【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の追跡

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「お、おま、なぁ……」
 はぁはぁと息を切らせたランバートに、ヒューバートは冷たい視線を向けた。どうやらこの王子は、鍛錬をサボっていたらしい。これくらいの距離を全力疾走したくらいで息が切れるとは情けないことだ。戻ったら、聖騎士団の訓練に混ぜてやろう。きっと見物客も喜ぶに違いない。
 剣技・体術の方は問題ないが、持久力に難あり、と心のメモに書きつける。
 ふん、と鼻を鳴らしたヒューバートは、ランバートの恨み言には答えずに地面に目を凝らした。
「おそらくこの辺りだと……おい、バート、さっきの明かり、落としてきていないだろうな」
 ちょい、とヒューバートが自分の頭をつついて見せると、ランバートが頷いた。はあっ、と一つ大きく深呼吸をして息を整えると、内ポケットからリズベスに渡されたピンを取り出して掲げる。邸内では目立つから、と外したそれは、指でつつくと再びやわらかな光を生み出した。
「……これ、商品化したら売れるんじゃない?そういう商売っ気はさすがにリズちゃんにはないだろうなあ」
 ヒューバートに倣って視線を下に向けたランバートが、しばらくして思いついたようにそう呟く。視線は真剣に地面を探っているが、口調は軽い。それを聞いたヒューバートは、渋面を作った。
「さっきから思っていたんだがな」
「何だい?」
 小声で会話を交わしながらも、慎重に地面を足で払う。段差があればわかるはずだ、とヒューバートは足先に感覚を集中した。
「その、リズちゃん、っていうのは何なんだ……馴れ馴れしいにもほどがある」
「ええ、いまそれ気にするところ……?」
 呆れたように視線を上げたランバートの足が、何かにがつりとぶつかった。うわっと、と慌てたような声を上げてよろける。
 明かりを近づけてよく見れば、地面に切れ目が入っているのがわかる。扉の上に土を盛り、ご丁寧に草まで植えてあるせいで、ぱっと見ただけではわからない。取っ手も草に隠れてわかりにくくなっていた。
 ヒュウ、とランバートが口笛を鳴らす。
「うまいこと隠すものだ。それにしても、よくこの辺だとわかったねえ」
「……先刻、ここでリズが転びかけたんだ。疲れからか、と思ったが……おそらくその取っ手にひっかかったんだろう」
 ヒューバートは辺りを見回した。木々の中を抜けて、ここは少しひらけた場所だ。上を見上げると、ちょうど円形に夜空が切り取られて見える。
 へえ、と感心したように頷くランバートを横目に、ヒューバートは取っ手に手をかけた。
「おい、いきなり開けちゃうつもり?」
「……この様子から見て、おそらく奴はまだ中にいるはずだ。だとすれば、リズが危ないかもしれん」
 あれだけ慌てて逃げ出した男が、この重たそうな隠し扉を開けた後もう一度閉めるとは思えない。これは結構力が必要そうだし、とにかく逃げる方を優先するだろうことは想像に難くない。
 であれば、まだ中にいる確率が高いし――ヒューバートは取っ手を握る手に力を込めた。この中で心細い思いをしているであろうリズベスを助けることの方が、自分にとって重要だ。
 仕方ない、と言うようにランバートが肩をすくめる。見た目通りに重たい扉は、それでもさらに力を込めると意外にもスムーズに持ち上がった。
「やっぱり、よく使っているんだろうね……」
 苦々しげにそう呟くランバートに、頷きをかえす。持ち上げた扉の下は、図書室の隠し扉の先と同じように階段になっていた。薄暗い階段には、魔術灯がいくつか設置されているのが見える。ただし、明かりは灯されてはいない。
 思っていたよりも中は狭い。元々は、荷を運ぶための通路ではなかったのだろう。
 耳を澄ませてみたが、足音は聞こえなかった。全力で走ってきたとはいえ、隠し通路ならばここまでの最短距離を掘っているはずだ。自分たちが着くよりも先に出たとは考えにくいが、足音も聞こえないほどまだ奥にいるというのも不自然である。

 ――嫌な感じだ。

 足元からじわりと冷気が漂ったように思えて、身震いする。
(無事でいてくれよ、リズ……)
 逸る気持ちを押さえて、ヒューバートは扉の中へと潜り込んだ。

 二人分の足音が狭い通路に響いている。ところどころ剥がれかけた石壁が、通路の古さを物語っていた。どれくらい昔のものなのだろうか。今にも崩れそうだな、とヒューバートは天井を見上げた。
 所々に修復の跡が見受けられるが、老朽化ばかりは止められるものではない。
 ふう、とため息をついたとき、前方から物音が聞こえたような気がした。
「――聞こえた?」
「ああ……」
 今にも飛び出していきそうな顔をしたヒューバートを、ランバートが制止する。手元の明かりを消すと、慎重にその先を伺った。
 なるべく足音を立てないよう、そろそろと近づいていく。すると、前方にぼんやりと明かりが見えた。

「……か、まさ……」
「や……で、こ……」

 争うような物音と声が切れ切れに聞こえてくる。その片方をリズベスのものだと認識した瞬間、ヒューバートは制止を振り切って駆けだした。
 背後で「あーあ」と声を上げたランバートが、一瞬遅れてついてくる。

「リズ……!」
 たどり着いた場所は、先程通ってきたよりも少し広くなっていた。
 ヒューバートの目の前に、リズベスが仮面をつけた男に腕を掴まれている光景が飛び込んでくる。抵抗したのだろう、ドレスが乱れており、裂け目がいくつか出来ていた。
 相手の男も、仮面がずれて隠していた顔が半分露出している。髪も乱れ、上着には何故か焼け焦げた跡が出来ているようだ。しかし、ヒューバートにとってそんなことはどうでも良かった。
 リズベスが無事だったことへの安堵と同時に、傷つけられたことへの怒りが沸き上がる。目の前が真っ赤になり、衝動的に剣を抜こうとしたところへリズベスが叫んだ。
「ヒューにいさま、だめ……!」
 その声に、ぎくりと身体がこわばった。目の前に一瞬、血の色が浮かぶ。眼前を過去の光景がよぎって――今の光景が重なって消えた。
「この……!」
 今度こそは、自分が彼女を守らなければならない。
 ぎり、と奥歯を噛みしめて、ヒューバートは力の限り男の顔面に拳を叩きこんだ。
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