【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の乱される日課

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 とにかく酷い夢だった。


 ◇

「は、合同任務ですか」
 昼食を終えたヒューバートは、その場でアッカーソン団長に団長室まで来るよう言われ、リズベス達と同じ話を聞かされていた。

 あれこれと打ち合わせを済ませ、ヒューバートが自室に戻った時にはもう三時間ほど経過していた。これでは午後の鍛錬の時間は充分には取れない。夕刻の鐘で修練場が閉まるまであと一時間ほどしかなかった。
「明日からはリズと仕事か……」
 魔術師団のデータ収集に協力するのは別に珍しいことではない。今までにも自分含め大勢の騎士たちが色んな分野で経験した重要な任務だ。そう、研究と実践。奇しくもリズベスの言った通り、研究は実際に運用して成果が出なければ意味がないのだ。
 リズベスの所属する研究班からも何度か要請があったはずだ。今回とは趣旨が違っていたし、確かあの時は別の魔術師が来ていたような気がする。
「リズも重要な部分を任されるようになったんだな」
 途中から打ち合わせに参加した魔術師団の第二部隊のロブ隊長も、今回の研究にはリズベスの功績が大きいという話をしていた。親友の妹、小さなリズベスが、いつの間にかしっかりと仕事を認められる一人前の大人になったことに、ヒューバートはくすぐったいような気持になっていた。
 そう、大人に――。そこまで考えてヒューバートは昨日と、そして今日会ったリズベスの姿を思い出した。大人。そうだ、確かにリズベスは大人になった。あの柔らかな手のひら。ほっそりとした腰に、豊かな曲線を描く胸。どこか子供っぽさを残しつつも、すっきりとした顔のライン。
 余りにも昔通りのリズベスの言動にすっかり忘れていたが、リズベスは――ええと、俺の何歳下だったか、六つ?ならば今は十九歳か。すっかり娘らしくなったあのリズベスと、自分は何をするんだったか。
「嘘だろう……」
 思っていたよりそれは、大変な事態なのではないか。ヒューバートはしばらくの間、呆然と天井を見上げていた。

 しばらく呆然としていたヒューバートは、心を落ち着けるべく、まず酒に手を出した。
 いつもなら寝る前に嗜む程度のそれを、こんな昼間から飲むのは初めてだった。いつもならしない事をする、それだけで妙な背徳感がある。
 何杯か空けた後になって、ヒューバートはベッド脇のテーブルに本があるのを思い出した。そう言えば昨日渡されたまま一ページも開いていない。
(リズベスがどんなことをするつもりか、確認しておかないといけないな)
 騎士たるもの、何にでも事前の準備と気構えが大切である。明らかにヒューバートの頭は混乱していた。リズベスを止める方に思考が向かないのがその証拠と言えるだろう。なんだか重要なことに今更気付いてしまった哀れな彼は、大いなる混乱の極地にいた。
 本を取るついでにベッドに寝そべり、半身を起こした格好でヒューバートは読書を開始した。その間にも酒は進む。あっと言う間に本の世界にのめり込んでしまったヒューバートは、自分でも気付かぬうちに酔いつぶれ、夢の世界へと落ちて行った――。



 ◇

 翌日、くらくらと揺れる頭を何とかふんばらせて、ヒューバートは時間通りに訓練場へと向かった。珍しいことに寝坊をしたらしく朝食時に姿を見せなかった彼を、団員たちは不思議がっていた。
 これまでヒューバートが任務以外で朝食の時間に現れなかったことなどなかったのだから、それも当然の反応だろう。
「副団長殿、どうしたんですか?」
 明らかに顔色の悪いヒューバートを見て、ブライアンが声をかける。今日が訓練日になる第一部隊所属の若い騎士だ。
「いや、ちょっと昨日飲みすぎてしまって」
 昨日も結局酒瓶を二本も空けた。勤務日前だったというのに。
「めずらしいっすね、副団長殿が二日酔いとか」
「毎回どれだけ飲んでもケロッとしてるのに」
「いや、別にケロッとはしてないですが」
 同じく第一小隊所属のオルトンとアンソニーがそれぞれ言うのに憮然として返す。あんまり顔に出ないだけで酔うことは酔うのだ。
 おまけに夢見が悪かった。いや、いい夢――ではあったのだが罪悪感が半端ない。
「今日は副団長殿も訓練に参加されるんですか?」
 一番年下のブライアンが尋ねる。ヒューバートは普段は執務に時間をとられているため、それほど訓練への参加率は高くないのだ。
「あー、今日からまた魔術師団の研究班から一人くるんだ」
 そう、リズベスが。ヒューバートは自分の言葉に自分でびくりとした。何にもバレるわけがないが、顔を合わせるのが一方的に気まずい。
「へー、またデータ取りっすか」
「今回は誰が来るんだろ」
「俺、たまには女の子がいいなあ」
 何故か、各々好き勝手なことを言ういつもの光景が妙に癪に触ってしまう。
「……今回来るのはリズベス研究員だ。でアーヴィンの妹でもある」
 思ったより機嫌の悪そうな声が出てしまい、ヒューバートは自分でもびっくりした。
(あんな夢くらいで、俺は!)
「あー……副団長殿、それって昨日修練場の方に来てた……」
「あっ、俺も見た!あのめっちゃ美人の……あっ」
 昨日修練場での件を見ていたものもいたらしい。ヒューバートは内心頭を抱えた。ずん、と肩に重いものを感じる。
 その様子を見た第一小隊の隊員たちは顔を見合わせた。なにか触れてはいけない事に触れている。優秀なる隊員たちは、第六感でそれを悟った。
「で、では副団長殿!第一小隊ただいまより訓練を開始いたします!」
 びしっ、ときっちり揃った敬礼を披露すると、第一小隊の面々は走り込みから開始するためにさっと移動を開始する。はっとしたヒューバートが顔を上げた時には、彼らははるか遠くまでダッシュで走り去っていた。
 はあ、と大きくため息をつくと、ヒューバートはとりあえずリズベスを迎えに行くべく訓練場を後にした。
 業務後の鍛錬を今日から倍にしよう。こんなに何もかも顔に出るようではだめだ。
(リズベスの夢を見たくらいでこんなに動揺していてどうする)

 そう、昨日ヒューバートの夢の中に登場したのはリズベスだった。最初は、誰ともわからぬ女を組み敷いているだけの何ということもない淫夢だったそれが、だんだんとリズベスの姿をとった。彼女の潤んだ瞳と上気した頬、その彼女の腕を押さえつけて――。

 本当に最低な夢だった。可愛い幼馴染が大人になった――そう理解した途端、あんな夢を見るなんて。本当最低だ。

(気をしっかり持て、ヒューバート)
 回廊を足早に歩きながら、自身に喝を入れる。大丈夫だ、これは何かの気の迷いだ。大人になろうが何しようが、彼女が可愛い幼馴染で親友の妹なことに変わりはない。自分は昔どおり、彼女のいい兄貴分だ。大丈夫、問題ない――

「あっ、ヒューバート様、おはようございます!」
 リズベスの姿を見た時に跳ねた心臓は、だからこれはきっと、罪悪感だ。
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