王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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釈明するわたくし

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 講義室に飛び込んだわたくしに、専科クラスの面々は優しかったわ。
 皆、わたくしの体調を気にかけてくれて、無理をしないでと言ってくれた。
 わたくしは休んでいた間も懸念していた『卒業記念祭』について皆に訊く。
 詳細を聞き終えるまえに講義が始まってしまったので、あとは黄昏のサロン……もとい、学生会室で、となって。

 お昼も学生会室に持ち込んで『卒業記念祭』の経過報告を受けていると、そこにアスラーンたちが入室してきた。

「ちょっと、いいか?」

 途端に殺気立つ学生会の面々。
 いやだわ、なぜこんなにも皆が激しい反応を見せるのかしら。朝のメルツェ様といい、キャシーといい。
 そのメルツェ様はわたくしの隣で、キャシーはわたくしの後ろで未だ沈黙しているというのに、皆がわたくしを庇うように立ち塞がる。

「セルジューク様は、扉の前そこで止まってください」

 きっぱりと言うレオニー。カッコいいわ。
 彼女はゆっくりとわたくしに向き直った。

「ローゼ。この際、はっきり訊くわ。
 この間のことよ。
 セルジューク様を見た途端、悲鳴をあげて逃げたのは身の危険を感じたから?
 セルジューク様に連れ去られそうになった、とかではなくて?」

 レオニーを始め、皆が真摯な瞳でわたくしを見つめる。

 なるほど、そんな誤解をしていたのね。
 テュルク国の古い慣習である求婚時の花嫁略奪。
 あれに必要以上に警戒していたと。
 だから『誘拐犯』なのね。
 ……『変態変質者』はどこからきたのかしら。

 さて。
 なんと言って胡麻化せばいいのかしら。

 胡麻化す?
 動揺したせいだってきちんと話すべきじゃない?
 ここにいる皆はわたくしの心配をしてくれたのだもの。

 いいえ待って。
 そんな恥ずかしいこと、言うの?
 17歳にもなって、好いた相手を見て動揺し、悲鳴をあげて逃走したと?
 その動揺がただの恋煩いだったなんて、白状するの?
 情けなくて恥ずかし過ぎない?

 でも嘘なんて言いたくない。
 嘘って、吐けば吐くほどその嘘に追い詰められて身動きできなくなって、最後には破滅するモノなのよ。
 嘘なんて吐かなければその方が良いのよ。

 あぁ、でも、恥ずかしい。
 わたくしの恋煩いのせいで皆をここまで心配させたのね。
 せめてあのときの妙な動悸、息切れ、発汗、食欲不振の原因を自覚していたら、逃げ出すような無様な真似はしなかったのに!
 わたくしのバカばか馬鹿!

「レオニー。皆も。あのときは心配かけたわね。悪かったわ」

 なんとか意識して、平常心を心がけて話す。
 できるだけ、正直に!

「セルジューク様に連れ去られる、などという事態にはならないわ。
 彼は、わたくしの学園卒業までは急かさないと約束してくれたから」

 約束……ダメよ、アンネローゼ。
 思い出してはダメ。いつその約束をしたかなんて、思い出しては駄目なの!

