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「クソ! クソ! おのれ、こんなことになるはずではなかったというのに……!」
夜闇が完全に世界を包んだ時間、鬱蒼とした森の中で壮年の男性が忌々しいとばかり怨嗟の念を唱えていた。
見るからに豪奢な服装と蓄えられた髭が威厳をもたらすが、今はただそれらが滑稽でしかない。
彼はアングラウム王国と戦争をした、ディブロが生まれ育った国の王だ。
小国と侮り戦争を仕掛け、ただ無慈悲に蹂躙するだけで領土を増やせる、戦争初期はそう考え高を括っていたのだろう。
けれど蓋を開けてみれば、圧倒的に劣勢を強いられるなど考えてもいなかった。
精鋭と謳われた騎士団はほぼ壊滅、蛮族と侮っていた獣人たちに手も足も出なかったなど、国民は知る由もない。
「あのような下劣な生き物に、この私が負けるだと! ふざけるな、くそ、クソっ!」
国主とは思えない発言に、少し離れたところで控える側近は何とも言えない表情を浮かべていた。
このままでは敗戦という中で、王国からある条件で停戦する旨が王に届けられる。
届けられた書状には、『騎士団所属ディブロ・イングリットの身柄を無条件で差し出す』というものだった。
そのくらいなら安いと交渉に望もうとしたが、彼の亡き愚娘が反対したため、応じる必要なしと見做されてしまう。
まだ負けていない、どこから来たのか強者の対応で再び侵攻しようと考えたところで、件のディブロが使えるのではと王は考えた。
穏和な性格から民にも人気があり、騎士団内でも人柄の良さから彼の周りには人が大勢集う。
面白くない、王族としての誇りなどない王を初めとした王族たちはかの騎士が気に食わないと、憎らしく思っていた。
その性格ならば獣人たちを殺せと言われても、手を出すことはないと見越して命令を下す。
結果、ディブロは王命に背いた罪で投獄、身柄を押さえ、王国に対して脅しをかけられると考えた。
だがそれは、相手の逆鱗を撫でただけだったと気づいたのは、王宮を制圧された後だった。
「大臣!」
「は、はい……!」
「何としてもイングリットの小倅を取り戻せ! この私を愚弄した罪、あの薄汚い獣たちに思い知らせてくれる!」
辛うじて城を脱出した王と王子数名と側近を含めた集団は、護衛を引き連れて近くに秘されている王族のみ知る潜伏先にて、機を伺っていた。
正気を失った瞳の色をした王の姿に、大臣と呼ばれた壮年の男性はただ黙って胸に手を置いて、礼をしてから側を離れる。
手段は厭わない、言葉に出ていないだけで王はまだ戦いを続けようとするのだった。
「父上は?」
「……お言葉ではありますが、もはや手の施しようがない、かと」
「そうか、全く。 だから戦争などするべきではないと言ったんだがな」
王とは思えない叫びをあげる男から少し離れた場所に、天幕が張られていた。
そこへ大臣がそっと中へ入ると、出迎えるように金髪の男性が問いかける。
言いづらそうに答えると、頭を抱える男の姿は誰もが魅了されるような艶やかさを醸し出すが、今はそれどころではない。
「それで父上は何と?」
「何としても、ディブロ・イングリットを取り戻せと、仰られております……。 恐らく呪法を用いてでも、という意味合いで」
「……愚かな、そこまで墜ちたか。 いや、命令している時点ですでに動かしているのかもしれないな。 早急に対処しないといかん」
「殿下、それでは……」
「あぁ。 というわけで、そちらの提示した条件を飲むことにする。 よろしいか?」
「構いません。 無駄な時間が減ってくれるなら、私としても大助かりですので」
「そ、そうか……」
大臣に先を促す男性は、自分の不甲斐なさを恥じるように出た男の言葉に顔をしかめる。
これ以上、状況を俯瞰することはできないと見なした殿下と呼ばれた男は、目の前にいる使者と視線を合わす。
フードを被った猫人が、気怠そうに不敬と取られてもおかしくない態度に、王子は苦笑した。
だが悪い話ばかりではない、そう思えるのは渡された書状の中身が正当と言えるものだからだろう。
そしてもう一つ、気にすべき点があったため、そのことについても問うことにした。
「……それで、イングリット家の者達は?」
「こちらで全員保護しています。 ディブロ様は慕われているのですね、叛逆したというのに、誰も彼も間違っていないと言われてましたから」
