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第十二章

悪役男爵(?)さん再び登場!1

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 ハリソン衛兵長さん一同は、街道から少し林に入った場所にある、こちらに歩いてくる。
 なんで?
 街道から近いとはいえ、知らなければわかりにくい場所なのに……。

 あ!
 アナさんだけは隠して置くべきだった!
 失敗した!

 ハリソンさんは衛兵長と言われている割には軟弱にも、やたら派手派手しいコートの中に沢山着込んでいるようで、まん丸に膨らんでいた。
 他の人は、騎士さんが十名、冒険者っぽいおじさんが一名だ。
 わたしが巨熊の皆じゃないと判断したのは騎士さん達の鎧だ。
 全身鎧? って言うんだっけ、ごっつい鎧に、防寒用だろう分厚いマントを羽織っている。
 彼らの鎧が、歩く度にガチャガチャ鳴るので、巨熊の皆と違う、そう気づいたのだ。
 ちなみに、巨熊の皆の鎧は魔獣の皮で出来ている。
 だから、あんな音はしないのだ。
「トーマスさん……。
 やはりか」
 ライアンさんの苦々しい声が聞こえる。
 それに対して、ハリソン衛兵長さんに付き従う冒険者っぽいおじさんが、鼻で笑った。
「知り合いなの?」訊ねると「古参の冒険者だ」と答えた。
「密偵の真似事をしているって噂はあったんだが……」
 ライアンさんが顔をしかめた。

 そこで気づく。
 ああ、アーロンさんと狩りに行った時、門にいたおじさんだ。

 そんなことを思い出していると、ハリソン衛兵長さんが「おやおや」と嫌らしい笑みを浮かべて、話しかけてきた。
「食料を密輸入しようとする不埒者がいると聞いて来たら……。
 昨日、ずいぶんと偉そうなことを抜かしていた小僧ではないか」
 ライアンさんがわたし達より一歩前に出て、それに答える。
「なにを勘違いしているかは知りませんが、これは食料じゃありませんよ」
「戯言を」
と言ったハリソン隊長はトーマスさん? っていう冒険者のおじさんに顎をしゃくる。

 素早く動くトーマスさんは、大麦の袋にナイフを刺した。

 一つじゃなく、何袋か刺した後、何やら悔しげに「大麦です」と答えた。
 とたん、ニヤニヤしていたハリソン隊長の顔がしかめつらになり、そして、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「なるほど、家畜の餌か。
 身の丈にあった食べ物が手に入ってよかったな」
 そして、視線をアナさんの方に向ける。
 その間に割り込むように、マークさんが動く。
 その様子を小馬鹿にするかのように、ハリソン隊長が言う。
「安心しろ。
 わたしに身を捧げたいという女は沢山いるんでな。
 そんな小汚い娘など、もう興味はない。
 せっかく、帝都までの道中に”使って”やろうと言うのに、馬鹿な女だ。
 せいぜい、ひもじい思いをしていれば良い」
 何やらご満悦そうなハリソン衛兵長さんは、「ふふふ」と含み笑いをする。
「それに、集まった食料が思いの外、多かったからな。
 あれをセヌ王国に売りさばけば、洗練された帝都の女をいくらでも買うことが出来るだろう。
 そして――くくく、ようやく正真正銘、貴族に戻れ――ああ、そういえば、そうだったな」
 ハリソン衛兵長さんは何かを思い出したように、大麦の袋を指さし、騎士さん達に指示する。
「おい、あれらを何個か切り裂け」
 え!?
 ちょ!
 騎士さん達は剣を抜き、袋に斬りかかる。
「ちょ!」
「駄目よ!」
 わたしが制止しようとするのを、アナさんが止める。
 その間に、ソリから大麦の入った袋が崩れ落ち、斬り付けられた袋――その切り口から、大麦が零れ出る。
「おい!」
と止めようとするライアンさん――そのお腹に隊長っぽい騎士さんが蹴りつける。
 ライアンさんがくの字になって倒れ、転がる。
 胸当てしかしてないから、無茶苦茶痛そうだ。
「ライアンさん、大丈夫!」
 赤鷲の皆と一緒に駆け寄り、側で膝を突く。
 そして、回復魔法を使おうとする。
 でも、ライアンさんは苦しそうにしながらも、それを手で制す。
 蹴った騎士さんが冷めざめとした目で見下ろしながら、言う。
「少しばかり腕に覚えがあるからと言って、図に乗るな平民……。
 お前程度の剣士など、騎士団には腐るほどいるわ」

 えぇ~
 何なの、この人!

