【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の探索

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 ヒューバートはものすごく不機嫌であった。こちらが事を荒立てないように頑張っているというのに、ランバートのやつときたら、起こさなくてもいい騒ぎを起こしまくっているのだ。
 多少――いや、過分に役得な面もあった。それはおとなしく認めよう。先程も、ランバートが余計な騒ぎを起こさなければ……。
 そこまで考えて、ヒューバートは小さく首を振った。
 後ろから必死に追いかけてくるリズベスの顔をちらりと見る。手を引いているから走れているけれど、これでは長くは持たないだろう。
 抱き上げて走る、という提案を一蹴したが、万が一の場合はその役目はランバートに任せるしかない。両手がふさがっていては、剣を使えないのだから。

 わかってはいても、若干もやもやとする。
 ヒューバートはそのもやもやを振り払うように、もう一度握りしめた手に力を込めた。


 ◇


 たどりついた先は、どうやら図書室のようだ。
 重厚な本棚がいくつも並び、およそ享楽的な催しが行われている邸には似つかわしくない。並んだ本をじっくり検分する時間はないが、ざっと見たところでは植物の栽培に関する研究書と、魔術の開発に関する論文が占めているようだ。
 いずれこの邸を捜索することになれば、これらは押収することになるだろう。ランバートの当たりが正しければ、この中にもいくつかは見るべきものが隠されているはずだ。

 それにしても、ここへ先にたどりついた人物は余程焦っていたのだろう。
 折角取り付けたであろう内鍵は開いたままであったし――ヒューバートは奥を覗き込んで苦笑した。
 本がばらばらと散らばった辺りに、隠し扉がひらいたまま、ぽっかりと暗い影を落としている。
「はは、随分と慌てているようだな」
「お前が『私はすべて知っている』なんて脅すからだろうが……」
 これ見よがしに、大きなため息を一つ。首をすくめたランバートが、中の様子を伺うのを横目に見ながら、ヒューバートはリズベスを振り返った。
 ここまで全力で走らされたリズベスは、はあはあと荒い息をついてへたり込んでいる。
「……大丈夫か?」
「え、ええ……なんとか……」
 そう答えるリズベスの頬は上気し、小さな唇は空気を求めて開いたままだ。先程無理やり解いた髪が、汗で額にに張り付いている。その様子に、つい先刻までの扇情的な姿を思い出しそうになって、ヒューバートは慌てて目を逸らした。
 あんな無理をさせた挙句に、ろくな休息もなく引っ張りまわしている、ということにようやく思い至って、わずかに唸り声をあげる。ここまで着いてこられただけで、褒められていいレベルだ。
 守ってやるどころか、このありさまでは――。ヒューバートは自分の無力さを呪った。全く自分という男は、さえ守れないのか!

「……リズちゃん、大丈夫そう?ここから先、少し手を貸してもらいたいのだけど」
「おい、バート……」
「い、いえ……ヒュー……ヒューさま、大丈夫です」
 最後に一つ深呼吸をしたリズベスが、よろよろと立ち上がる。手を貸そうとするヒューバートを制して、リズベスがドレスの隠しポケットから髪に挿すピンを一つ取り出した。
「これを……」
 ランバートが受け取って、そのピンをしげしげと眺める。先端についた丸い石に目を止めて、ランバートが感嘆の声を上げた。
「これは素晴らしいね……!なるほど、魔力温存のため?こういうの、師団で開発してるの?」
 つん、とつつくと魔法陣が空中に浮かび上がる。ぼや、と一瞬光ったかと思うと、ピンの先が明りを灯した。
「試作品ですけれど……これは、まあ、趣味の延長で」
「へえ……!リズちゃんは本当に優秀だなあ」
 にこにこと微笑みながら、ランバートは自らの髪を少しねじりあげる。そこへピンを挿しこむと、とんとん、と2度ほど跳ねて落ちないことを確認するように頭を振った。
「うん、よし!どう、似合う?」
 その姿を見て、ヒューバートとリズベスは顔を見合わせた。似合うと言えば、似合う。が、ランバートの金髪がやけにきらきらしく見えて――。
 二人は小さく吹き出した。


 カツンカツン、という足音がやけに響く。隠し扉は定番通り地下へと続いているようで、その階段を3人はピンの明かりを――ランバートの頭の明かりを頼りに慎重に降りていく。
 図書室の内鍵はきっちり閉めさせてもらった。その効果か、追手は今のところ迫っていないようだ。
 ドレス姿のリズベスに手を貸し、先導はランバートに任せている。本来であれば、自分が先導を務めるべきであるが、そこはランバートに押し切られてしまった。
 それにしても、やたら長い階段だ。それに、下に降りるにつれてやけに甘い匂いが鼻につく。覚えがあるような、ないような、そんな匂いだ。
 嗅いでいるだけで頭がくらくらしそうだ、とヒューバートは大きく息をついた。
 リズベスも同様のようで、先程から足元が少しぎこちない。先程は収まっていた息遣いも、少し苦しそうなものに変化している。
 ――あまり、無理をさせるのはまずい。
 そう思い、先導しているランバートに声をかけようとしたとき、そのランバートがぴたりと足を止めて振り返った。
「着いたようだよ」
 小さな部屋だった。大きな古びた机が面積の半分以上を占めている。その上に、やたらと仰々しい実験器具のようなものがいくつか鎮座し、周囲には開いたままの本やガラス瓶、小さな白い皿などが散乱している。隅っこに、白いドライフラワーがいくつか束にして置かれていた。
 机の横に置かれた棚には箱が並び、中身のたっぷり詰まった瓶がいくつも詰められている。
 天井からは、ドライフラワーがいくつもぶら下がっていて、それは机の上にあるものと同じようだ。その向こうには、緑色の――薬草だろうか。花ではなく、葉の部分だけが吊るしてある。
 おそらく、あの匂いのもとはこれなのだろう。部屋の中は、階段を下りていた時よりもさらに甘く、それでいてどこか青臭い匂いが充満していた。
「なるほどねぇ……ここが精製所か」
 室内に人影はなく、ランバートは無造作に机の上の皿を指先でつついた。その言葉に、ヒューバートがはっとする。なるほど、この匂い、どおりで嗅いだことがあるはずだ。

 ここで、あの薬が作られていたのか。

「――で、あいつはどこへ行ったんだ?」
 精製所を押さえられたのであれば、証拠としては充分だろう。しかし、ここまでの騒ぎを起こしてしまったのだ。この拠点は放棄されるだろう。
 あの男を捕まえて、全て吐かせなければ、また同じことがどこかで起きる。
 部屋を見回したが、出口があるようには見えない。ここにいないとなれば、男はどこへ逃げたというのだろう。
「ここへ逃げてきたのは間違いないはずなんだ。うーん、ここからはリズちゃんの出番かな」
 突然名前を出されて、リズベスが目を丸くした。
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