「そうか……、ご当主は何か仰られていたか?」
「ただ一言だけ、残念ですと」
「……そうか」
王子としてやらなければならないことが目白押しなわけだが、彼にとって気にするべきことである、イングリット家についても尋ねる。
猫人の淡白なまでに答える姿に、それが事実だとまざまざと見せつけられているようで、何も言い返せなかった。
最後にディブロの父である現当主からの一言に、殿下は何かを諦め、大臣は顔色を悪くする。
ここでの仕事は終わった、そう言わんばかりに猫人が席を立ってその場から離れようとした。
「それでは、交渉成立ということで。 まぁ、残務というか、まだ面倒な問題が起こりそうな気配はしますけどね」
「……寛容な判断、誠に感謝する」
「良いですよ、ロドス様がそう望まれていましたし、何よりディブロ様にとっては一応、祖国なのですからね」
淡々と仕事を済ませて用はないと去る猫人に、王子は一言感謝を伝える。
返ってきた言葉から滲む意思には、『今更何をしたところでこちらへ侵攻したお前たちに、かける情けはない』と言われているようだった。
実際そうなのかもしれないと、天幕から出て気配が遠ざかる使者を見送った後、王子と大臣が共に息をつく。
自分たちより華奢な格好をしていても、まともに戦闘して勝てる相手ではないという恐怖から解放されて。
「……ニーシャ殿、少し脅しすぎたのでは?」
「はっ? これくらいしたって問題にはなりませんよ。 問われたところで、はぐらかせばいいだけですから」
憮然とした雰囲気を隠そうともしないで、ニーシャは酷く機嫌を損ねていた。
ただいくら何でも非公式とはいえ、一国の運命を左右する会談での態度に、傍らの豹獣人が嗜めると、彼の気分は益々最直下へと下降する。
これ以上はダメと分かっているようで、護衛役でもある彼が何かを言うことはなく、少し先を歩くニーシャへ追随するようついて行った。
少し歩いた先に森が開けた広場に出ると、そこにはアングラウム王国の兵士たちが待機しており、ニーシャたちが到着すると全員に緊張感が走る。
それを護衛の豹が手を動かし、待機を維持する合図を送れば、全員から肩の力が抜けて地面に腰を落ち着けた。
よく訓練されていると、ニーシャは自分には絶対できない団体行動の指揮を取る男の顔を見る。
視線に気づいたのか、ふと目が合ったものの、話すことはあまりないようで、そのまま歩き続けた。
そうして辿り着いたのは辺りに兵が集い、囲んでいる天幕が設置されている。
入り口にて入れば、中には数名の人間が用意された椅子に座り、テーブルを囲んでいた。
「お待たせしてすみません、こちらの条件を全て呑むことを王子が承諾しました」
「……そうですか。 それで、陛下は?」
「面倒ごとを引き起こそうとしているみたいです。 私はこのまま王都へ戻りますので、貴方たちは兵の誘導に従って移動してください」
「……ありがとうございます、ロドス殿下に感謝をお伝えください」
「別に良いですよ、どうせ今頃イチャついているところでしょうから。 全く、何でもかんでも押し付けすぎなんだよ、大体僕のせいじゃないし、そもそもあのクソ野郎はどこまで人の神経を逆撫ですれば気が済むんだ……」
「……っ、あの、何かあったんですか?」
「いえ、その……、私的なことだと思うので、お気になさらず」
ニーシャと豹が入ると、中心に座っていた男性が立ち上がり出迎える。
ディブロと顔立ちがよく似ている壮年の男こそ、現イングリット家の当主であり、周囲にいる男性より少し若そうに見える女性がその伴侶だ。
さらにディブロと雰囲気が似ている彼より年上の男性に加え、反対にニーシャと年齢が変わらない少年もこちらの様子を伺っている。
ここにいるのはディブロの家族であり、父とさらに兄弟たちは正当なイングリット家の血筋を受け継ぐ者だ。
騒乱の折、次男の反逆罪で家族全員が屋敷に閉じ込められ、あとは死を待つだけだったが、ロドスたちの行動により間一髪救助される。
アングラウムに救助されたものの、未だ国籍は彼の国にはないが、身内から王家に嫁ぐこととなったため、重要人物の一族として保護が確定した。
彼らの身元の安全も王子たちに突きつけた条件に含まれており、ニーシャの報告によって命の危険からようやく脱することとなる。