 他の騎士さん達も、口元に嘲笑を浮かべながら見下ろしてくる。
 そこに、ハリソン衛兵長さんが言う。
「お前達、そんなところで呑気にしていても良いのか?」
「?」
 わたし達が困惑していると、ハリソン衛兵長さんはなにが可笑しいのか、声を上げて笑う。
「無知蒙昧もうまいの徒とはまさにお前達の様な者にふさわしいな!
 地獄ネズミ――奴らは匂いを辿って向かってくる。
 例えば、今、散らばった大麦などな。
 そこまで言えば分かるだろう」
「あっ!」
 赤鷲の団団長のライアンさんが慌てて立ち上がる。
「ほぉら、見ろ!
 薄汚いネズミどもが向かってくるぞ!」
 ハリソン衛兵長さんが指さす方を見ると、遠くに雪煙が見えている。
 白大ネズミ君だ。
 でも……。
 わたしは小首をひねる。

 冬の白大ネズミ君は余り匂いなど気にしないんだけどなぁ。
 仮にこちらに向かってきているのであれば、その理由は騎士さん達の鎧の音か、ハリソン衛兵長さんの大声が原因だと思う。

 でも、お構いなしにハリソン衛兵長さんは続ける。
「さっさと、町に入らないとまずいのでは無いかな?
 むろん、その大麦家畜の餌は諦めないとならんがな。
 それとも、蛮勇を奮って退治してみるか?
 ハッハッハァ~!」

 倒すか……。
 う~ん、組合長のアーロンさんに怒られるだろうなぁ。
 でも、あれだけ一生懸命育てた大麦を、ネズミ君ごときに食べられるのは悔しいんだけど……。

 そんなことを考えていると、トーマスさんが少し、媚びを売るような笑みを浮かべながら言う。
「あ、あのう……。
 我らもそろそろ戻った方が良いのでは?
 巻き込まれちゃ――」
 それに対して、ハリソン衛兵長さんは顔をしかめ、隊長っぽい騎士さんに視線を送る。
 隊長っぽい騎士さんはトーマスさんに近寄ると、思いっきりぶん殴った。
 鈍い音を響かせながら、トーマスさんが吹っ飛ぶ。

 えぇ~!
 痛そう!

 隊長っぽい騎士さんの手は金属製の籠手を付けている。
 あんな物で殴られたトーマスさん、歯が折れたのか口から血を吐き出しながら「あがぁ~!」とか声を上げて、転がったまま顎を手で押さえている。
 だが、そんな様子にも興味が無いのか、ハリソン衛兵長さんはこちらにニヤリと笑いかける。
「ククク、お前達、わたしが地獄ネズミを恐れぬ理由を知りたいようだな」
 そして、こちらは一切肯定していないにも関わらず、何やら満足げに頷くと、胸元からそれを取り出す。
「わたしにはな、これがあるのだよ」
 ハリソン衛兵長さんが手に持って掲げたのは、細長い銀色の笛? 前世で言うホイッスルとか犬笛みたいな形の物だった。
 銀色の鎖に付けられていて、ハリソン衛兵長さんの首に付けられていた。
 ハリソン衛兵長さんは続ける。
「これは魔動具でな、その音色によって、薄汚いネズミ達をこの町から追い払うために作られた恐るべき品物なのだよ。
 それは、代々の領主、その直系に受け継がれているものだ。
 そう、領主の直系たるわたしに相応しい魔動具である」
 何やら、陶酔した感じのハリソン衛兵長さんは「あの先代の女は”真の領主”のみ使える魔動具とか抜かしていたが、それも今、我が手にある」とか気持ち悪い含み笑いをしているけど、どうなんだろう?

 ……そもそも、あれ、魔動具なのかな?
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