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生真面目騎士様の真面目なお仕事
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――引き返すならこの時だった。たとえ自分の恥ずかしい読書遍歴が知れ渡ったとしても。
ヒューバートは暫くの間、そうやって悩むことになる。
◇
「おはよう、リズ」
無理やり表情を取り繕って、ヒューバートはリズベスに挨拶を返した。
「今日からよろしくお願いします――その、急な話で大変申し訳ありません」
眉尻を下げてリズベスが言う。殊勝なその態度にもう一回心臓が跳ねる。
「任務だからね、当日言い渡されることだってあるくらいだ。リズが気にすることではないよ」
できればそんな殊勝な態度を取らないで欲しい。ヒューバートは強く思った。そんな風に昔のリズベスと違う態度を取られたら、自分がどんどんおかしくなってしまう。あの夢を思い出してしまう――。
生真面目で鳴らしたヒューバートの頭の中は――残念なことに、今は大いに不真面目な思考でいっぱいだった。
「――で、この魔術を発動した後、それぞれの反応速度を計測します」
リズベスは、騎士団の訓練場へと歩きながら今回の実戦データ計測についての説明を始める。やましい思考でいっぱいだったヒューバートは、そこではっと我に返った。仕事中である。真面目にやらなければいけない。
「すまないリズ、もう一回頼む」
こんなことで手違いがあっては大変なことになる。ヒューバートは素直にリズベスに再度の説明を頼んだ。そこで、まじまじとヒューバートの顔を見たリズベスが、今度は怪訝な顔になる。
「どうしたんですか、なんかぼーっとして……ん?顔色もちょっと……?」
「大丈夫、大丈夫だから」
心配そうに顔を覗き込もうとするリズベスを、不自然にならない程度に押しとどめて、ヒューバートは笑顔を浮かべた。なんだか納得いかない顔をしたリズベスだったが、とりあえずこれ以上追及する気はないようだ。
もう一度データ計測の手順を説明したリズベスは、今度は計測に参加してくれる騎士のことを聞きたがった。
「何人くらいいらっしゃいます?」
「とりあえず今日の訓練は第一小隊だから――四十名程度かな」
「……さすがに全員にお願いするとは、言えませんね」
「そうだなあ……魔術の発動条件は?」
「一応陣に起こしたやつもありますけど、これはまだ不完全で。私が直接魔術をかけることになります」
「じゃあ魔術使用前と使用後の計測をするとして、今日は少ない方がいいかな。二,三人程度から様子を見ようか」
「お願いします」
仕事の話を始めてしまえば、流石に若くして要職を預かるヒューバートである。きっちりと要点を聞き、素早く今日の人員から良さそうな人材をピックアップしていく。まずは体力の有り余っている若い奴らから人員を出そう。研究員のデータ計測は、回数が多ければ多い方がいいはずだ。
「で、今日はヒューバート様も実践に参加してくださるんですか?」
「……は?」
「えっ?」
実践、という言葉に大いに動揺してしまったヒューバートを、リズベスは目をまんまるくして見つめた。
(しまった)
リズベスの言う「実践」は、今回のデータ計測の話だ。決して例の――恋愛小説の、云々の方ではない。
仕事中だというのに、そんな言葉一つで動揺してしまうほど意識してしまっているのが自分だけだと気が付いて、ヒューバートは赤面した。
「あー……ああ、もちろん俺も参加するよ。こっちはまだ俺以外の人間には話が通っていないし」
言外に「極秘任務」のことを匂わせて答えると、リズベスはほっとしたように笑った。
「そうでしたね、急でしたものね」
そう返したリズベスは、極秘任務のことを思い出してどきりとした。そういえば、まだ未確定だけど――任務では初めてヒューバートにエスコートをしてもらえるのだ。確定ではないけど、たぶんそうなるだろう。ではヒューバートはどうだっただろう。思い返してみても、数少ない社交の場でヒューバートが誰かをエスコートしている姿を見たことがない。姉妹もおらず、浮いた話一つないヒューバートには、実際そんな経験は一度もなかった。
