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51.ウィルフレードと第一神殿で
しおりを挟む悪霊。
死んだ人間はすべて精霊になるこの世界で、恨みを持ちつつ死んだ者や誰にも弔われず寂しく死んだ者がなるといわれている。現世に生きている人間を恨み、不運を齎す存在。
「僕が佑霊から聞いた話だけどね。悪霊って、存在そのものは一般的な普通の精霊より小さく弱い。
だけど周囲に多大な悪影響を与える存在なんだって。
普通の精霊でも悪霊と触れあうことによって影響を受け悪霊に変化してしまう。そうやってどんどん増えて、人の世に災いとなり関わってこようとする。
人を呪い、破滅に導く存在。それが悪霊なんだと」
「どんどん、ふえる?」
「そう。だから定期的に祓わなければならない。僕はそう聞いた」
「祭祀で祓えるの?」
「少なくとも、グランデヌエベではそうだ。父上は定期的に国内の神殿巡りをして祈りを捧げている。たぶん、ウナグロッサでもそうだったと思う。ただ……、正しい祭祀は王族が捧げる祈りでないと意味がないそうだから、前女王が亡くなってからろくな祭祀を行っていないウナグロッサは……悪霊が蔓延っている状態だ」
「はびこって、いる」
「そう。リラを迎えに行ったとき驚いた。王太女を守る親衛隊? だったかな、彼らの中の何人かが悪霊に懐かれ始めていた」
「なつかれ、はじめる?」
「そう。本来、騎士団や近衛隊の人間は佑霊……あぁ、ウナグロッサでは『始祖霊』というのだったかな。始祖霊に懐かれ易いはずなんだ。生前の自分がその任についていたから、後輩を応援したり守ったりするはずで……だというのに、始祖霊は見当たらず悪霊が微妙な数だけど、いて……」
そういえば、初めて会ったときのウィルフレードはウナグロッサの王太女親衛隊を見ながら言った。
『微妙……混じってんなぁ』と。
リラジェンマはそれを聞き、親衛隊の質が“微妙”なのか、と推測したのだが、“微妙”な数の悪霊が存在し始めたことを差していたのだ。
「あの時は、まだ悪さする程の数ではなかったけど……今現在はどうなっているのか、私にもわからない」
ウナグロッサは前女王が亡くなってから八年もの間、まともな祭祀を行っていない。ということは……。
「ウナグロッサが悪天候に見舞われている理由は、悪霊が蔓延しているせいなのね」
確認するようにリラジェンマが口にすれば、ウィルフレードは頷いた。
「推測ではあるが、たぶんそうだ。それと正しい後継者である君の不在」
「わたくし?」
「そう。君がいたからこそ、ぎりぎり均衡を保っていたのだと思う。始祖霊たちは国を、というより君を守るために存在していたように、私には感じた。その君がいなくなったから、始祖霊は働かなくなった」
ウィルフレードは推測だというが、恐らくその推測は正確に状況を捉えている。
八年間、正しい祭祀を行わなかったせいで増えた悪霊。
守る対象を失い機能しなくなった始祖霊。
人の世に介入したがる悪霊たちにより、長雨がつづく。
――それが現在のウナグロッサ。
「……ウィル。わたくし……わたくしはウナグロッサに戻りたい。戻って大神殿でちゃんと祭祀を執り行いたいの。正統な王として」
(とうとう言ってしまった)
自分の本当の望み。自分を育んだウナグロッサと、かの国の民のために正式な祭祀を執り行いたいという。
(だから、わたくしの方から“好き”って言えなかったのだわ)
ウィルフレードが示す愛情表現が嬉しかったのは確か。でも同じ言葉を返せなかったのはなぜだろうと密かに疑問に思っていた。
いつも飄々として捉えどころのない彼が信じきれないのかも? と思ったが、そうではなかったのだ。
リラジェンマが彼女の義務を、『女王になるはずだった自分』を放棄できなかったのだ。
だから、ウィルフレードに応えることが出来なかった。
