異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

文字の大きさ
52 / 66

52.「ただその時。僕はリラと手を繋いでいた」

しおりを挟む
 
「リラは、近衛の詰め所で僕が体調を崩したことをどう見ている?」

 ウィルフレードにそう尋ねられたリラジェンマの脳裏に浮かんだのは、子どものような反応を示していた彼の姿。

「……愚妹が臭かったから、とウィルが言っていたけれど詳しい説明は聞いてなかったわね」

 けれど、それが関係あるのだろうか。

「僕もあの時まで知らなかったんだ。悪霊って集まるともの凄い悪臭を放つものなんだって」

「え」

 目の前で胡坐をかいて座ったウィルフレードが肩を竦める。

「君の愚妹、アレはだめだ。悪霊の温床と言ってもいい状態だった。周囲に酷い悪臭を撒き散らすレベルにまで悪霊どもを引き寄せていた。一つや二つ、悪霊に懐かれている人間ならあそこまでの悪臭にはならない。だがあのレベルになると……」

 溜息をつきながら首を振られると、愚妹のそれはどれだけ酷いレベルでの“悪臭”だったのだろうかと閉口する。

「つまり……悪霊は、集まるとヒドイ匂いを放つモノと化して、ウィルはその匂いまで感じられると」

 声だけでなく、姿だけでなく、匂いまで感じられるとは。

「そう。あの時僕は久しぶりに精霊酔いを起こして……あぁ、勝手にそう呼んでいるんだけどね、精霊に干渉し過ぎて体調不良を起こすことを。まさか、あんなに大量の悪霊を引き寄せる人間がいるとは思わずにうっかりてられた。同じ部屋に入るまで気がつかなかった」

 あの時のウィルフレードは、本人が『精霊酔い』と呼ぶような状態だった。

(“酔い”というくらいだから、お酒に悪酔いしたときのような、乗り物に酔ったときのような心地だったのかしら)

 体験できないリラジェンマには、それがどれほど辛いのか実感としては分からない。
 分らないが、もう辛い思いをしなければいいのに、とは思う。

「そこに君が、リラが来てくれた。僕に触れてあの悪霊の酷い気を打ち消してくれた」

「うちけした?」

 リラジェンマはなにもしていなかったはずだが。

「そう。君はそこにいるだけで空気が、邪気が祓われる。清浄になる。今まで満ちていた悪意という霧がすーーっと晴れていくのが僕には視えたよ。僕に触れた肩から流れ込む君の清々しい気のお陰で、僕が吸い込んだ悪意も祓って貰えた。混沌とした闇の中に君という一条の光が救いになったんだ。あんなに嬉しかったことはない」

 犬のようにリラジェンマに抱き着いたときのことだろうか。カバジェ団長を始め、近衛騎士の皆さんから怒号を受けていたのだが、ウィルはそれを覚えているのだろうか。

(もしかして、ウィルがたびたびわたくしのことを“正常”だって言っていたのは……“清浄”の聞き間違い、というか理解間違い? だったのかしら)

 自分の聞き間違いをウィルフレードに確認するのは、逆に恥ずかしいと思ったリラジェンマは黙って彼の言葉のつづきを聞いた。

「それでも精霊酔い状態が続いていた僕は少々混乱していた。あの悪霊の塊にまた会わねばならないのか、そしてこんなにも苦しいのに、この苦しみは誰にも理解されないのかという絶望。それらが相俟あいまって……つまり、駄々を捏ねたんだ。いやだいやだと子どものように」