ふと、回廊の外にリズベスの目が向いた。まだ午前も早いうちなので、朝露の残る美しい解放庭園にも、訓練場に続く花の小道にも人の姿はない。見学に来る娘たちはもう少し後にならないと現れない時間帯だ。そうだ、と思いついたリズベスはヒューバートの方に手を伸ばした。
「ねえ、ヒューバート様?」
細い指がヒューバートの袖をそっと掴む。ヒューバートがそれに気づいてリズベスを見ると、彼女は花の小道を指さした。
「折角ですから、あっちを歩いていきましょう?」
そのままするっと腕を組むと――ヒューバートはびくりと体を震わせた。女性にこんな風に腕を組まれるような経験は、ヒューバートにはもちろんなかった。なにせお堅い聖騎士団副団長さまなのだ。たとえ頭の中で何を考えていようとも。
「ね、折角ですから――こっちの実践も、ね?」
くらっとする。腕を組まれて近くなったリズベスの髪からいい匂いがして、ヒューバートの精神を揺さぶる。
「こっ……こんな朝から?」
「別に朝だって良いでしょう?幸い他に人もいませんし……」
「そ、外だぞ……?」
「別に外でだって大丈夫でしょう?」
ヒューバートはぎょっとした。外で何をするつもりなんだ、こいつは!?腕を組んだことで当たるリズベスの――程よく成長したその曲線が気になって、ヒューバートはますますうろたえた。
確かに今この時間であれば、この回廊も花の小道も人が通ることは稀だ。花の小道もこの先を行けば背の高い生垣が視界を遮ってくれる。何をしたところで、早々人に見られることはないだろう。そこまで素早く判断して、ヒューバートは覚悟を決めた。
ごくり、と自分がつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえたが、ヒューバートは敢えてそれに気づかないふりをした。ごほん、とひとつ咳払いをすると、気を取り直してリズベスに微笑みかける。
「ではリズベス嬢、騎士団の訓練場までご案内しましょう」
やられっぱなしではいられない。ヒューバートの負けず嫌いの血がそう囁く。
(こっちばっかりが振り回されるなんてごめんだな)
わずかに目を見開いたリズベスに、少しだけ満足すると、ヒューバートは彼女をエスコートして歩き出した。リズベスはおとなしく一緒に歩いてくる。その頬がわずかに紅潮していることには、ヒューバートは気づかなかった。
そして――お互いの「恋愛小説」への認識が、少しばかりズレていたことにも。
ヒューバートは暫くの間、そうやって悩むことになる。
◇
「おはよう、リズ」
無理やり表情を取り繕って、ヒューバートはリズベスに挨拶を返した。
「今日からよろしくお願いします――その、急な話で大変申し訳ありません」
眉尻を下げてリズベスが言う。殊勝なその態度にもう一回心臓が跳ねる。
「任務だからね、当日言い渡されることだってあるくらいだ。リズが気にすることではないよ」
できればそんな殊勝な態度を取らないで欲しい。ヒューバートは強く思った。そんな風に昔のリズベスと違う態度を取られたら、自分がどんどんおかしくなってしまう。あの夢を思い出してしまう――。
生真面目で鳴らしたヒューバートの頭の中は――残念なことに、今は大いに不真面目な思考でいっぱいだった。
「――で、この魔術を発動した後、それぞれの反応速度を計測します」
リズベスは、騎士団の訓練場へと歩きながら今回の実戦データ計測についての説明を始める。やましい思考でいっぱいだったヒューバートは、そこではっと我に返った。仕事中である。真面目にやらなければいけない。
「すまないリズ、もう一回頼む」
こんなことで手違いがあっては大変なことになる。ヒューバートは素直にリズベスに再度の説明を頼んだ。そこで、まじまじとヒューバートの顔を見たリズベスが、今度は怪訝な顔になる。
「どうしたんですか、なんかぼーっとして……ん?顔色もちょっと……?」
「大丈夫、大丈夫だから」
心配そうに顔を覗き込もうとするリズベスを、不自然にならない程度に押しとどめて、ヒューバートは笑顔を浮かべた。なんだか納得いかない顔をしたリズベスだったが、とりあえずこれ以上追及する気はないようだ。
もう一度データ計測の手順を説明したリズベスは、今度は計測に参加してくれる騎士のことを聞きたがった。
「何人くらいいらっしゃいます?」
「とりあえず今日の訓練は第一小隊だから――四十名程度かな」
「……さすがに全員にお願いするとは、言えませんね」
「そうだなあ……魔術の発動条件は?」
