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メルセデス・フォン・エーデルシュタイン(メルセデス視点)
しおりを挟むわたくし、メルセデス・フォン・エーデルシュタインが、初めてアンネローゼ様のお姿を拝見したのは、まだ新学期が始まったばかりの頃。
お昼時の第一カフェテリアが騒がしくて仲裁に入ったとき。
女子用の制服を着用し、赤みがかかった金髪を結い上げ後頭部に纏めて。
下位の貴族令嬢にありがちな姿の一年生は、この学園では人気者と評判の二年生男子ふたりに絡まれていた。
彼らを諫める為に放ったその一年生の喝と、彼女の纏うその覇気に、わたくしは痺れてしまったわ。
あぁ、これが真の王者の覇気と威厳。自然と平伏してしまう王者の喝。
ただの一年生だと思っていた女生徒のお顔をよくよく見れば、敬愛する王妃陛下に瓜二つ。
このお年でこのご尊顔。
アンネローゼ王女殿下以外にありえない!
一度は拝謁したいと渇望していた王女殿下が目の前に!
心の底から震えた。
物心つく以前に両親から、国王陛下の素晴らしさを語られた。
寝物語に王女殿下にお会いできるのなら、殿下をお守りできる人間になれと言われて育った。
そんなわたくしに、彼女との出会いは鮮烈かつ強烈、そのうえ斬新でこれから先の人生を決定づける物だった。
たった一目見ただけのカシム・チェレビ・マクブル様を、テュルク国からの留学生でしかも王族で王子の護衛だと見抜いた慧眼。
二年生の男子二人が決闘騒ぎを起こしたときの慎重な対応。
常に命を狙われる可能性を考える王族らしい対応だと思えば、そんなものではなかった。
殿下はわたくしたちの身の安全にまで気を配っておられたのだ!
あのお言葉は忘れられない。
『わたくしは王女なのです。あなた達を守る立場の人間ですもの』
違う。
わたくし達貴族こそが、王族を守る為の盾であり矛であるべきなのだ。
それを、有象無象であるはずのわたくし達を守る立場の人間なのだと明言された。
なんというお覚悟!
王女殿下のお話を聞き、わたくしは気がついた。
国王陛下に心酔し国王派になった我が父は正しかったのだと。
王女殿下がこのような思想の持ち主であるということは、間違いなく国王陛下がそうお考えだからに違いない。
アンネローゼ様の兄君、王太子殿下も同じ思想の持ち主に違いない。なんと英邁な殿下方だろう!
王女殿下を守りなさいと言った母の言葉は正鵠を射ている。
王女殿下を、こんな稀有な方を、わたくしたちは失ってはならないのだ。
なにがあってもお守りしなくてはならない。
だけど、わたくしになにができるだろう。
殿下の身の安全なら専属護衛の方がちゃんといる。
なんの戦闘力も持たないわたくしでは足手纏いになりかねない。
けれど、こんなわたくしでも盾替わりにはなるかもしれない。
そう思って向かった中庭の噴水広場で、わたくしは意中の人を見つめるアンネローゼ様に気がついた。
お相手はベッケンバウワー公爵のルーク公子様。
公子を見つめるアンネローゼ様は、とても美しく華やかで愛らしい笑顔を向けていた。
アンネローゼ様の公子に対する真っ直ぐなお心が分かった瞬間だ。
あぁ、この笑顔をお守りしたい。
わたくしは、王女殿下のお心を護りたいのだと思った。天啓に近い思いだった。
同日に恐ろしい情報も聞いてしまい、血の気が引いた。
テュルク国流の求婚の恐ろしさを!
求婚の返事が是でも非でも、花嫁が誘拐同然に連れ去られるとは、どういう状態なのか?
大切な王女殿下が連れ去られることなど、あってはならない!
阻止しなければ!
ただ、国と国とが決める婚姻ならば、わたくし達の意見など塵と同じである……。
せめて、アンネローゼ様のお心が、ご納得頂けたうえでの婚姻ならば良いのだけど……。
それに。
この二年で、わたくしはカシム・チェレビ・マクブル様と仲良くなっていたのだけど。
彼から、それとなく仄かな思いを感じていたのだけど。
彼から求婚されたら、誘拐同然に連れ去られてしまうのだろうか?!
戦慄が走った。
いいえ。まだ決まったことではない。
アンネローゼ様の婚姻も、わたくしのことも。決めつけるのは早計。
わたくしはわたくしの為すべきことを為す。
アンネローゼ様をお守りする。
わたくしの目の届くところで誘拐などさせはしない!
