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第8話 キツネ

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 ソフィアに壁の修理を終えたことを報告すると、緊急の案件もないので自由にしてていいと言われた。
 俺がどれだけ仕事を出来るか試す意味も込めて、今日はこれ以上の仕事は入れていないそうだ。
 なんというホワイト。といっても暇なので、後学の為にギルドで掲示板と睨めっこ。早く環境に慣れる為にも、経験を積むのは悪い事ではないはずだ。
 周囲には誰もおらず、カウンターではソフィアが忙しそうにデスクワークに勤しんでいる。
 掲示板から自分の出来そうな依頼を探すも、"村付き"の冒険者は明日になれば、また新しい仕事が割り振られる為、日を跨ぐ依頼は受けられない。

「半日で出来る仕事かぁ……」

『薬草の採取』……は、ダメ。知識も土地勘もない。
『回復薬の調合』もダメだ。要:錬金適性と書いてある。
『街道の整備』ってのは出来そうだが、半日で終わるような作業ではなさそうだ。
 こんなにも依頼は溢れているのに、自分にあったものとなると中々見つけるのは難しい。
『炭鉱の崩落調査』ってのは内容によってはいけるかもしれない。

 食い入るように掲示板を見ていると、ガチャリとギルド職員専用の扉が開き、ミアがすました顔で現れた。
 そして俺の隣まで来ると、無言で掲示板に何かの依頼書を張り付け、そのまま奥へと戻って行く。
 そしてカウンターに顔を出し、『こちらの窓口は締め切り中です』と書かれたプレートを下げると、チラチラとこちらを気にしだす。
 背の高さが足りず、下半分が掲示板からはみ出ている不格好な依頼書に目をやると、それは『着火剤の収集』という依頼であった。
 概要は、『松ぼっくりの採取。用途は暖炉の着火剤。担当も同伴』と書かれているだけだ。
 ちなみに報酬の欄は何も書かれておらず、他の依頼と比べるとバランスの悪い筆跡が目立つ。
 ミアの方を振り向くと、必死になって何度も頷いている。
 先程まで隣のカウンターにいたソフィアは、何処かに行っているようだ。
 恐らくミアは外に出たいのだろう。端的言えばサボりたいのだ。

「まぁ暇だし乗ってやるか」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべその依頼書を手に取ると、輝かしいばかりの笑顔を見せるミア。


 依頼が受理されると、俺とミアはこっそりギルドを後にした。
 途中レベッカが訝しむようにこちらを見ていたが、ミアが口元に人差し指を当て、「しぃー!」とジェスチャーすると、何かを察したレベッカは声も掛けずに見送ってくれた。
 何事もなく村の出口まで足を進めると、門の前でカイルを見かけた。
 腰には野ウサギが4羽。それと肩に担いでいるのは棒に括り付けたウルフである。