「一応陣に起こしたやつもありますけど、これはまだ不完全で。私が直接魔術をかけることになります」
「じゃあ魔術使用前と使用後の計測をするとして、今日は少ない方がいいかな。二,三人程度から様子を見ようか」
「お願いします」
仕事の話を始めてしまえば、流石に若くして要職を預かるヒューバートである。きっちりと要点を聞き、素早く今日の人員から良さそうな人材をピックアップしていく。まずは体力の有り余っている若い奴らから人員を出そう。研究員のデータ計測は、回数が多ければ多い方がいいはずだ。
「で、今日はヒューバート様も実践に参加してくださるんですか?」
「……は?」
「えっ?」
実践、という言葉に大いに動揺してしまったヒューバートを、リズベスは目をまんまるくして見つめた。
(しまった)
リズベスの言う「実践」は、今回のデータ計測の話だ。決して例の――恋愛小説の、云々の方ではない。
仕事中だというのに、そんな言葉一つで動揺してしまうほど意識してしまっているのが自分だけだと気が付いて、ヒューバートは赤面した。
「あー……ああ、もちろん俺も参加するよ。こっちはまだ俺以外の人間には話が通っていないし」
言外に「極秘任務」のことを匂わせて答えると、リズベスはほっとしたように笑った。
「そうでしたね、急でしたものね」
そう返したリズベスは、極秘任務のことを思い出してどきりとした。そういえば、まだ未確定だけど――任務では初めてヒューバートにエスコートをしてもらえるのだ。確定ではないけど、たぶんそうなるだろう。ではヒューバートはどうだっただろう。思い返してみても、数少ない社交の場でヒューバートが誰かをエスコートしている姿を見たことがない。姉妹もおらず、浮いた話一つないヒューバートには、実際そんな経験は一度もなかった。
ふと、回廊の外にリズベスの目が向いた。まだ午前も早いうちなので、朝露の残る美しい解放庭園にも、訓練場に続く花の小道にも人の姿はない。見学に来る娘たちはもう少し後にならないと現れない時間帯だ。そうだ、と思いついたリズベスはヒューバートの方に手を伸ばした。
「ねえ、ヒューバート様?」
細い指がヒューバートの袖をそっと掴む。ヒューバートがそれに気づいてリズベスを見ると、彼女は花の小道を指さした。
「折角ですから、あっちを歩いていきましょう?」
そのままするっと腕を組むと――ヒューバートはびくりと体を震わせた。女性にこんな風に腕を組まれるような経験は、ヒューバートにはもちろんなかった。なにせお堅い聖騎士団副団長さまなのだ。たとえ頭の中で何を考えていようとも。
「ね、折角ですから――こっちの実践も、ね?」
くらっとする。腕を組まれて近くなったリズベスの髪からいい匂いがして、ヒューバートの精神を揺さぶる。
「こっ……こんな朝から?」
「別に朝だって良いでしょう?幸い他に人もいませんし……」
「そ、外だぞ……?」
「別に外でだって大丈夫でしょう?」
ヒューバートはぎょっとした。外で何をするつもりなんだ、こいつは!?腕を組んだことで当たるリズベスの――程よく成長したその曲線が気になって、ヒューバートはますますうろたえた。
確かに今この時間であれば、この回廊も花の小道も人が通ることは稀だ。花の小道もこの先を行けば背の高い生垣が視界を遮ってくれる。何をしたところで、早々人に見られることはないだろう。そこまで素早く判断して、ヒューバートは覚悟を決めた。
ごくり、と自分がつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえたが、ヒューバートは敢えてそれに気づかないふりをした。ごほん、とひとつ咳払いをすると、気を取り直してリズベスに微笑みかける。
「ではリズベス嬢、騎士団の訓練場までご案内しましょう」
やられっぱなしではいられない。ヒューバートの負けず嫌いの血がそう囁く。
(こっちばっかりが振り回されるなんてごめんだな)
わずかに目を見開いたリズベスに、少しだけ満足すると、ヒューバートは彼女をエスコートして歩き出した。リズベスはおとなしく一緒に歩いてくる。その頬がわずかに紅潮していることには、ヒューバートは気づかなかった。
そして――お互いの「恋愛小説」への認識が、少しばかりズレていたことにも。
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