◇
日々は過ぎ、アンネローゼ様のデビュタントの場で、セルジューク様は……。
……いいえ。もう様付けするのも煩わしい!
あの野郎は堂々と求婚し、アンネローゼ様から認められた。
国の大貴族や各大臣閣下、他国の大使たちが勢揃いするあの場で、拒否できなかったとわたくしでも思う。
それほど狡猾な言葉で言質を取ったセルジュークが憎いと思った。
絶対、なにがあってもあんな男は近寄らせない!
そう心に誓っていたわたくしを懐柔したのはアンネローゼ様だった。
その理由も、わたくしを慮ってのモノだった。
わたくしの未来を案じ、わたくしの評判が落ちるのは嫌だと。
アンネローゼ様の仰りように否など言えない。この方は誰の心をも和ませる。
もしかしたら、セルジュークもアンネローゼ様のそんな気質に惹かれたのかもしれない。
国の為にむりやり婚姻を結ぶのではなく、純粋にアンネローゼ様に恋焦がれているのならば。
アンネローゼ様を大切に慈しんでくれるのならば。
彼を認めるのもやぶさかではない。そんなことを思い始めた矢先。
新年になって初めての登園の場で、アンネローゼ様はセルジュークに怯えて逃げた。
見事! と言う他ないスピードをだしての逃走に、わたくしはセルジュークがなにかをしたのだと察した。
アンネローゼ様を慕う学生会の面々と話したときも、同意見が出た。やはりあの男は危険極まりない存在だ。
……アンネローゼ様ご本人が、あの男を憎からず想い始めていることも察したけれど(途轍もなく愛らしい反応をしてらしたけど!)、すんなりとあの男との仲を祝福する気にはなれなかった。
◇
「待ってくれ、メルセデス嬢!
気持ちが分からんでもないが、アスラーンを変質者にしないでくれ。頼むよ!」
何日もアンネローゼ様が登園しない日が続き、わたくし達はそれがセルジュークのせいと決めつけていた。
わたくしが一人でいるときに、カシム様が訴えてきたが、その声に胡乱な目を向ける。
「わたくしには判断しようがありませんわ。
学生会の皆の気持ちが分かるというのなら、今は静観するしかないでしょう」
「だが君が一言、奴らに言ってくれれば疑いは晴れると……」
「いいえ。わたくしがなにを言おうと無理です。
アンネローゼさまのお言葉でなければ、皆納得しません」
「メルセデス嬢……」
「貴方は? 貴方はどうなのですか?」
つい、ささくれだった気持ちが零れてしまう。
「貴方も、求婚を申し込んだ令嬢を誘拐同然に連れ去るおつもり?」
その琥珀の瞳を睨みつける。
以前、まだ二年生だった頃。
この方がわたくしへ向ける視線が、恋情を伴うものではないかと思ったけれど。
もしも求婚されたとしても、どう応えたらいいのか分からない。
急に連れ去られても困る。
それに、この方も王族だと聞いた。
わたくしは伯爵家の娘。他国の王族へ嫁ぐには、家格が落ちると思う。
「俺は、誘拐同然に急に連れ去るなんて古臭いマネ、しないよ?」
いつの間にか、壁に背をつけてカシム様の長い腕の中に閉じ込められていた。
ゆっくり顔が近づく。
「麗しのメルセデス嬢……。
貴女の名を呼ぶ権利が欲しい……。
貴女の隣に立ち、貴女の髪を触り、その艶やかな唇に触れたい……」
ゾクゾクするような良いお声でわたくしに囁くカシム様。
「ずっと……ずっと貴女を見てきた。
貴女の高潔な魂が愛しい……
貴女の許しがあるのなら、すぐにでも貴女の家に使者を送る。
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そしてゆくゆくは俺の伴侶になって欲しい……」
「待って!」
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「貴方、わたくしに色仕掛けしてない?
そうやってセルジュークを助けようとしているのではなくて?」
「それは酷い誤解だ!
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彼の囲んだ腕から逃れる。
「じゃあ、一端保留にしてちょうだい。
貴方へのお返事は、アンネローゼ様が登園なさって、セルジュークの変質者疑惑が解けたあとにして」
きっちりと要求を突き付ければ、
「――分かった。二つの問題を一緒に提示した俺が卑怯だったな……」
肩を竦めつつも納得したようなカシム様がいた。
「そうよ。わたくしを口説きたいなら、それだけに全力投入してくれなければ納得できないわ」
そう言ってわたくしは、横目でこっそりカシム様を観察する。カシム様はポカンとしたあと、破顔した。
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そう言って愛おしそうな瞳をわたくしへ向けてくれる。
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