堅物騎士団長は狼王子の番となる

風煉

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プロローグ

運命

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どれくらい眠っていたのか分からないまま、ディブロはゆっくりと目を覚ます。
惚ける目で自身を見れば、破れた衣類と手足に繋がれた冷たい枷があり、まだ牢屋にいることだけは分かった。
辺りを見渡すと、それまで気を失っていた時でも乱雑に置かれているはずの簡素な食事と水はなく、その意図もなんとなく読める。
元より投獄されてからはまともに食事や水に手をつけることなく、いくら騎士として鍛え続けたとは言えど何日も飲まず食わずでは限界はすぐ訪れた。
喉が渇きを訴え、腹部からは何かを求めるように鳴き声が上がるも、各々の要求に答えることはできない。
そっと窓を見れば外は夜闇に包まれており、これが五度目、あるいは六度目の夜かは分からないが、猶予がないことは分かった。
なんと滑稽な最後だと、日が昇った際にはまず家族が殺され、そして自分もこの首が地面に堕ちることを思うと、今更ながらやってしまったと嘆きたくなるが、取り返しようがない。
せめて謝らせてくれないだろうかと、そんな儚すぎる願いを一抹に考えた時、衰弱しながらもディブロの聴覚がその音を捉える。

「……剣戟? まさか、賊なのか?」

残響のようにはっきりと聞こえたわけではないが、なにやら窓から風に乗って流れてくる聴き慣れているはずのあまりに場違いな音が展開されていた。
耳をすませば何人もの人間の声が波しぶきのように重なっており、応戦しているような雰囲気もある。
何が起こっているのかと、罪人に成り果てながらもかつて騎士として仕えた城に見舞われている事態にディブロは気が気でなかった。
動くことさえ叶えば、そう思うもできることは当然何もなく、ただ聞くだけでしかできない。
せめて何事もなく終わることを祈るしかないと、心を蝕むような毒をもたらした王女にされたことを鑑みても、自分にできるのはそれだけとディブロは目を閉じて信じてもいないはずの神に乞い願うのだった。

どれほどの時間が経ったのか分からないまま、やがて外からは異様な静けさが流れる。
戦いは無事終わり、賊と思われる者たちの排除が完了したのか、考えても仕方がないことが頭をよぎり始めた時だ。
コツコツと、遠くから誰かが近づいてくる気配を感じ、朦朧とする意識を少しでも集中すると覚えのある雰囲気が流れてくるのを察する。
同時に、周囲に知らない気配がいくつもあるため尚のことディブロの心に不安が走った。
そんな時に限り予想は的中するよう、格子の向こう側にある廊下から足音が明確に聞こえ始めたので何とか身構えようとする。
たとえ罪人であっても賊が相手ならば危害を加えられる可能性は十二分に考えられた。
手足の自由は効かないものの、いざとなれば舌を噛み切るだけのこと、そう決めた瞬間にそれは現れる。
よく見慣れた銀色の鎧を纏い、所々に血飛沫が散った跡を拭おうともせずにやってきたのはディブロもよく知る人間だった。

「……ロドス、なのか?」
「おやっ団長殿。 たった数日会わなかっただけでもう忘れてしまったんですか? 意外と薄情な方なんですね」

少しだけ期待していたのか、唖然としながらその名を呼ぶと当人はつれない反応をされたとして少し残念そうにする。
ロドスと呼ばれた青年は騎士団においてディブロの副団長であり右腕としても存在していた人物で、安否を気にしていた一人でもあった。
無事であることは素直に嬉しいと思えた、しかし彼が従えているのは他の団員たちではなく、見慣れる茶色のローブを纏った者たちで気配も覚えがない。
何者かと訝しんでいると、ロドスが鉄格子の前でゴソゴソと手元をいじっていると、やがて大きな音を立てて唯一の扉が開いた。
通り抜けて1間先まで近づいたところで、改めて囚われの身であるディブロ騎士団長を眺める。

「酷い臭いですね、鼻がもげそうだ」
「ーー投獄されているんだ、別段珍しいものではないだろう」
「それもそうですね、ただ思ったことを口に出しただけです」
「……それよりもロドス、その者たちは何者だ? 城は無事なのか? 陛下や、殿下たちはーー」
「気にするところはそこなんですね。 相変わらず忠誠心が篤いことです。 そうですねっ端的に申し上げれば、きちんと片付けておきましたよ」
「……なに?」

牢屋に入り込んだロドスの第一声は鼻をつんざくような汗が発酵したような臭いについての嫌悪感だった。
呆れながらも、そう言えば妙に嗅覚が鋭いことを思い出したディブロが声を出すも、違和感を拭うことができない。
だからこそ改めて彼に問いかけると、自身の言葉に対してため息をつきつつ男は無機質な顔で事もなげに言い切った。
片付けた、それが何を意味するものなのかなど考えたくもない、けれど現実は残酷すぎるほどに突きつける。
証拠とばかりにロドスは後ろに目配せし、とある一人が応えるよう牢屋に入ってくると何かを手渡し、それを見せつけるよう投げてきた。
ゴトリと重量感ある音に驚きながら見る、ディブロは瞳孔が開いていくのが分かる錯覚を覚えながら動悸が激しくなるのを感じる。
それはそうだろう、ディブロとロドスの間に落ちたのはつい最近までここへ訪れ、騎士団長を慰み者にせんがため動いていた王女の首だった。
抵抗する事も許されず、泣き喚いたのだろうその表情は固まり、最早何かを発する事も赦されないただの肉塊へと成り果てている様に、ディブロは目の前の事実を受け止めきれずにいる。
何が起きている、そう問いたいとばかりに顔を上げるも、ロドスは表情を崩さずに見つめているだけだ。

「もう少し段取りを進めてから事を起こすつもりでしたが、貴方が投獄されてしまったので予定を早める結果になってしまいましたよ。 まぁ成果は上々でしたからいいんですけどね」
「……ロドス様」
「分かっているよニーシャ。 さて、私もここにいるのはしんどいですから、本題に入りましょうか」

騎士として庇護の対象と然るべき相手だった者を前にして、何ら態度を崩さない姿にディブロは呆然とする。
ロドスにしても問題ではないとして淡々と話をしていると、傍の人間が呆れながらその名を呼ぶ際にどこか敬意を称する相手と取れる言動が益々混乱をもたらした。
苦笑しつつニーシャと呼んだ顔の見えない人に釈明すると、改めて見合うよう立った際にどこからともなく風が吹く。
それは目の前にいる相手を中心として巻き起こり、やがて彼を中心に光が溢れ始めたと思った次の瞬間、そこにいたのはディブロの知る人ではなかった。
光と風が収まった場所に立っていたのは、月明かりに照らされて輝く絹のように流れる美しい銀色の毛並みを纏った狼人が顕現する。
夢でも見ているのかと言葉を出す事もできなくなった元騎士団長に、ロドスは告げた。

「迎えに来ましたよ団長、いえっディブロ殿。 たった今から、貴方には私の番になっていただきます」
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