「よう、2人とも。どっかいくのか?」

「あぁ、松ぼっくりを採りにな」

「松ぼっくり? まだ冬の準備は早いと思うが……。森はデカイから迷子に……。いやミアちゃんがいるなら迷子はないか。兎に角気をつけてな」

 そして無事、ソフィアに見つかることなく村を脱出した俺とミアは、街道を西へと歩き出す。

「ミア。この道をまっすぐ行くと、何処に繋がるんだ?」

「ずーっと行った所にベルモントの街があるよ」

「街か。そこに本屋はあるか? コット村にあればいいんだが、ないよな?」

「本屋? 魔法書店ならベルモントか王都にあるけど……。新しく魔法を覚えたいの?」

「魔法書店? 魔法は魔法書店で覚える物なのか?」

「適性があって基礎的な魔法なら、魔法書で覚えることが出来るけど、結構高いよ?」

「そうなのか。でも今回はそうじゃないんだ。地図が見たいと思ってな。本屋なら売ってるかと思って」

「地図ならギルドで見れるよ? 持ち出しは出来ないけど」

「じゃぁ、今度時間が出来たら見せてもらおうかな」

「いいよ。見たい時はいつでも言ってね!」

 どうやら買わなくても済みそうである。
 冒険の旅に出ようなどとは思っていないが、周辺の地理だけでも把握しておきたかったのだ。

「ちなみに、基礎以外の魔法を覚えたい場合はどうすればいいんだ?」

「んー適性値次第だけど、誰かに教えてもらうか、自分で研究するか学校に行くか……。後は未発見の魔法書を見つけるか――かな?」

「学校?」

「うん。魔法の学校があるけど、すごいお金がかかるみたいだから、街でも貴族とかのお金持ちしか通えないよ?」

「お金があれば俺も通ったりできる?」

「15歳以下じゃないと入学出来ないから、おにーちゃんは無理だよ」

 学校なら、死霊術以外の魔法も覚えることが出来るのではないかとも思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。
 しかし、折角異世界に来たのだから、魔法の1つや2つ使ってみたいと思うのは当然だろう。
 お金に余裕が出来たら、死霊術とやらの魔法書を買ってみよう。
 まぁ生活が安定するまでは、おあずけだな。

「そうだ。さっきギルドで『炭鉱の崩落調査』って依頼があったんだが、俺でも受けられそうか?」

「受けられると思う。……けど、魔物も住み着いてるかもしれないし、マッピングもしないといけないから、今からじゃちょっと間に合わないかも」

「マッピング?」

「んと、炭鉱の地図に書いてある道を全部歩いて、崩落の起こってるとこに印をつけていくの」

「なるほど。崩落は1カ所とは限らないのか……」

「炭鉱だったんだけど、途中でダンジョンと繋がっちゃってそれから長い間使ってなかったみたい。そこがまだ炭鉱として使えるかどうかの調査ってとこかな」

「場所はどの辺なんだ?」

「ここからだと2時間くらい……。いってみる?」

「危険か?」

「中に入らなければ大丈夫だと思う。おにーちゃんも一応武器は持ってるし」

 確かに持ってはいるが、これは武器と呼べるのだろうか?
 元はハンマーだったが、今はただの金属の棒だ。
 だが、重さをあまり感じないということは、まだ鈍器適性の範囲内なのだろう。

「えーっと、たしかこの辺なんだけど……。あ、あった! ここを登っていけば、炭鉱に着くよ」

 ミアが案内してくれたのは、炭鉱で使っていたであろうトロッコのレールだ。
 サビが酷く雑草がそのほとんどを覆っていて、どう見てもしばらく使っていない廃線だ。
 松ぼっくりを集めながら、そのまま廃線に沿って森の中へと入って行く。

(……誰か……たすけて……)

 風に乗り聞こえてきたのは、消え入りそうな小さな声。

「ミア。何か聞こえなかったか?」

「なんだろう、キツネさんかな?」

「キツネ? 動物の鳴き声とは違う気がするが……」

(こんなところで……。ダメだ……足が……)

 相手がどういう状況なのかはわからないが、それは確実に助けを求めていた。
 色々な可能性が頭を過る。悪漢や見たこともない魔物に襲われていたらどうするのか? 自分がそれに勝てるかもわからない。
 しかし、自然と体が動いたのだ。それは他者への慈悲の心。仏の教えである。
 実家が仏寺であった為、幼き頃から聞かされて育ったが故に身に付いている『自他平等』の精神。
 それは、助け合い共生していこうというものだ。
 こちらの世界に来てすぐに、自分もカイルに助けられた。故に、放ってはおけなかったのだ。
 もし敵わなくとも、気を逸らし逃げるだけの時間が稼ぐことが出来れば……。

「ミア、こっちだ!」

 声のした方へと走り、森の中へと入って行く。
 ほんの数十秒で少し開けた場所に出たが、目の前に現れたのは1匹のキツネと3匹のウルフ。
 確かこちらの方から声が聞こえた気がするのだが、目の前にいるのは獣だけ。
 助けを求める人を探さなければと辺りを見渡すも、その気配は感じない。
 獣達は急に出て来た俺とミアに驚いたようだが、どちらも逃げようとはしなかった。
 俺とミア、キツネ、ウルフで三竦みのような状態。
 誰も動こうとしない。――いや、動けないのだ。
 ウルフ達は俺達の動きを探っているようで、キツネはすでに満身創痍。
 酷い怪我で、震える身体は何時倒れてもおかしくはない。
 もしかして助けを呼んだのは、このキツネ……か?
 ここは異世界だ。常識に囚われず考えるなら、喋るキツネがいてもおかしくはない。

