Trains-winter 冬のむこう側

白鳥みすず

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第一章 ユキ

また明日

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・・・え。盛大な本が落ちる音に僕は振り向いた。
漫画みたいに女の子が派手に転んで、うめいていた。
本もそこら中に落ちている。
・・・どうやったらこんなことになるんだ。心の中で突っ込みを入れつつ、
痛かっただろうなとも思う。
・・・周りの人間と関わりはもたないようにしていたけれど。
さすがにこれは無視はしづらい。
「・・・大丈夫ですか?」
かがんで控えめに声をかけると顔を上げた彼女と目が合った。
優しげな目元につややかな栗色の髪。
黒のセーラー服に赤いスカーフ。スカートはやや長かった。
「っ・・・問題ありません・・・」
その顔を微かにしかめ、足をおさえ必死に痛みに耐えているようだ。
本を拾い集め、もう一度彼女を見る。
・・・あまり大丈夫そうには見えないけど。
「・・・立てますか?」
・・・なんだろう、危なっかしい子だな。
彼女の返事を待たず、腕を引っ張って立たせた。
「本は全部借りるんですか」
問いかけると彼女は首をぶんぶんと縦に振った。
カウンターまで本を運ぶと貸し出しを、とカウンターにいたおばさんに言う。
彼女が慌てふためきながらカードを取り出す。
鞄に入れると本は綺麗に収まった。もう大丈夫そうだなと思い、
立ち去ろうとすると
彼女に呼び止められた。

「・・・あ、あの!ありがとうございました。・・明日はいらっしゃいますか?」
「・・・はい」

・・・彼女の膝小僧が赤くなっているのに気づいた。
ポケットから絆創膏を差し出す。

「じゃあ」




「また明日!です」
と後ろから声が飛んできた。
・・・変わってる。

また明日、か。僕はその言葉をつぶやいた。




・・・よく分からないけど、僕は懐かれたようだ。
次の日、図書館で彼女は僕を見つけると転がるように走ってきて、僕の隣に座った。
膝小僧に絆創膏は貼られていなかった。
理由を尋ねるともったいなくて、と彼女は答えた。
・・・それ以上は聞かなかった。
彼女は僕のことを知りたがった。
好きな本、好きなこと、好きな音楽。
・・・はじめてだった。自分に興味を持たれること。
僕は戸惑いながらも答えていった。
彼女の澄んだ声は耳に優しく馴染んだ。不思議だった。
人と話すことが楽しい。
・・・気づくと夕方になっていた。
彼女は満足したように笑みを浮かべ、また明日!
と手を振って帰っていった。

何日か経った。
僕は彼女の名前すらまだ知らなかった。
相手に聞くと自分も答えなければいけないからだ。
フールの生徒は名前がリストに載っている。
・・・。
本を開き、無言で読む自分にふと彼女が問いかけてきた。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
視線を感じると思ってたら、そういうことか。
「・・・ユキだよ」
僕は答えた。嘘は言ってない。半分は本当だ。
「君は?」
「心と申します」
彼女はふんわりと微笑んだ。
「ユキくんですね。ユキくん」
彼女はうんうんと頷いた。
「・・・そういえば、どうしてずっと敬語なの?」
「敬語は・・・癖です」
彼女は答えた。両親は教師で小さい頃から正しく敬語を使えるようにと
家の中ではずっと敬語らしい。
彼女の敬語は綺麗で自然だ。ずっと使いつづけてきたからだったのか。
・・・敬語じゃ嫌だな、とふと思った。
子供じみてるかもしれないけど。
「友達にも敬語なの?」
「はい」
彼女は頷いた。
「僕は敬語は嫌だ」
しまった、口に出して言ってしまった。
案の定、彼女はびっくりしたようにこちらを見ていた。
「・・・敬語って距離を感じる。他人行儀だよ」
「他人行儀は嫌、ということでしょうか」
彼女が身を乗り出して聞いてくる。
僕はなんとなく罰が悪くなって目をそらした。
「・・・多分、そうなんだと思う」
馬鹿だな、何を言ってるんだ、僕は。
ふふと笑い声がした。
「・・・笑うなよ」
思っていたよりふてくされた声が出た。
「すみません、大変可愛いらしくて」
彼女は笑ったまま僕に謝った。
「そのように言っていただけて嬉しい限りです。ユキくんとは普通に話せるように精進・・・あ、頑張るね」
言い直すとにこりと笑う。
僕には、なんだ。単純にもその言葉に特別を感じて機嫌は一瞬で直った。
特別っていいな。みんなと同じじゃなくて違う。
「うん、よろしく」
僕が言うと彼女は息をのんで僕を見つめた。
「・・・何?」
心は何でもないよ、というと頬を緩めた。
・・・僕は彼女の特別になりたかったんだろうか。
僕は普段の心を知らない。学校で誰と話してどんな生活をしているのか。
彼女の周りはきっと笑顔で溢れているに違いない。
暖かくて側にいるだけで落ち着く。
「ユキくん、来週からお話できないかもしれません」
彼女は思い出したように言った。
「さ来週からテスト週間になります。私、勉強が苦手なのでそろそろ始めないと」
「・・・テスト勉強しにここにこないの?」
僕が尋ねると彼女は食い気味に
「来ます!行く!ユキくん、教えてくれる?」
と目をキラキラさせた。
「・・・うん」
・・・テスト勉強。馴染みのない言葉だった。
一応テストと言うものはあるし、学年順位だって上位だけ張り出されるけど
まともに見たことがない。
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