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65.「男の夢ってどんなものがあると思う?」……は?
しおりを挟むウィルフレードは真面目な、王太子の顔をしていた。彼の真意を知りたくてじっと見つめても、どこか混沌としていて分かりづらい。
これはウィルフレードも特殊能力持ちだからだろう。そして王太子としての教育――その本心を他者に悟られないように、平常心であり続けるよう表情を一定に保つ――を受けているから。
「そうだ、と言ったらリラはどう思う?」
ウナグロッサをグランデヌエベと併合する――それはつまり『ウナグロッサ王国』はこの大陸から消滅してしまうことに他ならない。
今現在、ウナグロッサの正統な後継者はリラジェンマだけである。このままリラジェンマがグランデヌエベの王妃となれば、当然ウナグロッサを統治する権利は夫であるウィルフレードに、グランデヌエベ王家に移譲されることになるだろう。
だが併合してひとつの国となれば、ウナグロッサだった地区の統治をリラジェンマができるかもしれない。
今のウナグロッサの上層部は、半分は役立たずだ。そうなるように国王代理が堕落させたから。
他国に併合され違う国になり、その一地区となった方が民のためになるかもしれない。
「……分からない。併合された方が民のためになるのなら、わたくしは……」
リラジェンマにとって苦渋の決断を口にしようとした時。
それを遮ったのはウィルフレードだった。
「ねぇ、リラ。男の夢ってどんなものがあると思う?」
「……は? おとこのゆめ?」
いきなり突拍子もないことを聞かれ驚いた。
「そう。それも権力者の。例えば……僕みたいに次期国王とか、の」
突拍子もないことではあるが、尋ねられたのでリラジェンマは考えてみた。
権力者の?
次期国王が夢見るものといえば?
国家安寧を願うか、それとも酒池肉林を望むか。
あるいはもしかしたら……
「――世界征服、でしょうか」
権力者が持つ一般的によくある最大の野望。それは世界統一して己の傘下に収めることではなかろうか。
リラジェンマの返答を聞いたウィルフレードは、その頬を笑いの形に歪めた。
「うちの保管庫にさ、それはそれは膨大な量の帝国時代の歴史ものが遺されていてね。帝国は大陸を統一し巨大国になったって読んだよ」
帝国時代の歴史ものなど、古代文字で書かれたそれを解読し読み込むことはウィルフレードの趣味である。
「ウィルも、帝国に倣うと? かの国のように大陸統一しようというの?」
世界征服。その第一歩がウナグロッサ併合なのだろうか。
まさか、ウィルフレードが?
本人の望みは歴史研究家になることだったはずだ。
そんな彼が世界征服?
(ありえないわ!)
「いいえ、違うわね。ウィルにはウィルの持つ、『男の夢』がある。そうでしょう?」
リラジェンマの問いに、今までしかつめらしい顔をしていたウィルフレードが表情をガラリと変えた。
とても無邪気な、少年のような笑みに。同時に彼の心情がリラジェンマに届いた。
(『やっぱり君は僕を解ってくれている』……そう、思っているのね)
「あるよ。やっぱり男が抱く野望といえば世界征服だよね。だけど」
「……だけど?」
言葉を切り、思わせぶりな視線を投げかけるウィルフレードに胸がドキドキする。
彼もやはり征服者になりたいのだろうか。
「自分の手でそれを為す気は皆無なんだよね。
だって考えるだけで面倒臭いじゃないか!」
「え? メンドクサイ?」
また、思ってもいなかった単語を聞いた気がしてリラジェンマは肩透かしを喰らった気分になった。
「うん。そりゃあ、やろうと思えば出来るよ。
でもさぁ、いちいち遠征して戦争して征服して? あぁ! メンドクサイ! しかも、占領下の国々をヌエベ式に改める? それともその国の特性に合わせて統治する? どう考えてもメンドクサイ事だらけじゃないかっ! 気が遠くなるよっ僕は! 全部為すまでに一体何年かかることだろうね!」
(……えぇぇぇぇぇ? この人、なに言ってるの?)
考えてみればこのウィルフレード・ディオス・ヌエベという男は、一国の王太子としては実に有能なのだが、側近たちを出し抜いてでも仕事を怠けようとする不届き者であった。
バスコ・バラデスにテンション高く説教されても、ヘルマン・ゴンサーレスに城中追いかけ回されても、あるゆる手段を用いて執務室から遠ざかろうとする怠け者であった。
やろうと思えば出来るのだ。
そうやって逃げ回り仕事を溜めながらも、一度執務に向き合えば驚異的な早さで片付けてしまうのだから。
そんな男が領土拡大に伴う煩雑な政治活動を真面目に勤めようとするだろうか。
いや、怠けようとするだろう。
彼がただ戦争をしたいだけの戦闘狂ならば、リラジェンマを迎えに行くなどと嘯かず、本当に宣戦布告し実行、今頃はウナグロッサを管理下に置いていたはずである。
(……えーと? どういうこと?)
「でも男が抱く野望といえば世界征服っていま自分で言ったわよね? なのに自分でやる気は無いってどういう意味?」
リラジェンマがそれでも一応、彼の真意を問い質せば、ウィルフレードはよくぞ聞いてくれました! とばかりに勢い込んで返答する。
「言葉のとおりだよ。だからね、リラ! きみにいっぱい子ども生んで欲しいんだよね。その子どもらを各国の王族に嫁がせたり養子に入れたりして……うん、いわば結婚外交をしようと思っているのさ。僕らの血を引く子どもがその国の王族として、その国に血を残す。そうやってゆくゆくは僕の血がこの大陸中のすべての王家に蔓延るって考えたらワクワクしないかい? そういう『世界征服』を僕はやりたいんだ。こっちの方がだいぶ平和的だろう?」
(脱力する……)
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