「あの、兄上は……?」
「帰ったら仕置きを……、んっ? あぁっすみません、ディブロさんでしたら今頃番いの儀を受けている頃合いですよ」
「番い……、本当に、ディブロが花嫁だったんだな……」
「旦那様、あの子は大丈夫なのでしょうか……?」
「問題ない。 イングリットの血を誰よりも濃く受け継ぐ者だ、器としては申し分ないはずだ」
「そうみたいですね。 それでは私は戻りますので、あとはよろしくお願いします」
「あぁ、そちらも気を付けろ。 呪法を使うなら、何が起こるかわからん。 ロドス様にもその旨をお伝えしてくれ」
安堵から緊張から解放されたのか、少年が兄について尋ねようと、未だブツブツと怒りを吐き散らかすニーシャに問いかける。
意図したわけではないが、呼ばれたことで抱えた鬱屈が解消されたのか、調子を取り戻した様子に、豹のみならずイングリット家全員がホッとした。
ここにはいない次男が今何をされているのか、と言うのを遠回しに言われた長男は複雑そうな顔を浮かべる。
心底不安とばかりの母だが、当主たる父はただ一言問題ないと、どこか安心した様子を見せていた。
食えない男なのだろう、言葉に出さずともニーシャは一瞬鋭さを秘めた視線を送ると、すぐさま指揮官へ後を任せると告げて天幕を出る。
直後、ものすごい勢いで何かが地面から跳躍するような衝撃が響き、外にいる兵たちから驚愕するような声が漏れた。
「……彼は、ロドス殿下の護衛だったか?」
「はい。 その、性格が少し難がある……、いやっ問題ありすぎなのですが、あれでも我が国ではかなりの実力者でして……」
「そうか……。 さて、 ディブロもだが、我々も動かなければな」
「そうですね。 それでは今後についてですがーー」
残された者達がニーシャに対してどう感じたか、図らずとも同じように考えていたらしく、少し気まずそうにする。
その話題もすぐ終わり、今はこれから先をどう動かなければならないかを話し合う時間だった。
豹が取り出した地図をテーブルに広げ、具体的な計画を当主として話し合いながら、それを補佐する母と長男、そしてしっかり聞き漏らさないように次男が耳を傾ける。
家族の無事に安堵しつつも、これから起こるであろう自分たちに降りかかる危機を乗り越えるため、綿密に打ち合わせを行うのだった。
夜闇が完全に世界を包んだ時間、鬱蒼とした森の中で壮年の男性が忌々しいとばかり怨嗟の念を唱えていた。
見るからに豪奢な服装と蓄えられた髭が威厳をもたらすが、今はただそれらが滑稽でしかない。
彼はアングラウム王国と戦争をした、ディブロが生まれ育った国の王だ。
小国と侮り戦争を仕掛け、ただ無慈悲に蹂躙するだけで領土を増やせる、戦争初期はそう考え高を括っていたのだろう。
けれど蓋を開けてみれば、圧倒的に劣勢を強いられるなど考えてもいなかった。
精鋭と謳われた騎士団はほぼ壊滅、蛮族と侮っていた獣人たちに手も足も出なかったなど、国民は知る由もない。
「あのような下劣な生き物に、この私が負けるだと! ふざけるな、くそ、クソっ!」
国主とは思えない発言に、少し離れたところで控える側近は何とも言えない表情を浮かべていた。
このままでは敗戦という中で、王国からある条件で停戦する旨が王に届けられる。
届けられた書状には、『騎士団所属ディブロ・イングリットの身柄を無条件で差し出す』というものだった。
そのくらいなら安いと交渉に望もうとしたが、彼の亡き愚娘が反対したため、応じる必要なしと見做されてしまう。
まだ負けていない、どこから来たのか強者の対応で再び侵攻しようと考えたところで、件のディブロが使えるのではと王は考えた。
穏和な性格から民にも人気があり、騎士団内でも人柄の良さから彼の周りには人が大勢集う。
面白くない、王族としての誇りなどない王を初めとした王族たちはかの騎士が気に食わないと、憎らしく思っていた。
その性格ならば獣人たちを殺せと言われても、手を出すことはないと見越して命令を下す。
結果、ディブロは王命に背いた罪で投獄、身柄を押さえ、王国に対して脅しをかけられると考えた。
だがそれは、相手の逆鱗を撫でただけだったと気づいたのは、王宮を制圧された後だった。
「大臣!」
「は、はい……!」
「何としてもイングリットの小倅を取り戻せ! この私を愚弄した罪、あの薄汚い獣たちに思い知らせてくれる!」
