【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の大いなる葛藤

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 ――さて。
 ヒューバートは腕を組んで隣を歩くリズベスをちらりと見た。花の小道を通って騎士団の訓練場までは恐らく二十分程はかかるだろう。彼一人であれば十分もかからないが、女性の足ではヒューバートと同じ速度で歩くことが困難であることくらいはわかる。
(――それにしても、リズは何を考えている?)
 とにかく突然でさえなければ対処できるはずだ、と考えたヒューバートはリズベスが何をするつもりなのかを考えていた。当の彼女は、純粋に花の小道に植えられた色とりどりの花たちを楽しんでいるように見える。
 女性とこうして腕を組んで歩くなどという経験が皆無のヒューバートとしては、とにかく気になるのは歩くたびに腕に当たる二つの膨らみだ。今までに感じたことのない柔らかさに、ともすれば気を取られてしまい、警戒するのを忘れてしまいそうになる。
(この、服の下……)
 また夢のことを思い出しそうになったヒューバートは、吸い寄せられるようにその部分を見つめてしまっていた視線をあわてて引き剥がした。心拍数があがってしまって、呼吸をするのが苦しい。
 そんなヒューバートに、リズベスは全く気が付いていないようだった。うっとりと花に見惚れては、感嘆のため息を漏らしている。
 何かされるかもしれない、と思いながらじりじりとしているのも意外と疲れるものだ。ヒューバートはそっとため息をついた。
(いっそこちらから仕掛けるか?)
 先手必勝、という言葉もある。ヒューバートは自分の読んだ本の中から似たようなシチュエーションを思い出そうとしてみた。しかし、朝の庭園で二人きり――などという丁度いいシチュエーションを都合よく思いだせるはずもない。大体そういうシーンは夜の月明りの下、などというのが定番だ。少なくとも彼の思いだせる範囲では。それに――
(まさかは出来ないだろう……)
 思い出したシーンに、ヒューバートは顔を赤らめた。もう一度こっそりとリズベスの顔を覗き見る。
 シーンの再現というのはどこまでやるつもりなのか、そういえば全く確認していなかった。もしかしたらリズベスの勧めてくれた本の中には「朝の庭園で散歩する」などというシーンがあったのか。だとしたら事前に読んでおくべきだった。準備不足感が否めない。
 花の小道も、もう半ばまで来ていた。ちょうどアーチ状になった生垣に遮られて、外からは見えない辺りだ。
(それにしても、リズの奴……)
 ヒューバートの心中など全くお構いなしに上機嫌で隣を歩いているリズベスに、彼は段々腹が立ってきていた。自分がこんなに悩む羽目になっているのも、変な夢を見てしまったのも、もとはと言えば彼女のせいだ。ここはひとつ、一泡吹かせてやりたい。
 素早く辺りを確認して、本当に人がいないことを確認すると、ヒューバートはごくりと唾を飲んだ。試合前のように緊張する。一つ息を大きく吸い込んでから、彼はリズベスの腕をそっと自分の腕から外した。
「リズベス――」
「……?」
 突然外された腕に驚いて、リズベスがヒューバートを見上げる。その腰を、ヒューバートは素早く抱き寄せた。
「えっ」
 リズベスの慌てる声が聞こえる。びっくりして縮こまった姿が、妙に可愛らしく彼の目に映った。困惑したリズベスの両腕が、力なくヒューバートの胸を押し返そうとする。そんな小さな抵抗が、ヒューバートに火をつけた。
「そんな弱い抵抗では、離してあげられないな」
 そっと抱きしめて耳元で囁く。抵抗を封じるように腕の力を強めると、リズベスが息を飲むのが伝わってきた。すっかり調子に乗って、ヒューバートはリズベスの柔らかな感触を楽しむ。
「いい匂いがする」
 リズベスの髪は、昨日と同じようにいい匂いがして、だんだんくらくらしてくる。もうヒューバートは勝ち負けなどすっかり忘れてしまっていた。このままずっとこうしていられたら、どんなにいいだろう。
 そのうち、縮こまっていたリズベスの身体から力が抜けていく。どうしたのかと、そっと少しだけ腕を緩めて顔を覗き込むと、リズベスはすっかり頬を紅潮させて息も絶え絶えだった。
「お、おい、リズ?」
 我に返ったヒューバートは、慌ててリズベスの顔を覗き込む。
「すまない、苦しかったか?」
「い、いえ……」
 視線をさまよわせながら、リズベスは落ち着きを取り戻そうと呼吸を整えた。その様子が艶めかしく見えてしまい、動揺する。
(しまった、やりすぎだ……)
 ちょっとした意趣返しのつもりだったが、調子に乗りすぎた。すまなかった、ともう一度繰り返す。
「ちょっと驚いただけ……」
 リズベスは、真っ赤な顔でそう言うと今度は腕を組むことなく歩き出した。一拍遅れてヒューバートもそれに続く。
 それでも、ヒューバートの腕にはまだリズベスの柔らかな感触とそのぬくもりが残っていた。



 ♢

「では、計測を開始しますね」
 リズベスの声に従って、ブライアンとオルトン、アンソニーとヒューバートが模擬戦を開始する。計測用の魔法陣を発動させると、一瞬淡い光が身体を包んだ。
「まずは強化魔術なしの計測です」
 てきぱきと仕事をこなしていくリズベスには、先ほどの動揺は見られない。もちろんヒューバートもしっかりと意識を切り替えている。
「本気で行きますからね、副団長」
「こちらこそ」
 じりじりと間合いをつめる。出来れば短期決戦といきたい。打ち込んでくるアンソニーをいなして、できた隙に叩き込む。それを辛うじて止めたアンソニーが飛び退って距離を空ける。
 そんなことを繰り返しているうちに、先に息が上がってきたのはアンソニーの方である。無駄な動きが多く、その分体力を消耗しているのだ。
「どうした、もう終わりか?」
 そう煽ると、アンソニーは簡単に乗ってしまう。突っ込んできたところを躱して、そのまま勢いで背後を取る。態勢を整えなおそうとしたアンソニーの首元に、ヒューバートの剣が突き付けられた。
「……お見事です」
 アンソニーは若い騎士の中では有望株である。しかし、若者らしく血の気が多いのが欠点だ。
「前よりだいぶ腕が上がってるよ、もうそろそろ俺も一本取られそうだ」
 笑ってそう言うヒューバートに、アンソニーは苦笑した。
「副団長から一本取れたら俺、めちゃくちゃ自慢しますよ……」
「お二人とも、お疲れ様です」
 ベンチまで戻ってきた二人に、リズベスが声をかける。この後少し休憩を挟んでから、強化魔術ありの計測をするのだ。
 丁度、ブライアンとオルトンも模擬戦を終えたらしく、二人が並んで戻ってくる。
「やっぱオルトンさんにはまだまだ敵わないっすね」
 ブライアンがそう言って頭を掻く。ブライアンとアンソニーは同期の二十三歳、オルトンはヒューバートよりも一つ年上の二十六歳だ。
「ブライアンもなかなか、腕をあげてきてるけどな」
 そうオルトンがほほ笑む。
「次は強化魔術をかけてもらえるんでしょう?どんな感じなのかなあ」
「じゃそろそろやりましょうか?」
「了解です!」

 データ計測は、その後昼の鐘が鳴るまで続けられた。
 後にブライアンはこう語る。
「いくら体力あっても、模擬戦五連続はキツかった」と。
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