【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の終幕

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 あまりに呆気ない幕切れだった。


 突然、急激に身体から力が抜けて、ヒューバートはその場に崩れ落ちてしまった。先程まで軽かった身体が、今は鉛のように重い。荒い息をつきながらも男の様子を伺うと、どうやらあちらは完全に昏倒しているらしい。
 それよりも、自身の身を襲う倦怠感は一体どうしたことだろう。変な魔術にでもかかっただろうか。昏倒した男に近づいていくランバートを制止することもできずに横目で見ながら、はあっと大きく息をつく。
 相手が気絶しているのであれば、魔術を使うことはできない。仮にあの男に妙な魔術を使われたのだとしても、ランバートに危害が及ぶことはないはずだ。問題はないだろう。
 ああ、それにしても怠い。
「ヒュー兄さま、大丈夫ですか……っ」
 青い顔をしたリズベスが駆け寄ってくるのが視界に入る。彼女が無事で本当に良かった。そう伝えたくて口を開こうとするが、喉がひりついたように言葉が出ない。
 ああ、だめじゃないか、そんな恰好で――

 そこで、ヒューバートの意識は一旦闇の中へ落ちた。


 次に目が覚めた時、ヒューバートは自分がどこにいるのか一瞬わからず混乱した。柔らかな寝台から起き上がろうとして、くらりと眩暈がする。
 左手側に、分厚いカーテンのかかった窓がある。ほんの少しだけ外が明るいことが、光の透け具合から察せられた。どうやら夜は明けているらしい。もしかしたら、昼を過ぎているかもしれないな、とヒューバートはぼんやりする頭で考えた。
 身体を起こすことはあきらめたが、念のため腕や足を少しずつ動かしてみる。倦怠感はあるものの、痛みや動かしにくさはない。怪我をしているわけではなさそうだ、とほっと息をつく。
 徐々に頭がはっきりしてきた。首だけを動かして、部屋の中を見回してみて、ヒューバートはここがどこなのかやっと気が付いた。
 拠点にした邸の、自分に割り当てられた部屋だ。
(――終わった、のか?)
 少なくとも、主催者とみられる男は確保できたのだから目的以上の成果を上げたのは間違いないだろう。ランバートが裏でどの程度の情報を持っていたのかはわからないが、とにかくあの王子にまんまとうまく使われたわけだ。アーヴィンだって、おそらく一枚噛んでいるはずだ。何にも知らなかったのは自分だけか、と思うとやり切れない。
 はあ、と特大のため息がこぼれる。誰が見ている訳でもない部屋の中、ヒューバートはそれでも小声で思いつく限りの悪態をついた。

 いくら悪態をついたところで、起き上がれないことには変わりがない。大人しく横になっていると、することもなく暇なためか、うっすらと眠気が漂う。
 うつらうつらしていたヒューバートの耳に、扉をノックする音が聞こえたような気がした。続いて、扉のノブを回すガチャ、という音が響く。
「ヒューバートさま、起きてらっしゃいます……?」
 いつだったか、どこかで聞いたような台詞とともに細く開いた扉から顔を出したのは、やはりリズベスだった。
 あの時と同じように、手にはトレイを抱えている。それを見て、ようやくヒューバートは自分が空腹であることに気が付いた。
「食事を運んできてくれたのか……」
「よかった、気が付かれたんですね……っ!」
 どうやら、部屋を覗いただけではヒューバートが起きていることには気が付かなかったらしい。分厚いカーテンがかかったままの部屋は薄暗いので、よく見えなかったのだろう。
 こんな所まであの時と同じだな、と思って、ヒューバートはくすりと笑った。が、リズベスはそんなヒューバートの様子を見て青い瞳を潤ませる。
「よかった……本当に、よかっ……」
「お、おいリズ……!?どうした、俺は別になんとも……」
 なんともなくはないのだが、怪我をしているわけでもない。
 突然泣き出したリズベスに、ヒューバートは慌てた。軋む身体をなんとか起こして、おろおろと周囲を見回す。すると、枕もとの小机にリズベスが持ってきたのとは別のトレイが置いてあるのが目に入った。
 冷えて固まりかけた粥が、手を付けた様子もなく置かれている。その横には、どろりとした緑色の液体がコップに注がれており、そちらは中身がいくらか減っていた。
「わっ、わたしのせいなんです……あんなものを、ヒューバートさまに持たせたりしたから……っ」
「何を……?おい、リズ?」
 がちゃん、と乱暴にトレイを置いたリズベスが、ヒューバートに飛びついてくる。まだ力の戻り切っていない身体では、それを受け止めきれずにヒューバートはまるで押し倒されるようにして寝台へと倒れ込んだ。そこへ覆いかぶさるようにして、リズベスが胸元に顔をこすりつけてくる。
「おっ……おい、リズ、どうした……?」
「よかった、本当に……!」
 しゃくりあげるようにして泣くリズベスからは、どうやら何も聞き出せそうにない。気になることはたくさんあるが、今は気のすむようにさせてやろう。
 少しでも安心させてやりたくて、リズベスの背に手を回し、ポンポンと優しく宥めるようにたたいてやると、彼女はまた声を上げて泣き出してしまう。ヒューバートは大いに弱って、頭を撫でながら「大丈夫だ」と囁き続けるしかなかった。

 しばらくすると、リズベスは切れ切れに今の状況を説明しだした。
 主催の男を捕えたこと、夜明け前に王都から第3小隊が駆け付け、邸内を制圧したこと。
 アーヴィンやアデリン、その他3名も怪我もなく無事であること、そして――
「ヒューバートさまは、あれから丸一日寝込んでらっしゃったんです……」
 ぐすっと鼻を鳴らして泣きそうな声でそう言うと、リズベスはヒューバートのシャツをもう一度しっかりと握りしめてきた。
「丸一日……!?」
「ええ、わたしの、わたしのせいで……」
「いや、あれはリズのせいでは」
 ないだろう、と続けようとしたヒューバートの言葉が途切れる。胸元に顔を埋めていたリズベスが、顔を上げてヒューバートの目を見つめたせいだ。
 胸元にこすりつけていたせいか、鼻も目元もまだ赤い。青い瞳からは、また零れ落ちそうなほど涙が溜まっている。その姿に、正直なところヒューバートは少し興奮した。が、リズベスはいたって真剣な表情で口を開いた。
「いいえ、あれは私のせいなんです……私があの時渡したピン、覚えてらっしゃいますか?」
「え?……あ、ああ」
 あの時、リズベスにドレスを着せた後渡されたピンは、ヒューバートの上着のポケットにまだおさめられているはずだ。ドレスを着せた経緯について、そういえばまだ何の説明もできていなかったことに不意に思い至るが、今はその時ではないようだ。
 妙にぎくしゃくと、言葉少なに返答したヒューバートの様子に構わず、リズベスが言葉を続ける。
「あのピンには、身体強化魔術の陣が入れてあったんです……」
「あ、あれの!?」
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