Trains-winter 冬のむこう側

白鳥みすず

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第一章 ユキ

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僕の病状は日に日に悪化していった。熱が出る日が増えた。
適当な言い訳を作って図書館に行かない日が増えた。
何もかも投げやりになった。そんな僕を心が心配するのは当然だった。
でも。弱っていくこの姿を見られたくない。身体も精神もずいぶんすり減っていた。
それと同時に僕はどこかで安堵していた。
もう置いて行かれずにすむ。僕は置いていく側なのだ。と。
ずるくて汚い人間だ。
保健室のベッドで外を見る。
季節は秋へと流れていた。冷たい風すら僕の身体を蝕む存在だ。
季節なんてもうどうでも良かった。
僕は無気力になっていた。
久しぶりに重い身体に鞭をうって図書館に行くと心は飛びつくように僕のところに来た。
「ユキくん、見てください。紅葉で栞を作ったの。はい、プレゼント」
と言われて簡易包装された包みを受け取る。
袋をあけると鮮やかな紅葉の栞が入っていた。
「・・・ありがとう」
僕の笑った顔を見て、心は明るく学校のことを話してくれた。
僕のことを気遣い、元気づけようとしてくれているのが伝わってきた。
心はやっぱり優しくて温かい。僕は数日後、同じように紅葉を探し、プレゼントを返した。
お揃い、だと言って心は無邪気に喜んでくれた。
そして、誕生日は必ず空けておいてと言われた。
僕の誕生日は12月24日だ。大体はクリスマスと一緒にされてしまう。
・・・その日まで僕の身体がもつ保証はどこにもなかった。
僕は曖昧に微笑んで断ろうとした。
「心、その日は・・・」
行けないよ、と僕は首を横に振る。
心も僕の態度の変化に気付いているようだった。
この約束だけは心はがんとして譲らなかった。
僕は折れて指切りして約束した。
会う日が減っていった。入院することもあった。
僕に残された日数はあとどれぐらい?
砂時計の砂がさらさらと落ちていく速度が増した気がした。
本を読む気力すらもうない。
クリスマスに雪が降った。
時計塔の前、待ち合わせ。15時。
何度も念押しされるように言われ頭の中に場所と時間は記憶されていた。
僕は盲信していた。だからバチが当たったのかもしれない。
そうじゃなかったらこんなことにはきっとならない。
僕はまだ生きていた。行こうと思えば、心に会うことができた。
病院のベッドで時計を眺めながら行こうか行かないかぐずぐず迷っていた。
僕は頬がこけ、身体も痩せ細っていた。
時計の針が進むカチカチという音だけ病室に響く。
気合いを入れて身体を動かさせないと動けない。
こんな姿で会いたくなかった。変わり果てた姿を見せたくなかったのだ。
だから行く力はあったのに約束を破ったのだ。
・・・それでも心のことだから律儀に僕を待ってるかもしれない。
寒い手を温めてマフラーを首に巻き直して、携帯を見ながら僕が来るのをずっと。
僕は何をやっているのだろう。
彼女は何も悪くない。何も聞かずに優しく寄り添って手を差し伸べてくれるのに。
僕が俯いてその手を取らずにいるんだ。
もう約束の時間は1時間は過ぎていたけれど僕はコートを来てマスクをつけると外に出た。
時計塔の前はすごい人だかりと救急車と警察で僕は近くに行くことができなかった。
何か事件があったのだろうか。僕は心に電話をかけた。コール音が鳴り響く。
そのコール音は人だかりの中から聞こえてきた。
僕は携帯から耳を離し、腕をだらんと下げた状態でそちらを見た。
音が全て消えた。僕の世界が歪んで狂いはじめる。
この感覚は前にもあった。浅野を失った時だ。
三谷心が通り魔に刺された、と僕は知った事実はたったそれだけだった。
血まみれの手と転がる本、それは僕がよく借りていた本だった。
心は僕より生きてくれると思っていた。
だから安心していた。大丈夫だって。
僕はまた間違えたのか・・・?
心の側に掛け寄っていくこともできない。
どうして・・・みんな僕を置いていく?
みんな僕のせいで大切な人が居なくなっていく・・・。
たとえ、天国というものがあったってもう二人は僕のことを見てくれないかもしれない。
----------心が死んだ。

僕の病室の机の上には心からのプレゼントと本と栞が置いてある。
雪の結晶の絵が描かれた栞の裏にはalways on the side とメッセージが添えられていた。
僕はその栞を本に挟んだ。
最近、夢を見る。時計塔の夢だ。 
僕は心に会ってごめんって抱きしめてる夢。
もしやり直せるなら今度はもう間違えたりしない。
そして花火大会の夢、僕は見てないはずなのに。浅野は僕を見て泣いている。
泣かないでほしい。そんなふうに泣かせるつもりなんてなかった。
優しさに気付けなくてごめん。
毎晩のように見る。
・・・僕は祈る。
残された短い時間を僕は一人で生きないといけない。
二人がいない世界で。
うつろだった。鮮やかだった世界は色を失った。
モノクロではなく古いフィルムのように色褪せたんだ。
でも、もし許されるなら・・・また二人に出会える場所があるなら僕はきっと二人に気持ちを伝える。大事だってことを。
もしまた未来がなくて今日全てが終わるとしても僕は逃げたりしない。
二人の側にいるって。そう言うんだ。
二人に僕の気持ちが伝わるかは分からない。でも全力でぶつかる。
今度こそ後悔なんてしない。
降り積もっていく雪を見ながら僕はいつかの空に手を伸ばした。
揺れた視界の端、冷たい風が僕を刺す。
―――まるで雪みたいな桜。
僕は微笑んだ。

きっと冬のむこう側で
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