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プロローグ
決意
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あれからどれくらいの時間が経ったのか、ディブロには覚えていない。
確かなことは、自分が人としての尊厳を剥がされる日が刻一刻と近づいていることだけだ。
一度昇り、二度三度と見慣れた太陽を見る度、心を駆り立て絶望から逃れるためにできることはないかと思案する。
けれどできることはなにもない、そこへ拍車をかけるように王女は頻繁に牢屋へと足を運んでいた。
苦しみ悩む姿を見て顔を歪め嬉しそうにする姿を前にするだけで、ディブロは吐き気と同時に悪寒が走る。
だからこそ弱々しい己を晒すことこそ、この悪女を愉悦に浸らせるのだと言い聞かせ、必死に強気の自分を見せた。
見抜かれてはいるのだろう、故に不快な顔をして言葉の暴力で散々と捻り、精神を折ろうとしてくるのだから質が悪い。
一番酷かったのは四度目の太陽が昇ったと同時に王女は訪れ、月が天高く上がるまで罵詈雑言を浴びせてきた。
よく回る舌だと途中から話半分で聞き流していたが、耳にしたくもない言葉の数々が入ってくるだけで足元を削られるようにダメージは蓄積していく。
「……何よ、何なのよあんたは! この私が! こんなに恩赦を、情けを、救いの手を差し伸べているのよ!? 歓びなさいよ、無様に犬のように尻を振りなさいよ、私に屈服しましたと頭を垂れて足を舐めるくらいするのが筋ってものでしょ!? 私は王族よ、姫よ、この世で最も尊き存在なのよ!? お前のような下級貴族風情が、本来目にすることだって畏れ多いのよ!? それがわかっているならさっさと首を縦に振れよクソ犬が!!!!」
一輪の凛とした花のように、可憐で優美な花弁を咲き誇らせるような容姿から出てきたのは、本人が忌み嫌うような下卑た言葉だった。
本性を垣間見えたと薄ら笑うだけのディブロの様子に、王女は持っていた扇子を握りつぶさんばかりに強く握り締める。
これまで生きてきて何もかも思い通りだった彼女にしたら、従わない己など認めたくないとばかりに追い討ちをかけようとしたのだろうが、逆効果だ。
そっとかつて騎士団長と呼ばれた男性は顔を上げて、醜く歪んだ王女の顔を真っ直ぐ見つめながら告げる。
「ーーありがとうございます、姫殿下。 おかげでようやく決心がつきました」
「……そう、そうよね! ここまでご褒美を与えてあげたのだから、当然でしょうね? 待っていなさい、今ーー」
「私は、貴方の出された要求を呑むことは御座いません。 故に、この不忠者に刻限である七度目の日が訪れた際には、どうぞこの首をお受け取り戴ければと思います」
「……えっ? な、なにをーー」
「はぁっ仕方がない、こういうのは礼儀にかけるのだが、伝わらないなら仕方がないーー、誰がお前みたいな世間知らずの小娘如きに従うっていうんだよ、この悪女が。 てめぇみたいなロクデナシの犬になるくらいなら死んだ方がマシだ。 父や母、兄弟たちには悪いと思うが、無様に生に縋るつもりはない、それが分かったならとっとと失せろ小便くせぇ餓鬼が!」
清廉ささえ感じられる視線に一瞬怯みこそすれど、ようやく自分に屈服したと思った王女が高らかに笑いそうになった。
しかし続いた言葉にはディブロ・イングリッドの騎士として、男として、そして人間としての誇りの丈を人間の姿をしたものに叩きつける。
敵を見るような鋭い目つきで突きつける言葉の数々に、なにを言われているのか理解が及ばない王女もどきは顔を引きつらせていた。
はっきりしているのは、どんなことがあっても従うことはなく、また下るくらいならば潔く死を選んだ方がマシだと宣言されたようなもの。
少しずつ言われたことを理解してきたのか、ワナワナと全身を震わせる王女は鬼気迫る表情で血を滾らせる異形の化物のような覇気を出しながら宣告した。
「……そう、ならお望み通り殺してあげるわ! でも貴方を殺す前に貴方の家族を殺してから死を与えてあげるわ! 自らの失態で! 目の前で! 身内が殺されるのを眺めさせられて、絶望に浸りながらその首をくびり落としてあげる!! アハハ、ア~~ハッハッハッハッハ!」
国の至宝とまで呼ばれた王女はそこにはいない、いるのはただ執着心をむき出しにした生粋の悪女が狂気に満ちた顔で男の尊厳をこれでもかと言わんばかりに剥奪することだ。
正気とは言えない叫びにも似た狂笑を浮かべて去る女の姿を鉄格子の奥から眺めていたディブロの顔に、後悔と未練は少しあるが間違っていないことだけははっきりしている。
申し開きできることがあるならば、自身のエゴで家族を死に追いやってしまうことだろうと、罪悪感が心に滴り落ちた。
今ごろは自分と同じく投獄されているのだろうか、その安否すらわからない彼には最早どうしようもないことと、諦めるしかない。
