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36.後見は王家の総意
しおりを挟む夕闇が迫るころ、リラジェンマのもとにウィルフレードが訪れた。
一歩入室しリラジェンマをひとめ見た彼は、頬を紅潮させパァッと瞳を輝かせた。音声としては聞こえなかったが、彼の唇が「かわいい……」という形で動いたのが分かった。
本日のウィルフレードは夜会用だろう黒を基調としたタキシード――白金の刺繍が施されている―――を纏っている。襟元を飾るクラバットは翠色。彼が耳につけたイヤーカフ――白金の地――に施された宝石も翠色。リラジェンマの瞳の色だ。
ウィルフレードはリラジェンマを前にして喜怒哀楽を隠さない。
だれに対しても感情を隠すよう教えられたリラジェンマにとって、彼という存在は驚異だ。いつでもなにをしても、新鮮な表情を見せてくれるウィルフレードに惹きつけられる。
そのウィルフレードが、切れ長の一重を笑みの形に変え……て、がっくりと膝をつくと、苦渋に満ちた声でなにやら呻きだした。
「くっ……は~は~う~え~~っ!」
「え? どうしたの、ウィル?」
地を這うような低い声を出したウィルフレードの突然の行動に、疑問しかないリラジェンマ。
彼女の問いに応えず、彼は部屋の隅に控えていた侍女頭に顔を向けた。
「ハンナっ! どうしてリラが着ているドレスがこれなんだ⁈ 僕が用意した物は⁈ 可愛いけどっ! 凄く可愛いけどもっ‼」
一歩前に足を踏み出し優雅に畏まったハンナは余裕の笑みを見せ応えた。
「本日は、こちらのドレスをお召しいただくよう、王妃殿下よりご指示を承っておりますれば」
「ハンナっ」
いま纏っているリラジェンマの衣装は、そのどこにもウィルフレードの色彩はない。だれが見ても一目瞭然。リラジェンマを花嫁だと「我が妃」だと公言するウィルフレードとしては、不満に思っても致し方ない。そんなこと、この聡い侍女は承知しているはずだとウィルフレードは詰め寄るが。
「王太子殿下におかれましても、ヌエベ家の皆々様が勢揃いすれば王妃殿下のお考えがお判りいただけるかと」
侍女頭のハンナはウィルフレード王太子の訴えをあっさりと受け流し、いい笑顔で太鼓判を押した。
(ヌエベ家の皆々様が勢揃いすれば?)
なぞかけのようなハンナの言葉を理解したのは、舞踏会入場前に王族専用の控室に足を踏み入れた時であった。
リラジェンマたちより先にその部屋で待機していたのは、ビクトール国王、ヴィルヘルミーナ王妃、ベネディクト第二王子、セレーネ第二王子妃の四名。
「あぁ! リラ! わたくしの選んだ衣装の似合うこと! 素晴らしいわっ! なんて愛らしいのでしょう!」
そう言いながら駆け寄ってきたヴィルヘルミーナ王妃殿下が着用しているドレスは白を基調としているが、そこここに翠のレースをアクセントに使われたイブニングドレス。スカートの前面にわざと開いたスリットがあり、王妃殿下が歩くたびに彼女のうつくしい膝下が晒される。その足が履いているのは、リラジェンマが履いているのと同型のミュール。
(おかあさま……お足元がっ。ミュールを目立たせるために、わざと露出させるなんて革新的だわ! ナイティみたいで色っぽい……ドキドキしちゃう。……それに、もしかしてわたくしの色彩を纏っていらっしゃるの?)
