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いち。わたくしが死んだあと
しおりを挟むわたくしはいつの間にか、見知らぬ場所にいました。
『どう? 溜飲は下がったかしら?』
見知らぬ場所で見知らぬ人が……あら? 人、なのかしら。見上げる程にとても大きくてなにやら発光しているそのお姿、着ているものも見たことないものだし……。人、というより“人外の存在”ではないのかしら。
その人が話しかけてくるけれど、わたくしはどうしたらいいのかわかりません。
だって、彼女がなにやらわたくしの知らない物を触りながらわたくしの目の前に提供してくださった“映像”(と仰っていました。目の前にちゃんと存在しているようにわたくしの目には見えました)には、わたくしの夫がたださめざめと泣き崩れるようすが映されているからです。
それも、わたくしのお葬式で。
わたくしのお葬式。
そうです。わたくし、一度死んでいるのです。
四十歳になったばかりのとき。病気で。
懸命に生きた一生でした。やるべきことはやりつくしたはずでした。
あとのことは信頼のおける侍女と子どもたちに託し、満足して永遠の眠りについたのです。
……望まれて嫁いだはずの夫に無視され続けた生涯でしたが。
そのわたくしが、いま、なぜ。
なかば呆然としながら自分のお葬式の一部始終を見続けなければならないのでしょうか。
ここはどこなのでしょう。
どういった状況なのでしょう。
考えることが多すぎて、人外の存在の問いに対しどう答えたらいいのか、皆目見当もつきません。
『クリスティアナ?』
やさしい声(それもふしぎな響きで聞こえます)でわたくしに話しかけるその人が……いいえ、もう人とは思えません。混乱は続いておりますがこれだけははっきりと分かります。この方は、もしや……
「あなたは、もしかして……女神さま、ですか?」
“女神”など。
過去滅んだ文明で信仰されていた宗教の中の存在、つまり物語でしかないはずです。
ですがそうお呼びする以外説明できない存在に、わたくしがおそるおそる話しかけると。
そのかたは小首を傾げたあと、ちょっと笑ったようでした。全体的に彼女(?)は光っているので細かな表情とかは分かりづらいのですが、雰囲気として、そんな感じ……。
『“女神さま”ねぇ……まぁ、そう言われても否定はできないわね。ふふ。クーちゃんにそう言って貰えて嬉しいな』
クー、ちゃん……?
それはもしかしたらわたくしを指すことばなのでしょうか。親にも兄弟にも友人にも、ましてや侍女にも言われたことのない愛称です。
ですが、“女神さま”からすれば、わたくしなど小さな存在なのでしょう。
ちゃん付けで呼んでもらうなど、破格のお心配りなのかもしれません。
戸惑うわたくしに、女神さまはなおも問いかけます。
『溜飲が下がったのなら、“天国”へ行く? そこでゆっくりと魂を癒して次の転生に控えなさいな。もう思い残すことはないよね?』
“次の転生”などという単語も常識にはない概念ではありますが、とりあえずそれを追求するのは宗教家と哲学家に任せる分野でしょう。わたくしは門外漢です。
それはさておき。
女神さまの『もう思い残すことはない』ということばをきっかけに、わたくしの脳裏にいろいろな人が思い浮かびました。
愛しいこどもたちの姿や、信頼するジャスミン。
そして……。
あの泣き崩れていた夫の姿。
なんなの? あれ。
この期に及んで、あの態度はなに?
本当の最後の最期、わたくしが死んでから“愛しているクリスティアナ”、ですって?
アレを見たわたくしの……この沸きあがる怒りは、理不尽感は、いったいなんなのかしら。
ふざけるのも大概にしてくださいと言いたくなりましたわ。
わたくしが生きている間は仕事三昧で、ちらりとも妻を見なかったくせに。
どんなにわたくしが心を込めて尽くしても、褒め言葉もお礼も労いさえも、一切寄越さなかったくせに。
だからわたくしの体調不良にも気が付かないで、わたくしが死んだときすら国外にいた人なのに。
(まあ、わたくしも意地になって体調不良を隠していましたが)
死んだ妻の棺には泣き縋るなんて!
自分がめそめそと泣いたことが恥ずかしいのか、子どもたちが泣いていないからと疑問に思い、あまつさえあの子たちに文句を言うなんて!
あの子たちはわたくしの闘病に付き合ってくれましたからね、もうわたくしが死ぬことは覚悟の上だったのですよ。それにわたくしが死んだ直後はちゃんと泣いてくれていましたよ! 薄れていく意識の中でしたが、その泣き声はたしかにこの耳に届いていましたもの!
その子どもたちに政治パフォーマンスとしての涙なんて必要ないと諭され愕然とした夫の姿にこそ、わたくしは愕然としましたわよ?
そのあとジャスミンと子どもたちに誘導されて、邸のあちらこちらを右往左往する夫の姿には、ちょっとだけイイ気味だと思いましたけどね!
なんなのかしら、この気持ちは。
今さらなんなの? という胸のうちを渦巻くドロドロするような思い……憤り? これ、わたくしったら、怒っているのかしら。
かてて加えて、だからどうだっていうのという虚しさ? ……そうね、虚無感といえるかしら。そんなものも感じるわ。だってわたくしはもう死んでしまったのよ? いまさらどうしようというの?
これは、とうてい“思い残すことはない”と言えるような状態ではありませんね。
『あー。やっぱりそうかぁ……ん? おぉ? おぉ! あぁ、そうかぁ……そうよね、そうすれば……』
……ん? なんでしょう。
わたくしのようすを窺っていたらしい女神さまが、摩訶不思議なつぶやきを溢していますね。
『あのね、クリスティアナ。あなたの半生を垣間見た読しy……んんっ、神々が、あなたを憐れみあなたへ特別な恩寵を授けられました』
神々から? 特別な恩寵?
『あなたの感じているその憤り、鬱憤、思い。溜め込んだままでは次の転生に支障をきたします。だから、巻き戻しましょう! そしてやり直しなさい。あなたの気持ちの赴くまま、好きなようにやりたい放題すればいい』
転生に支障? 巻き戻しましょう? 女神さま、それはいったい……。
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