「あっ!」

 その時だ。力尽きたキツネはその場に倒れ、ミアがそれに駆け寄った。
 それと同時に走り出したのは1匹のウルフ。その瞳にはミアが映っていたのだ。
 獲物を横取りされると思ったのだろう。このままではミアにも危害が及んでしまうと、反射的にその間に割って入ろうとするも、人間の足が獣に敵うはずもない。
 それならばと、俺は足を勢いよく蹴り出し、履いていたスリッパをウルフめがけて飛ばしたのだ。
 ほんの少しでも気を引ければそれでいい。
 それは狙い通り鼻先をかすめ、驚いたウルフはその場に踏みとどまった。
 辺りに舞う、落ち葉と土煙。ウルフが迫ってくる俺に気づいた時には、もう遅い。
 再度駆けだそうとしていたウルフの脇腹を思いっきり蹴り飛ばすと、大きな木の幹に激突。
 俺は元ハンマーのただの棒を手に取り、ウルフ達の前に立ち塞がった。

「【回復術ヒール】」

 後方から漏れ出る癒しの光。
 ウルフから目を逸らすことは出来ないが、魔法での治癒を始めたのだろう。
 状況から見て、こちらの方が優位に立ったはずである。
 倒れたウルフから気を逸らすことなく距離を詰め、残りの2匹を威圧する。
 唸る獣に臆することなくもう一歩足を踏み出そうとしたその時、ウルフはキツネを諦め、森の奥へと消えていった。


「大丈夫か、ミア?」

「うん。でもキツネさんが……」

 ミアが抱き抱えているキツネは力なく首が垂れていた。
 所々血が付いてはいるが、傷は既に回復術ヒールで塞がっているように見える。
 しかし、一向に目を開ける気配はない。
 心臓は――動いている。意識がないと言えばいいのか……。

「すまないが俺にはわからない……。様子を見るしかないな……。ここに置いておいたらまたウルフ達に襲われるかもしれない。とりあえず連れて帰ろう」

「うん……」

 心配そうにキツネを抱き上げるミア。
 俺が飛んで行ったスリッパを取りに行くと、木の根元に転がるウルフの死体。

「あっ、おにーちゃん。ウルフ持って帰ると、ギルドで報酬が出るよ」

「そういえば、そんな依頼が出てたな」

 ウルフの心臓が止まっていることを確認すると、元ハンマーに括り付けて、肩に担ぐ。

「ミア、重くないか? 俺が運んでもかまわんが?」

「大丈夫……」

「そうか。なら一旦村に引き返そう」

 炭鉱を諦め村へと戻ると、その頃には日も傾き、松明の明かりがゆらゆらと村を照らしていた。

「おにーちゃんは、ギルドの裏口で待ってて」

 キツネはひとまず俺の部屋で保護し、その後ソフィアに報告する。
 俺がギルドに入らないのは、ウルフの査定をする為だ。
 ギルドカウンターに直接死体を持って行ったりはしない。
 しかも、ここのギルドは1階が食堂だから尚更だ。
 しばらくすると、ミアから報告を受けたソフィアが勝手口から顔を出した。

「もう、九条さん。あまりミアを甘やかさないでくださいね?」

 ソフィアは、怒っているというより呆れている様子。
 子供が相手だからか。それとも俺に遠慮しているのか……。
 理由は不明だが、強くは言えない。そんな感じが見て取れた。

「ははは……」

 笑って誤魔化す俺。
 それに明確な返事をしなかったのは、ミアを甘やかすからである!

