響いた。

「?」

 不思議に思って首を傾げ、インターホンに近づく。
 画面の向こうには、険しい表情をした水無瀬が佇んでいた。
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