辛うじて城を脱出した王と王子数名と側近を含めた集団は、護衛を引き連れて近くに秘されている王族のみ知る潜伏先にて、機を伺っていた。
正気を失った瞳の色をした王の姿に、大臣と呼ばれた壮年の男性はただ黙って胸に手を置いて、礼をしてから側を離れる。
手段は厭わない、言葉に出ていないだけで王はまだ戦いを続けようとするのだった。
「父上は?」
「……お言葉ではありますが、もはや手の施しようがない、かと」
「そうか、全く。 だから戦争などするべきではないと言ったんだがな」
王とは思えない叫びをあげる男から少し離れた場所に、天幕が張られていた。
そこへ大臣がそっと中へ入ると、出迎えるように金髪の男性が問いかける。
言いづらそうに答えると、頭を抱える男の姿は誰もが魅了されるような艶やかさを醸し出すが、今はそれどころではない。
「それで父上は何と?」
「何としても、ディブロ・イングリットを取り戻せと、仰られております……。 恐らく呪法を用いてでも、という意味合いで」
「……愚かな、そこまで墜ちたか。 いや、命令している時点ですでに動かしているのかもしれないな。 早急に対処しないといかん」
「殿下、それでは……」
「あぁ。 というわけで、そちらの提示した条件を飲むことにする。 よろしいか?」
「構いません。 無駄な時間が減ってくれるなら、私としても大助かりですので」
「そ、そうか……」
大臣に先を促す男性は、自分の不甲斐なさを恥じるように出た男の言葉に顔をしかめる。
これ以上、状況を俯瞰することはできないと見なした殿下と呼ばれた男は、目の前にいる使者と視線を合わす。
フードを被った猫人が、気怠そうに不敬と取られてもおかしくない態度に、王子は苦笑した。
だが悪い話ばかりではない、そう思えるのは渡された書状の中身が正当と言えるものだからだろう。
そしてもう一つ、気にすべき点があったため、そのことについても問うことにした。
「……それで、イングリット家の者達は?」
「こちらで全員保護しています。 ディブロ様は慕われているのですね、叛逆したというのに、誰も彼も間違っていないと言われてましたから」
「そうか……、ご当主は何か仰られていたか?」
「ただ一言だけ、残念ですと」
「……そうか」
王子としてやらなければならないことが目白押しなわけだが、彼にとって気にするべきことである、イングリット家についても尋ねる。
猫人の淡白なまでに答える姿に、それが事実だとまざまざと見せつけられているようで、何も言い返せなかった。
最後にディブロの父である現当主からの一言に、殿下は何かを諦め、大臣は顔色を悪くする。
ここでの仕事は終わった、そう言わんばかりに猫人が席を立ってその場から離れようとした。
「それでは、交渉成立ということで。 まぁ、残務というか、まだ面倒な問題が起こりそうな気配はしますけどね」
「……寛容な判断、誠に感謝する」
「良いですよ、ロドス様がそう望まれていましたし、何よりディブロ様にとっては一応、祖国なのですからね」
淡々と仕事を済ませて用はないと去る猫人に、王子は一言感謝を伝える。
返ってきた言葉から滲む意思には、『今更何をしたところでこちらへ侵攻したお前たちに、かける情けはない』と言われているようだった。
実際そうなのかもしれないと、天幕から出て気配が遠ざかる使者を見送った後、王子と大臣が共に息をつく。
自分たちより華奢な格好をしていても、まともに戦闘して勝てる相手ではないという恐怖から解放されて。
「……ニーシャ殿、少し脅しすぎたのでは?」
「はっ? これくらいしたって問題にはなりませんよ。 問われたところで、はぐらかせばいいだけですから」
憮然とした雰囲気を隠そうともしないで、ニーシャは酷く機嫌を損ねていた。
ただいくら何でも非公式とはいえ、一国の運命を左右する会談での態度に、傍らの豹獣人が嗜めると、彼の気分は益々最直下へと下降する。
これ以上はダメと分かっているようで、護衛役でもある彼が何かを言うことはなく、少し先を歩くニーシャへ追随するようついて行った。
少し歩いた先に森が開けた広場に出ると、そこにはアングラウム王国の兵士たちが待機しており、ニーシャたちが到着すると全員に緊張感が走る。
それを護衛の豹が手を動かし、待機を維持する合図を送れば、全員から肩の力が抜けて地面に腰を落ち着けた。