「アスラーンさまが急に空飛ぶ黒い虫に見えたとかではなく?」

「アスラーン様が急に蛇とかムカデとかサソリとか、怖い生物に見えたとか?」

「アスラーンさまが急に暗闇から飛び出してきて裸を見せつけてきたとかでは?」

「おまえら、いい加減にしろ!」
「まぁまぁ、カシム、待て」


 怒りだしたカシム様に、それを留めるアスラーン。朝見た体勢の逆ね。

 皆が急に言い出したのは、いったいなに?
 緊迫した雰囲気がすっかり抜けて、和気藹々となったのは良いのだけど。

「みんな、あの悲鳴の理由を好き勝手に推測していたら、いつの間にかセルジューク様が蛇蝎の変態変質者になってしまって」

「レオニーナ嬢! だからアスラーンを変質者に認定しないでくれ! 頼むからっ」

「カシム、俺は大丈夫だから」

「アスラーン、おまえは怒れ!」

 カシム様の必死な表情。それを宥めるアスラーン。
 あぁ、なんというか。

「あはっはははっ」

 なんだか、ここは。
 皆の側は……おかしい。面白い。楽しい。温かい。
 すべてが『心地よい』ことで構成されているみたいだわ。

「あのね、あのときね、急にね、」

 あのとき。——掴まれた左手首。
 アスラーンの左手がわたくしの右肩を触ろうとしていた瞬間。

 フラッシュバックしたの、年末のあの夜のことを。

 アスラーンの長い腕の中に閉じ込められた。
 彼の心音しか聞こえなかった。
 彼の冷たい頬を感じた。
 彼の高い鼻がわたくしの頬を触り、唇が唇を塞いだ。

 また、思い出しちゃったわ……。

 急速に上がる体温。
 顔に熱が集まる。
 なぜか涙まで滲んでくる。

 あのときあの瞬間、『あれ』を思い出したわたくしは悲鳴を上げた。
 急激に意識して、意識し過ぎて、羞恥に耐え切れなくなり悲鳴を上げた。
 一瞬のうちに、あの『秘め事』が再現されるっと恐れた。
 学園の中で、人前で、そんなことあるはずもないのに、なぜか馬鹿な妄想をしてしまった。
 自意識過剰にもほどがあるわ……。

 極力、アスラーンは視界に入れないように、レオニーを見ると。
 なぜか、レオニーも真っ赤になっていたわ。

「あのね、わたくしね……恥ずかしく、なってしまったの……」

 声も小さくなっていくわ。
 悲鳴をあげるなんて無様な真似は、もうしないわよ。
 今日は大丈夫。
 だって、今日のわたくしは可愛いって、マチルダもキャシーもメルツェ様も言ってくれたもの。
 ちゃんと可愛く装ったら勇気になるってお義姉様が仰っていたもの。

「自分でも、よく分かってなくて、あんな派手に、悲鳴をあげるなんて、無様だったわ。
 できれば、あれは、その、忘れて欲しいのだけど……」

 そんな身勝手なお願いをしたら、レオニーは真っ赤な顔をしたまま、わたくしの手を両手でガシっと掴んだ。

「大丈夫! 忘れたわ! 忘れられないけど!」

 ん? どっち?

「大丈夫ですっアンネローゼさま! あのことはたった今、無かったことになりました!」

「そうです! 忘れます! 忘れました! でも思い出すかもだけど!」

「無かったことです! そうです! すべて無かったことなのです!」

「おまえら、いい加減だなぁ。まぁ、いいけど。もうアスラーンを悪く言うなよ?」

「やだなぁ、カシムさま!『いい加減』は『良い加減』なんですよ! 人間は、臨機応変にいかなきゃダメっすよ!」

 学生会の中が、また和気藹々と賑やかになった。

 みんな、有能で気の良い仲間たち。心地よい空間。とても素敵。

 と、思っていたら。

「アンネローゼ殿下。メルセデス嬢をお借りしますよ」

 いつになくキリっとしたカシム様がわたくしにそう告げると、メルツェ様の手を取って部屋から出て行ってしまったわ。

 メルツェ様をお借りしますと言われても、彼女はわたくしの配下ではないから、返事のしようがなくて、黙って見送ってしまったのだけど。

 またシン……となった室内が、彼らが出て行って扉が閉じられた途端、

「あれはなに?」
「え? え? どういうこと?」
「アスラーン様! カシム様とメルセデス様って、そーゆーことなんですか?」
「アスラーン様は知ってたんですか?」
「メルセデスさま~~~っ」

 蜂の巣を突いたような騒ぎになってしまったのでした。



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