 そこで言葉を切ったウィルフレードはリラジェンマを見つめた。穏やかで温かい黄水晶シトリンの瞳は、リラジェンマの心にも温かい火を灯す。

「ただその時。僕はリラと手を繋いでいた」

 リラジェンマも思い出した。
 突然、頭の中に響いた知らない人の声を。

「あのとき、君と僕とが手を繋ぎ……つまり僕が思うに、僕らふたりの特殊能力が倍増されていた状態で、七代目さまが勝手に術を発動させたんだ」

「ななだいめ、さま?」

「そう。佑霊の中でもわりと古株の方だね。生前はグランデヌエベ王国第七代目国王陛下。死してなお、ご自分が国王だったという自覚を忘れない佑霊だ」

 そういえば、国王夫妻との晩餐で過去のグランデヌエベ国王の話は聞いていた。ウィルフレードと同じように精霊の声を聞き取れる特殊能力持ちの国王だったと。

「もしかしてあのとき聞こえた『感覚共有。範囲、城内』というお声が、七代目さま?」

「リラにもやっぱり響いていたのか。そうだ。あれは七代目が僕の意を汲んで、僕の力をむりやり勝手に引き出した現象だ」

「いをくんで? かってに?」

 それは……だいぶ無茶なことをされたのではなかろうか。

「そう。僕の『いやだいやだ』という気持ちを汲んで、“それならお前の気持ちを皆に伝えればよかろう?”と。城にいる人間およそすべてに渡る広範囲で僕の『あの悪霊は嫌だ、きらいだ、どっかいっちゃえ』っていう気持ちを共有させたんだ。なんというか……親バカならぬ、究極の爺バカっていう? 子孫思い?」

 なんとも面映ゆいという表情でウィルフレードが頬を掻く。子どものように駄々を捏ねていた状況を祖先に労わられる……。ウィルフレードしか味わえない心地なのだろうなと、リラジェンマも一緒に薄く笑った。

「そのお陰かどうかわからないけど、城内の人間すべてがあの愚妹を嫌った。同時に彼女が連れ込んだ悪霊をだいぶ祓うことができた。お陰で四阿あずまやで再対面したとき、わりと我慢できたよ」

 まぁ、七代目の術の作用ばかりでなく、本人の資質で嫌われる要素は満載だったけどねとウィルフレードは肩を竦める。
 そういえばとリラジェンマも思う。バスコ・バラデスは露骨に愚妹を嫌っていたなぁと。

「術を発動させたのは佑霊だけど、その力の根源、というか源は僕の生命力だ。
 うーん? 生命力というか、体力とか気力とか……ごめんね、該当する言葉が見当たらなくて上手く説明できないんだけど。
 まぁ、その無理矢理使われた術とその有効範囲の広大さに一気に力を使ってしまった僕は昏倒した。しかも僕と手を繋いでいたばかりにリラも巻き込まれた」

「わたくし、も?」

 そういえば突然の眩暈と貧血を覚えた。

「そう。リラの力も使っての、あの“感覚共有”が発動されたんだ」

 ウィルフレードは語る。
 七代目国王陛下は帝国時代に栄えていた『失われた魔法』を復活させるべく尽力した方だったと。
 彼は自分が調べたそれらを古代語でしるし遺した。
 子どもだったウィルフレードはそれらを翻訳し知ることとなったが、魔法を使うための力が足りず魔法発動は不発に終わる。
 だが、自分の力だけでなく精霊の力も借りれば発動できると判明した。
 実例としては、目くらましの術。ウィルフレードがよく側近から逃走しているアレだ。一定時間、他者の目を欺く効果があるという。

(なるほど。それであの『ふんだんに精霊のご加護を受けた方』という認識になるのね)

 いつぞやのバスコ・バラデスの言を思い出し、半笑いになってしまうリラジェンマであった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との
恋愛
2月のコンテストで沢山の応援をいただき、感謝です。 「王家の念願は今度こそ叶うのか!?」とまで言われるビルワーツ侯爵家令嬢との婚約ですが、毎回婚約破棄してきたのは王家から。  政より自分達の欲を優先して国を傾けて、その度に王命で『婚約』を申しつけてくる。その挙句、大勢の前で『婚約破棄だ!』と叫ぶ愚か者達にはもううんざり。  ビルワーツ侯爵家の資産を手に入れたい者達に翻弄されるのは、もうおしまいにいたしましょう。  地獄のような人生から巻き戻ったと気付き、新たなスタートを切ったエレーナは⋯⋯幸せを掴むために全ての力を振り絞ります。  全てを捨てるのか、それとも叩き壊すのか⋯⋯。  祖父、母、エレーナ⋯⋯三世代続いた王家とビルワーツ侯爵家の争いは、今回で終止符を打ってみせます。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした

まほりろ
恋愛
【完結済み】 公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。 壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。 アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。 家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。 修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。 しかし仔猫の正体は聖獣で……。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 ・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。 ・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。 2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます! 誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!! アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

処理中です...