彼女の首元を飾るネックレスの宝石も翠。ティアラやピアス、ブレスレットまで同じ翠色だ。
因みに、彼女はウィルフレードと同じ金髪と、薄紫の瞳。彼女自身に翠色の要素はない。
恐る恐る国王陛下を見れば、彼もウィルフレードが着ているような銀糸で刺繍が施された暗い色のタキシードを着用していた。勿論、首元のクラバットは翠色。
(陛下までっ⁈)
ブルネットの髪に黄水晶の瞳をもつビクトール国王陛下にも、翠色の要素はない。
「リラさま。本当によくお似合いです。王妃殿下のお見立ては確かですわね」
王妃の後ろから顔を出したセレーネ妃が笑顔でリラジェンマを褒める。
彼女のドレスも翠色が主体。流石に瞳の色が翠色のセレーネ妃がこの色のドレスをまとっても違和感はない。とはいえ、こうもあからさまに翠色を主張したドレスを着るものだろうか。
(着るときもあるでしょうけど、こうやって皆さまが勢揃いされるとその意図はあからさまになるわね……)
彼女の夫、ベネディクト王子殿下もやはり銀糸の刺繍がうつくしい黒のタキシードに、クラバットも翠。この『妻バカ』である殿下は妻の色を纏って至極当然という顔をしている。
(でもその銀糸の刺繍……わたくしの髪の色に寄せているわね)
因みに、ベネディクト殿下の瞳も黄水晶。髪は青銅色。
(あなたの妻はあなたの色を纏っていませんが、それは無視? えぇ、それが家庭円満の第一歩ですわね)
「なるほど。王家全員がリラの後ろ盾だと無言のアピールが出来るな」
ウィルフレードが溜息混じりに呟いた。
(ハンナの言っていた“ヌエベ家の皆々様が勢揃いすれば”ってこれのことなのね)
とはいえ。
「おかあさま。よろしいのですか?」
こうまであからさまにしてもいいのかとリラジェンマが問えば。
「うふ。よくてよ。どうやら貴族たちはリラの情報を掴みかねているみたいでね。だから思い知らせてあげるの。リラが既にわたくしたちの家族だという現実をね」
冴え冴えとした微笑を湛えてヴィルヘルミーナ王妃は応えた。リラジェンマの瞳には王妃の背後にあの威風堂々とした女神像が視える。
「兄上がわざわざ出向いてその手で連れ帰った。この意味を認められない輩も数人、いるんですよ。嘆かわしいことに」
ベネディクト第二王子も肩を竦めながら王妃に続く。右の口の端だけを持ち上げる笑い方は、男性的な風貌の彼がするとなんだか悪巧みをしているようだ。
「ま、これで黙るなら安いモノだ」
国王陛下も同じような笑い方をしながらそう言った。
彼らの言を聞き、リラジェンマは悟った。
どうやら自分の娘を王太子妃にと望む貴族が未だにいるのだ、と。王太子は長い間、正妃はおろか婚約者すら決めていなかったのだから致し方ないと言える。
その王太子が急遽隣国から花嫁を連れて来たという情報を得て不平不満を訴えているのだろう。おそらく、『どこの馬の骨だ』くらいの罵倒はしているはずだ。
そんなときに開かれる舞踏会。
果たしてどのような娘が王太子妃を名乗るのか、虎視眈々と注目されるのは間違いない。
(これは、わたくしの後ろ盾はヌエベ王家全員だと知らしめると同時に、王家の意向をどこまで汲むことができるのか。貴族たちへの試金石でもあるのね)
さらに。
リラジェンマ本人は王家の色彩である黄水晶ではなく、王妃殿下の瞳の色である紫を身に付けている。
ヌエベ王家のオピニオンリーダーは誰なのか、わからない貴族は社交界から追い出されるだろう。
となれば。
リラジェンマにできることは、ただひとつ。
だれにも後ろ指さされることのない、完璧な王太子妃として振る舞うのみ。
(ウナグロッサの王女というのは言うべきなのかしら)
どうやら、ウィルフレードや王妃殿下たちはリラジェンマが王女であるという事実を意図的に隠しているように感じるのだ。お陰で自ら名乗ってもいいのか判断できない。
(おかあさまたちが思い描く想定図を、わたくしが潰すわけにはいかないものね)
さすがキツネの総元締めだとリラジェンマはこっそり納得した。
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