「はぁ……。じゃぁ査定するので、ここへ置いてください」

 ソフィアは小さく溜息をつくと、鑑定用だろうテーブルの上にウルフの死体を置いて査定を始めた。
 口を開けてみたり、手足を持ち上げてみたり。
 慣れた手つきで査定を終える。

「質は申し分ないですね。牙の折れもありませんし、体に大きなキズもないので本体で金貨2枚、毛皮で金貨1枚の計3枚をお支払いします」

「ちなみに、それはどーするんです?」

「毛皮は依頼のあった防具屋にお渡しします。お肉は精肉店で干し肉に加工されると思います。あまりおいしくないですけど保存食としては優秀なので。牙は武器屋さんか雑貨屋さんが買い取るんじゃないかと。他に何かありますか?」

「そうだ。この村に厚手の布を売っている所ってありますか?」

「厚手の布……。雑貨屋さんならお取り扱いしていると思いますけど……」

「そうですか。ありがとうございます」

 俺はソフィアから報酬の金貨3枚を受け取ると、それを片手に雑貨屋へと急いだ。


「ただいまー」

 小さな声で、ゆっくり物音を立てぬよう部屋の扉を開ける。
 ミアは未だ目の覚めないキツネを膝の上に置き、椅子に座っていた。
 あまり元気のなさそうなところを見ると、進展はなさそうだ。

「おかえりなさい。おにーちゃん」

「どうだ?」

 それに無言で首を振るミア。

「そうか……」

 俺は買ってきた数枚のバスタオルを丸めて部屋の隅に置き、キツネ用の寝床を作る。
 簡易的だがないよりはマシだろう。一晩中抱いて寝るわけにもいくまい。
 ちなみにバスタオルは、一番大きなサイズの物を金貨1枚で4枚ほど購入できた。
 田舎だからかそういう物なのか、それなりに高価な物であるようだ。

「ミア。気持ちは分かるが、ずっとそうしてる訳にもいかないだろう。とりあえずその子はこっちで休ませておいて、飯でもどうだ?」

「いらない……」

 まぁ、そう言うだろうなぁとは思っていた。かといって、食べない訳にもいかないだろう。
 強引に連れて行けなくもないが、それも良くない気もする。

「そうか……。じゃぁ俺は行くからな?」

 ミアは黙って頷いた。

 食堂に降りると、レベッカが別の客に持ち帰り用で料理を包んでいるのを目にして、コレだと思った。

「すまんレベッカ。俺も自分の部屋で食べたいんだが、大丈夫か?」

「ん? テイクアウトじゃなくて? 定食でってことか?」

「ああ」

「まぁ食器さえ戻してくれれば……。1人分でいいのか?」

「いや、出来ればミアの分も……。どうにか2食分お願いできないだろうか? 俺の明日の朝飯分を前借りというか……」

「はぁ……。しょうがねぇなぁ。今日朝食とらなかっただろ? その分でチャラにしてやるよ」

「すまない。助かるよ」

「いいってことよ。私と破壊神の仲だろ?」

「破壊神はやめてくれ……」

 ケラケラと笑うレベッカだったが、しっかりと2食分の定食を作ってくれた。
 それより破壊神の噂は、どこまで拡がっているのだろうか……。

「ミア、すまない。両手が塞がっていて扉が開けられないんだ。開けてくれないか?」

 部屋の中でゴトゴトと音がすると、扉がゆっくりと開かれる。

「ありがとう、ミア」

 部屋に入ると、持ってきた定食をテーブルへと置いた。

「おにーちゃん。それは?」

「あぁレベッカに言って部屋で食べれるようにしてもらったんだ。これならミアも食べれるだろ?」

「ありがとう。おにーちゃん」

 ミアの表情が少しだけ綻び、部屋の小さなテーブルで夕飯を供にする。
 カチャカチャと不規則に響く食器の音。食事中も、ミアはキツネから目を離さなかった。

「キツネさん、大丈夫かな……」

「さぁな。コイツが目を覚ましたら、ミアはどーするんだ? 流石に野生で育った獣は飼えないと思うが……」

「大丈夫。ちゃんと知ってるよ。起きたら森に返してあげる」

「そうか。ミアは偉いな」

「……うん」
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