いずれ、今日のような決心をする日がくると予感していたから。
「なんのために?」
「え?」
意外なほど無表情のまま、ウィルフレードは問う。それはグランデヌエベ王国王太子としての問いであった。
「なんのために戻ると? リラ。君は既にこの国の人間だ。今日の昼間も君の愚妹相手に言っていたじゃないか。終始相手の名前は呼ばず他国の人間として扱い、“何やら世迷言をほざき、我が国に入国したようだが”と言った。完全にグランデヌエベ国民としての発言だったな、あれは。私はとても嬉しく誇らしかった」
そうだっただろうか。
あのときのリラジェンマは、ただ夢中だった。早くあの愚妹を退去させたかっただけで、そこまで深く考えて行動したわけではない。
あのときは、ウィルフレードが辛そうだったから。
ただ、夢中で。
ウィルフレードの、ために。
「それに、ちょっと武力をちらつかせて脅せば世継ぎ姫をホイホイ差し出すような国だぞ? そんな国に戻りたいのか?」
重ねて問われ、ウナグロッサ上層部の人間の顔を思い出す。
(確かに、上層部の者たちは半数以上、国王代理の言いなりのようになっていたわ)
それでも残り半数はリラジェンマのためにと、真摯に働いてくれていた。
あの国にいる血の繋がった肉親は父のみ。その父がリラジェンマを他国へ追いやった。
しかし。
だまし討ちのような状態で王宮を出たとはいえ、リラジェンマ自身が納得して出国したのだ。
国民を守るために、と。
「父に未練があるわけではありません。上層部の半分はお飾りです。それでもわたくしには……あの国を、なんの罪もない国民を見捨てることは、どうしてもできない。……それだけです」
長雨が続いて被害に遭うのは国民だ。
国力が衰え、飢えて、一番の被害を被るのも国民だ。
『だれもかれも愛すべきわたくしの国民です』
生前の母の言葉が脳裏を過る。
『いずれ女王となるあなたは国民ひとりひとりを守らなければなりません。それが上に立つ者の努めなのです。
リラジェンマ。努々それを忘れてはなりませんよ』
母は最期まで女王として生きた。長雨の中、大神殿へ赴きその帰りに事故にあって命を落とした。そんな彼女の生き方をリラジェンマは誇りに思う。
「やっぱりわたくしはウナグロッサの王女なのです。愛する国民を捨てられません。
だから……ウィルフレード王太子殿下。わたくしに祭祀の方法を教えて下さい。お願い致します」
リラジェンマはそう言いながらウィルフレードの前に跪いた。
まっすぐに顔を上げ、ウィルフレードの顔を見つめる。
場の空気がピンと張り詰め、どこか寒々しい。
王太子の顔をしたウィルフレードは、ただ黙ってリラジェンマを見つめ返す。
その黄水晶の瞳はいつも蕩けるようにリラジェンマを見つめていたのだが、そこから読み取れるものは――今はなにも、無かった。
(ウィルのくれた言葉の数々、嬉しかったわ)
好きだと。
一緒にいたいのだと。
小さな人形にして持ち歩きたいくらいなのだと。
彼の他愛ない言葉が嬉しかった。
彼と一緒にいたいと思ってしまった。
だが、自分は責任ある王女として生まれ育ったのだ。その責任を全うする義務があるのだ。
この恋心は封印しなければならないのだ。
彼とは結ばれず、自分は女王として生きる――
「とりあえず」
そう言いながらウィルフレードは芝生の上――跪いたリラジェンマの正面――に腰を下ろした。
「僕の立てた仮説、聞いてくれないかな。リラもちゃんと座って。長い話になるから」
(ん……? わたくし、わりと悲壮な覚悟で提案したのだけど)
先ほどまでの張り詰めた空気が、いつの間にか無くなっている。
ウィルフレードが口の右端をあげて笑う、なにか企む様な笑顔を見せたときから。
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