異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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4.「金のキツネ」と呼べばいいって無理難題!

 

 強行軍だった。
 馬だけ何度も交代して一昼夜走りどおしだった。

(軍隊といっしょに移動するってこういうこと⁈ それにしても急ぎすぎじゃないのっ⁈)

 ふだん王宮から出ることも少ないリラジェンマにとって、揺れる馬車内で一夜を明かしたのは苦行に等しかった。ウィルフレード王太子を見習って横にはなったが、到底眠れるわけが無い。
 ……寝ていないはずなのに、ウィルフレード王太子の赤いマントがいつの間にか自分にかけられていた。
 自分がいつ寝たのか、いつマントが掛けられたのか。どちらも気がつかなかった。リラジェンマは頬を染めながら、寝ているウィルフレード王太子にそっとマントを掛け直した。
 借りたものを返すだけだからと、心の中で言い訳しながら。
 


「あぁ、着いたね」

 馬車の中で寝穢いぎたなく寝ていたウィルフレード王太子は、グランデヌエベの王宮を前にしてあっさり起きあがった。それと前後して馬車がゆっくりと止まる。
 誰に声をかけられた訳でもないのにと、リラジェンマは不思議に思う。そうしてやや呆然と彼を眺めていれば、寝起きのウィルフレード王太子と目が合った。
 とたんに、にっこりと微笑むと切れ長の一重が細くなり本当にキツネを連想させる。

「おはよう、リラジェンマ。リラと呼んでもいい? というか呼ぶね」

「……」

(……このキツネがっ!)

 決定事項なら了解を求めるなと言いたかったが、言っても無駄なような気がして黙った。

「僕のことはねぇ、うーん、なんて呼んで貰おうかなぁ」

(ん? いままで自分のことを『ぼく』と言っていたかしら?)

 たしか、公文書で使うように『私』と言っていたような記憶があるリラジェンマは困惑した。その隙を突いたのか、ウィルフレードは事も無げに提案する。

「――うん、オーロヴォルペ、でいいよ。ぜひ、そう呼んでくれたまえ!」

 目が点になって思わず動きが止まった。
 オーロヴォルペ

(わたくしが『金色キツネさん』だと思ったのがバレた?)

 なんという提案をするのだ、この王太子は!
 彼女の考えが読まれていたかもしれないという危惧はもとより、『キツネ』はグランデヌエベ王国の人間を揶揄やゆする時に使うことばだ。グランデヌエベ国内で、そのあだ名で王太子を呼べるような強心臓はあいにく持ち合わせていない。
 ……心の中でこっそり呼ぶならいざ知らず。

「いいえ、王太子殿下。ぜひっお名前を呼ばせてくださいませっ」

 笑顔が引き攣る、と思いつつ提案すれば、

「えぇー? あだ名も可愛くてよくない?」

 などとウィルフレード王太子は応える。とても邪気は視えない良い笑顔で。

「いいえ! こどもならいざ知らず、この年であだ名など呼びませんでしょう? ぜひっ是が非ともっお名前を呼ばせてくださいませっ」

 力拳ちからこぶしを作りながら言い募れば、ウィルフレード王太子はアハハと白い歯を見せて笑った。

「しょうがないなぁ。そこまで言うのならこれからは『ウィル』と呼んでね」

 次の提案はいきなり愛称である。点になった目が零れ落ちたかと思った。

(また高い基準値を設定してきたわね! この人はっ)

 ほぼ初対面で、どういった人間かもわからない相手の名前呼びを飛び越え愛称で呼べるほど、リラジェンマのつらの皮は厚くないのだ。
 しかも相手は自分を人質として連れてきた男だ。
 ……本人は人質ではなく花嫁、などと言っていたが。

「――ウィルフレード、さま」
「ウィル」

 しぶしぶ名を呼べば即座に訂正される。敬称は不要らしい。

「……ウィル、フレード」
「うぃーる」

 がんばって名前で呼んでみれば、愛称を繰り返される。あくまでも譲る気はないらしい。とても期待に満ち満ちた顔で彼女が自分の愛称を口にするのを待っている。

(……この人、ずいぶんと子どもっぽくないっ?)

「…………うぃる」

 逡巡の末、やっとそう口にすると、ウィルフレードは太陽を連想させる笑顔を見せた。

「うん! さぁ、おいでリラ! これから案内する国はキミの国にもなるんだからね!」

 そう言って有無を言わさずリラジェンマの手を取って馬車から降りた。
 ウィルフレードに手を引かれるまま馬車から降り立ったリラジェンマは、不思議な感覚を覚えた。
 ふわり、と浮いたような。
 温かい何かに包まれたような。

(この感覚……)

 既に懐かしい母国ウナグロッサの王城にいるような。

(この国の始祖霊に受け入れられた、ということかしら)

 戸惑いながら傍らのウィルフレードを見上げれば、彼は優しい瞳でリラジェンマを見つめていた。

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