やり切った、そう思った瞬間にディブロの意識が急速に遠ざかっていった。
確かなことは、自分が人としての尊厳を剥がされる日が刻一刻と近づいていることだけだ。
一度昇り、二度三度と見慣れた太陽を見る度、心を駆り立て絶望から逃れるためにできることはないかと思案する。
けれどできることはなにもない、そこへ拍車をかけるように王女は頻繁に牢屋へと足を運んでいた。
苦しみ悩む姿を見て顔を歪め嬉しそうにする姿を前にするだけで、ディブロは吐き気と同時に悪寒が走る。
だからこそ弱々しい己を晒すことこそ、この悪女を愉悦に浸らせるのだと言い聞かせ、必死に強気の自分を見せた。
見抜かれてはいるのだろう、故に不快な顔をして言葉の暴力で散々と捻り、精神を折ろうとしてくるのだから質が悪い。
一番酷かったのは四度目の太陽が昇ったと同時に王女は訪れ、月が天高く上がるまで罵詈雑言を浴びせてきた。
よく回る舌だと途中から話半分で聞き流していたが、耳にしたくもない言葉の数々が入ってくるだけで足元を削られるようにダメージは蓄積していく。
「……何よ、何なのよあんたは! この私が! こんなに恩赦を、情けを、救いの手を差し伸べているのよ!? 歓びなさいよ、無様に犬のように尻を振りなさいよ、私に屈服しましたと頭を垂れて足を舐めるくらいするのが筋ってものでしょ!? 私は王族よ、姫よ、この世で最も尊き存在なのよ!? お前のような下級貴族風情が、本来目にすることだって畏れ多いのよ!? それがわかっているならさっさと首を縦に振れよクソ犬が!!!!」
一輪の凛とした花のように、可憐で優美な花弁を咲き誇らせるような容姿から出てきたのは、本人が忌み嫌うような下卑た言葉だった。
本性を垣間見えたと薄ら笑うだけのディブロの様子に、王女は持っていた扇子を握りつぶさんばかりに強く握り締める。
これまで生きてきて何もかも思い通りだった彼女にしたら、従わない己など認めたくないとばかりに追い討ちをかけようとしたのだろうが、逆効果だ。
そっとかつて騎士団長と呼ばれた男性は顔を上げて、醜く歪んだ王女の顔を真っ直ぐ見つめながら告げる。
「ーーありがとうございます、姫殿下。 おかげでようやく決心がつきました」
「……そう、そうよね! ここまでご褒美を与えてあげたのだから、当然でしょうね? 待っていなさい、今ーー」
「私は、貴方の出された要求を呑むことは御座いません。 故に、この不忠者に刻限である七度目の日が訪れた際には、どうぞこの首をお受け取り戴ければと思います」
「……えっ? な、なにをーー」
「はぁっ仕方がない、こういうのは礼儀にかけるのだが、伝わらないなら仕方がないーー、誰がお前みたいな世間知らずの小娘如きに従うっていうんだよ、この悪女が。 てめぇみたいなロクデナシの犬になるくらいなら死んだ方がマシだ。 父や母、兄弟たちには悪いと思うが、無様に生に縋るつもりはない、それが分かったならとっとと失せろ小便くせぇ餓鬼が!」
清廉ささえ感じられる視線に一瞬怯みこそすれど、ようやく自分に屈服したと思った王女が高らかに笑いそうになった。
しかし続いた言葉にはディブロ・イングリッドの騎士として、男として、そして人間としての誇りの丈を人間の姿をしたものに叩きつける。
敵を見るような鋭い目つきで突きつける言葉の数々に、なにを言われているのか理解が及ばない王女もどきは顔を引きつらせていた。
はっきりしているのは、どんなことがあっても従うことはなく、また下るくらいならば潔く死を選んだ方がマシだと宣言されたようなもの。
少しずつ言われたことを理解してきたのか、ワナワナと全身を震わせる王女は鬼気迫る表情で血を滾らせる異形の化物のような覇気を出しながら宣告した。
「……そう、ならお望み通り殺してあげるわ! でも貴方を殺す前に貴方の家族を殺してから死を与えてあげるわ! 自らの失態で! 目の前で! 身内が殺されるのを眺めさせられて、絶望に浸りながらその首をくびり落としてあげる!! アハハ、ア~~ハッハッハッハッハ!」
国の至宝とまで呼ばれた王女はそこにはいない、いるのはただ執着心をむき出しにした生粋の悪女が狂気に満ちた顔で男の尊厳をこれでもかと言わんばかりに剥奪することだ。
正気とは言えない叫びにも似た狂笑を浮かべて去る女の姿を鉄格子の奥から眺めていたディブロの顔に、後悔と未練は少しあるが間違っていないことだけははっきりしている。
申し開きできることがあるならば、自身のエゴで家族を死に追いやってしまうことだろうと、罪悪感が心に滴り落ちた。
今ごろは自分と同じく投獄されているのだろうか、その安否すらわからない彼には最早どうしようもないことと、諦めるしかない。
やり切った、そう思った瞬間にディブロの意識が急速に遠ざかっていった。
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