よく訓練されていると、ニーシャは自分には絶対できない団体行動の指揮を取る男の顔を見る。
視線に気づいたのか、ふと目が合ったものの、話すことはあまりないようで、そのまま歩き続けた。
そうして辿り着いたのは辺りに兵が集い、囲んでいる天幕が設置されている。
入り口にて入れば、中には数名の人間が用意された椅子に座り、テーブルを囲んでいた。
「お待たせしてすみません、こちらの条件を全て呑むことを王子が承諾しました」
「……そうですか。 それで、陛下は?」
「面倒ごとを引き起こそうとしているみたいです。 私はこのまま王都へ戻りますので、貴方たちは兵の誘導に従って移動してください」
「……ありがとうございます、ロドス殿下に感謝をお伝えください」
「別に良いですよ、どうせ今頃イチャついているところでしょうから。 全く、何でもかんでも押し付けすぎなんだよ、大体僕のせいじゃないし、そもそもあのクソ野郎はどこまで人の神経を逆撫ですれば気が済むんだ……」
「……っ、あの、何かあったんですか?」
「いえ、その……、私的なことだと思うので、お気になさらず」
ニーシャと豹が入ると、中心に座っていた男性が立ち上がり出迎える。
ディブロと顔立ちがよく似ている壮年の男こそ、現イングリット家の当主であり、周囲にいる男性より少し若そうに見える女性がその伴侶だ。
さらにディブロと雰囲気が似ている彼より年上の男性に加え、反対にニーシャと年齢が変わらない少年もこちらの様子を伺っている。
ここにいるのはディブロの家族であり、父とさらに兄弟たちは正当なイングリット家の血筋を受け継ぐ者だ。
騒乱の折、次男の反逆罪で家族全員が屋敷に閉じ込められ、あとは死を待つだけだったが、ロドスたちの行動により間一髪救助される。
アングラウムに救助されたものの、未だ国籍は彼の国にはないが、身内から王家に嫁ぐこととなったため、重要人物の一族として保護が確定した。
彼らの身元の安全も王子たちに突きつけた条件に含まれており、ニーシャの報告によって命の危険からようやく脱することとなる。
「あの、兄上は……?」
「帰ったら仕置きを……、んっ? あぁっすみません、ディブロさんでしたら今頃番いの儀を受けている頃合いですよ」
「番い……、本当に、ディブロが花嫁だったんだな……」
「旦那様、あの子は大丈夫なのでしょうか……?」
「問題ない。 イングリットの血を誰よりも濃く受け継ぐ者だ、器としては申し分ないはずだ」
「そうみたいですね。 それでは私は戻りますので、あとはよろしくお願いします」
「あぁ、そちらも気を付けろ。 呪法を使うなら、何が起こるかわからん。 ロドス様にもその旨をお伝えしてくれ」
安堵から緊張から解放されたのか、少年が兄について尋ねようと、未だブツブツと怒りを吐き散らかすニーシャに問いかける。
意図したわけではないが、呼ばれたことで抱えた鬱屈が解消されたのか、調子を取り戻した様子に、豹のみならずイングリット家全員がホッとした。
ここにはいない次男が今何をされているのか、と言うのを遠回しに言われた長男は複雑そうな顔を浮かべる。
心底不安とばかりの母だが、当主たる父はただ一言問題ないと、どこか安心した様子を見せていた。
食えない男なのだろう、言葉に出さずともニーシャは一瞬鋭さを秘めた視線を送ると、すぐさま指揮官へ後を任せると告げて天幕を出る。
直後、ものすごい勢いで何かが地面から跳躍するような衝撃が響き、外にいる兵たちから驚愕するような声が漏れた。
「……彼は、ロドス殿下の護衛だったか?」
「はい。 その、性格が少し難がある……、いやっ問題ありすぎなのですが、あれでも我が国ではかなりの実力者でして……」
「そうか……。 さて、 ディブロもだが、我々も動かなければな」
「そうですね。 それでは今後についてですがーー」
残された者達がニーシャに対してどう感じたか、図らずとも同じように考えていたらしく、少し気まずそうにする。
その話題もすぐ終わり、今はこれから先をどう動かなければならないかを話し合う時間だった。
豹が取り出した地図をテーブルに広げ、具体的な計画を当主として話し合いながら、それを補佐する母と長男、そしてしっかり聞き漏らさないように次男が耳を傾ける。
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